三妖襲来
「お嬢さん、落ち着いてください! 過去のわだかまりは一旦忘れて、空亡に全力で対処しなければならない時なんですよ?」
「わかってます……。わかってますよ、そんな事! だからこそあと5、6回麦茶を浴びてくだされば、私はしばらくは何もしませんから!」
今にもラードンに襲いかかろうとしている、麦茶の入ったポットを持つ小夜子。
「いけませんお嬢さん、飲み物を粗末にしては」
その小夜子を熊田兄弟が押さえ込んでいる状況。
ケルベロスはもう、どうにでもなれといった様子で、栄子達も距離をおいて様子見。
そんな中、走矢はバックベアードの落ち着かない態度に気づく。
「あの、なにか……」
走矢が話しかけると、バックベアードは人差し指を自分の唇に当てて、シーのポーズをして見せる。
『囲まれている』
バックベアードは麦茶の置かれていたテーブルに、どこかから取り出した黒のマジックでそう、書きなぐる。
その文字を見て、沈黙する一同。
「そんな気配、全然……」
小声で話すリーダー格の栄子に向けて、再びシーのポーズのバックベアード。
『死人の様に気配が無い。30人くらいいる』
テーブルに追加の情報を書き込むバックベアード。
特に30人のところを、四角く囲って強調する。
『いったい何者なんですか? 空亡の関係者?』
小夜子が、どこからか取り出したマジックでテーブルに書き込むと、
『可能性としては考えられるけど、単純に俊紅を狙った連中という線も考えられるわ。とにかく、彼ね』
そう返す。
「見たところ、あの黒いドレスの女が一番厄介ですね」
「黒いドレスの女とか、アンタはわかるかもしれないけど、アタシにはさっぱりなんだから、ちゃんと説明してよ!」
トレントの言葉に噛みつくリャナンシー。
「気配を探れば、だいたいわかるわよ。強いのが1人、そこそこ強いのが3人、物凄く強いのが1人いるわね。他にもいるけど、気をつけなきゃいけないのが今の5人ね」
チュパカブラの言葉を受けて、ムッとするリャナンシー。
「おしゃべりはここまで。仕掛けますよ」
ドンドンドンと、呉夫の工場の出入り口のドアが激しく叩かれる。
「来た?!」
小夜子が叫ぶ。
ドアを叩く音が激しくなっていき、破られるかと、皆が想像した時、その音は止み、静かになる。
『諦めた?!』
皆がそう思った次の瞬間、ドアが一気に破られ、人間がなだれ込んてくる。
「人間?! なんで?」
「目の焦点が合ってねぇ、操られてんだな」
驚く小夜子にケルベロスは状態を推測する。
「しかしこの力は、人間の物ではありませんよ?!」
中学生くらいの少女と力比べをする総士が、その腕力に驚愕する。
「これは……」
何かに気づいたバックベアードは、襲いくる人間の首を掴むと、そこに噛み傷を発見する。
「リャナンシーの仕業ね!」
皆に聞こえる様に叫ぶ。
「リャナンシーってたしか、ヴァンパイアから枝分かれした、亜種みたいな奴らよね」
「当人は大した力を持たない代わりに、吸血した相手を操ったり、能力を付与したりできる種族です」
リャナンシーに関する知識を再確認する、栄子とラードン。
波の妖以上の腕力を持つ、操られた人間の群れに、なんとか抗う一同。
「影?! 伸びてくる影に気をつけて! 自分の影に触れられると、一瞬で大量の血液が奪われます」
言葉のとおり影に襲われた、走矢の制服を着て走矢に化けたボーイッシュな栄子。
かろうじて避けたつもりが、かすめたのか片膝をつく。
「なに?! 本物はそっちだったの?」
操られた人間に紛れ込んでいたチュパカブラが思わず声をあげる。
操られた人間達が突入してくる前に、ボーイッシュな栄子が走矢の制服を借りて彼に化け、本物は呉夫のから作業着を借りて目立たないようにしていたのだった。
「偽者作戦、終了ね」
バックベアードが呟く。
「今度こそ!」
チュパカブラは本物の走矢に向けて影を伸ばす。
「走矢さん!」
小夜子が彼の名を叫びながら、抱きかかえて飛翔する。
「逃げられると思っているの? どんなに高くとんでも、影は地面に落ちるのよ?」
そう言ってチュパカブラの影が走矢の影に迫った時、天井を破って突入してきた桜の蹴りがチュパカブラに深々と突き刺さる。
「ぐえっ?!」
信じられない、といった表情で地面を転がり、うずくまるチュパカブラ。
「逃げらんねぇっつうなら、テメェを再起不能にするだけだ!」
桜は容赦なく、うずくまるチュパカブラな顔面を蹴り上げる。
「全員、おあずげ!」
そう叫びながら、桜の空けた天井の穴から舞い降りた直は、亜空間の糸を張りめぐらせ、操られた人達の動きを止める。
「この!」
操られた人間に紛れていたリャナンシーは、走矢が1人になっている事に気づき、彼に襲いかかる。
が、あっさり彼に両腕を掴まれ、無力化させられる。
その走矢は春香が見せた幻で、誘い込まれたリャナンシーはその春香に捕らえられたのだった。
「今よ!」
春香の合図と共に、火織の炎の剣がリャナンシーに振り下ろされる。
そして、リャナンシーが倒れた事で、操られていた人々は力無く倒れていく。
「形勢逆転されてしまいましたね」
1人、その場に立っているトレントが苦笑する。
「観念して、お縄を頂戴しな!」
桜の言葉に、微笑むトレント。
「相変わらずですね、桜花」
そして彼女を前世の名前で呼ぶ。
「なっ、なんだテメェ……。馴れなれしいな」
「そりゃあ、馴れ馴れしいわよ。私と貴女の仲なんですもの。私はトレントのサクラ。貴女の、桜花の亡き骸から咲いた桜のトレントよ」
そう言って微笑を浮かべる。




