桜とサクラ
「桜花の……、亡き骸から産まれた?!」
「そうよ。前世の貴女から産まれたトレント。それが私。そして桜花の亡き骸から養分を得て育ったの。いわば私は、桜花の娘にして桜花自身。よろしくね、桜花」
先ほど同様、微笑むトレント。
しかし、もう1人の桜花を名のる彼女のソレは、何かおぞましい印象を桜に与えた。
「桜、しっかりしなさい。コイツが何であろうと走矢くんの命を狙うヤバい奴には変わりないんだから!」
春香が桜の背中を勢い良く叩き、活を入れる。
「貴女と桜の間に何があったか知らないけど今、自分が追い込まれているって理解できてる? もう一度言うわよ? 大人しくお縄につくか、痛い目を見てお縄につくか。選びなさい!」
炎の剣の尖先を向けて、火織が咆える。
「あら、そんな物騒な物、向けないで欲しいわね。怖くて腰が抜けてしまいそう」
そう言いながらクスクスと笑うトレント。
とても追い詰められているとは思えない余裕を感じる。
「そうやっていられるのも今の……?! なに……これ……」
突然、炎の剣を落とし、両手両膝を地面に付ける火織。
火織だけでは無い、他の者達も次々と力無く地に付していく。
「これは?!」
何かに気づいたバックベアードは、自分の周りの空間を払うと、その手には極細の毛細根のようなモノが複数、握られていた。
「これで色々と吸われていたようね」
「ばれちゃった。よく気づいたわね」
残念そうな表情のトレント。
「今日のところは引き下がるとするわ」
トレントががそういうと、倒れていたチュパカブラとリャナンシーが起き上がる。
「私達から奪った妖力と体力を、その2人に注いでいたのね」
なんとか立ち上がりながら、春香は言う。
「待て、逃さねぇぞ! もう1人の俺だかなんだか知らねえが、走矢を狙うなら、相手が例え自分だろう容赦しねぇ! だいたい、何でもう1人の俺が走矢を殺そうとするんだ、おかしいだろ!」
気合で立ち上がった桜が覚悟を見せるが、その言葉を受けて、トレントの様子が変わる。
「別に、何もおかしくないですよ。私にとって大切なのは走助であって、佐伯走矢ではありませんから」
それは先程までの微笑が消えた、とても冷たい表情で放たれた言葉だった。
「いいでしょう、私の目的を教えてあげます。私の目的は佐伯走矢の抹殺と、走助の復活です。走助の記憶を呼び起こせば佐伯走矢の人格は自ずと消滅しますから、これで依頼は果たせます」
「なっ?! …………走助の復活?!」
衝撃を受ける桜。
「そうよ。ねぇ、桜花。私と手を組まない? 貴女が力を貸してくれれば、また走助と会えるわよ?」
「…………」
「桜?!」
沈黙する桜。
不安に駆られた春香が声をかける。
「ふざけないで! やっぱり貴女はもう1人の私なんかじゃない。走助と走矢を秤にかける時点で貴女はあの子を汚しているのよ!」
しかし、桜は桜花の口調でトレントの申し出を拒絶する。
「走矢の中に、間違いなく走助は生きているわ。例え力が及ばなくても、大切な人のために必死になる姿は走助そのもの。どちらかじゃ無い、どっちも今、目の前に存在している。だから私は走矢を守る。それが走助を守る事でもあるんだから!!」
そう叫ぶと、桜はピンク色の翼を真紅に染め、紅い弾丸の様にトレントに突っ込んでいく。
「くっ、速い?!」
トレントの毛細根とチュパカブラの影が桜に襲いかかるが、影は桜のスピードに追いつけず、毛細根は引きちぎられ、桜の突進がトレントを捉える。
「ぐはぁっ?!」
鈍い悲鳴をあげて、吹っ飛ぶトレント。
「ハッキリわかったぜ。テメェは俺じゃねぇ。走矢を走助復活の器にしか見てねぇテメェは、あの優しい走助の事まで侮辱してるんだ! 立てよ! 次なんて無ぇ、ここでケリをつけてやる!!」
桜の咆哮を受けて、気圧されるチュパカブラとリャナンシー。
ただ1人、ふっ飛ばされ、上半身を起こしたトレントだけは冷たい目で桜と対峙していた。
「そうてすか。では今後は倒すべき敵として対応させていただきます」
そう言って立ち上がると、
「撤退です」
「逃さねえっつてんだろぉ!」
トレントに殴りかかる桜だったが、拳がめり込むと同時に、トレントは無数の花びらになって舞散る。
「何これ?! 幻術?」
呉夫の工場内を満たすほどの桜の花びら。
その花びらが床に落ち、視界が開けた頃には、トレント達の姿は無かった。
『やはり機会を伺うべきでしたね。敗因は焦った事です。また会いましょ、桜花』
工場内に響くトレントの声。
「くっそぉ、逃げられた!」
「桜、油断しちゃだめよ。最後の桜の花びらといい、アイツらまだ、見せてない手の内があるわよ」
冷静になるよう促す春香。
「人間を操る能力も、身体能力の強化だけだったし、たしかにまだ何か隠しているかもね」
柚木島 深完も春香に同意する。
「わっ、わかってるって。ただちょっと、熱くなっただけだ」
春香達の言葉を受けて、大人しくなる桜。
彼女自身、自分の感情の高まりに見をゆだねる危うさを理解していた。
「とりあえず、作戦の第一段階は終了ですね」
「こんなまどろっこしい事しないで、とっととあの子の首、とりにいっちゃえば良かったんじゃ無い?」
トレントの宣言にリャナンシーが突っこむ。
「それは不可能よ。あの、黒いドレスの女は出し抜けないわ。まず、あの女を引き離さないと」
「そう、そしてそのための準備よ」
そう言って、トレントは冷たい微小を浮かべる。




