絡まる過去
『僕、ちょっと気になる事ができたから先に失礼するよ』
ヘルハウンドの説明の途中、そう言って呉夫の工場を後にした余白。
走矢達の帰宅後、しばらくしてから帰ってきた。
「ただいま。ちょっと清十郎さんの所によって、資料を借りてきたんだけど……」
家に入った余白が言葉を失う。
「ああ、これね……。清十郎さんから連絡があって、しばらくおいておくようになったの」
そう言って自分の後方に視線をやるエリス。
そこには空亡との戦いで旧校舎が破壊され、寝床を失った収容組の面々がリビングでくつろいでいた。
「僕が気になったのは12年前の事件の時の、タツローの事なんだ」
余白の言うタツローとは、伊崎 達郎という、人妖機関の元職員の事。
彼は12年前、ドッペルゲンガーに成り代わられてしまった事で、新矢殺害の原因となってしまった人物だ。
そしてこの『タツロー』という名前が出たとき、同じリビングにいたレイコが、ピクリと反応した事に姉のレイカ以外は気づかなかった。
「伊崎くんがどうかしたの?」
伊崎達郎と、それなりに面識のあるエリスが尋ねる。
「例の超人機関とかいう組織、殉職した職員の遺体から人造人間を作り出すって言ってたでしょ? タツローって新矢兄の事件の1年くらい前に、同じ機関職員だったお姉さん、失くしてるんだよね」
「まさか、彼が新矢の殺害に1枚かんでいるって言うの?」
「それはまだ分からないけど、会って色々と聞いてみようと思うんだ。それでね、今どこでどうしているのか調べてみたら、伊崎の家を出て旧姓の原口を名乗っているみたいなの」
「原口? 原口達郎?!」
その名前を聞いたレイコが、話に入ってくる。
「ちょっと見せろ! ……間違い無い、達郎だ……」
余白の持っていた資料を奪い取ると、ソレを凝視するレイコ。
「間違い無い、達郎だ。ちゃんと面影がある」
「えっ?! 何?! 知り合い?!」
「ちょっとレイコが興奮気味だから、私から説明するわ。レイコは幼少の頃、記憶とヴァンパイアの能力を封じられて、人間の家庭で人間として生活していた時期があったの。その人間の家庭が原口家で、原口達郎はレイコにとって弟だったのよ」
レイカの説明に驚く一同。
「なぁ、旧姓ってどういう事だ?! 達郎に一体、何があったんだ?!」
「落ち着きなさい。私達も詳しい事は知らないけど、彼が小さい頃に両親が人妖機関管轄の事件で死亡して、当時事件の担当者だった職員の家に引き取られたそうよ」
「それでその家の娘さん。タツローの義理のお姉さんと一緒に人妖機関に入ったんだけど新矢兄の事件より1年くらい前にお姉さんが殉職しちゃったの」
「そんな、親父とお袋が……」
エリスと余白の説明を受けて、言葉を失うレイコ。
「今住んでいる住所は分かったから明日行ってみるつもり」
「待ってくれ、アタイも……。アタイも連れてってくれよ」
レイコの言葉を受け、顔を見合わせるエリスと余白。
「気持ちはわかるけど、アンタは収容されている身だってわかってる? 私達の一存じゃ決められないわ」
エリスの返答にガックリと肩を落とすレイコ。
「ああ、そうらしい。今かわるから本人から直接聞いてみてくれ」
ふと、場が静まりかえった時、霧香が家の電話で誰かと話していることに気づく。
「早川由利歌が君の事情を聞きたいそうだ。上手くやれよ」
そう言って受話器をレイコに渡す。
翌日の余白の聞き取りに同行できる事になったレイコ。
他にもう一名、職員を付ける事になったのだが、これにエリスが選ばれ1揉めした。
ここ最近、自分が離れている間に走矢がさらわれるといった事件が重なり、彼から離れる事への恐怖心のようなモノが芽生えていたのだ。
『走矢は私達が見ているから、行ってきなさい。これはその人と面識のある、貴女にしかできない事なのよ?』
と言う、玲奈の説得もあって渋々受ける事にしたエリスだった。
機関職員は2人1組になって行動するのが基本なため、余白に誰か付けるのは当たり前なのだがこの件、誰が裏の機関とつながっているかわからないため、達郎と面識があり信用できるエリスが選ばれたのだった。
「母さん、何で俺の部屋で寝ようとしているの?」
その日の深夜、自分の部屋に入ってきて布団を敷き、就寝の体勢をとろうとしているエリスにつっこむ。
「あの子達のために部屋割を変更したんだからしょうがないじゃないの」
収容組の寝床確保のため、何人かが部屋を移動して空室を作り、そこに入るようにしたのだ。
エリスとそんな話をしていると、何やら廊下が騒がしい事に気づく走矢。
『くらえぇい!』
『ちょっと、大部屋じゃないんだから枕投げなんてやめなさい! 廊下をドタドタ走り回って、うるさいったりゃありゃしないわ!』
「怒っているのは火織さんで、怒られているのは羽月か」
どうやら一部の収容組が、旧校舎に寝泊まりしているノリではしゃいでいる様だ。
『いっつもうるさいっレイコが大人しいのに、貴女が騒いでどうするのよ』
『レイコがお通夜みたいに静かだから、景気づけにやってるのよ。空亡だのソロモン王だの、嫌な話題ばかりじゃない?』
「まったくうるさいわね。注意しなくっちゃ……」
そう言って布団から出てドアに向かうエリス。
『ほら紗由理! アンタも参加しなって!!』
『あっ、バカ! その部屋は……』
ドアを開けたエリスの顔面に、羽月が渾身の力を込めて投げた枕が命中する。
「ヒィッ?! ち、違うんですこれは……」
エリスは険しい表情で羽月の右手首を掴むと、そのまま部屋に引きずり込む。
「たっ、たすけ……」
咄嗟に火織の方を振り向く羽月が見た光景は、両手を合わせて祈る火織の姿だった。
「いのるなぁぁぁぁぁ!」
その言葉を残して部屋のドアが閉まる。




