追跡
「これは……」
小夜子の血痕を前に、春香は言葉を詰まらせていた。
「途中で消えているって事は、タクシーにでも乗ったのかしら」
「ソウちゃんが血をあげて、出血を止めたとか」
思い思いの意見を述べる、咲花と直。
「あるいは、何者かに車で連れ去らたか……」
春香の言葉に、全員が青ざめる。
「そんな、あの騒ぎの中で? 大パニックだったのよ?」
「むしろ、普段から走矢くんを狙っている連中からしたら、千載一遇のチャンスじゃないかしら? 火織さんを呼んで、小夜子ちゃんの妖力を追ってみましょう。咲花と2人でならかなりの精度が出せるはずよ」
「クライアントの方から思わぬ情報が入ったわ。怪我をした少女とその子をおぶっていた少年が、とある工場の名前が書かれた車に乗せられたって通報があったらしいの。その少年の特徴って言うのが例の俊紅の子と一致してるのよ」
そう言いながらトレントは1枚のメモ書きをテーブルに置く。
「この工場って、たしかグレムリンの……」
「そういう事」
「なに?! グレムリンが俊紅を狙ってターゲットの子をさらったって言うの?」
メモ書きを見て、すぐにピンときたチュパカブラ。
その言葉を聞いて、リャナンシーが取り乱す。
「もしそいつらに殺されちゃったら、今回の依頼は失敗じゃない! 急いで始末しないと!!」
「落ち着きなさい。グレムリンはどちらかというと手駒として使われる立場の妖よ? 俊紅の子をさらった黒幕がいると考えるべきだわ。そっちは私が調べますからリャナンシー、貴女はできるだけ手駒を用意して。問題が無さそうなら急いだ方がいいのはそのとおりだわ」
「しょうがないわね……」
あまり乗り気ではないようだが、渋々トレントの言葉に従うリャナンシー。
「私はどうする?」
「チュパカブラはアレをお願いするわ」
トレントの言葉を受けオッケー、とだけ返してチュパカブラは部屋をあとにする。
「どうぞ」
「あっ、すいません」
呉夫の工場に連れてこられた走矢と小夜子の前に、麦茶の入ったコップが置かれる。
来る途中に走矢後を飲ませた事で、ほぼ回復している小夜子。
何かあれば、自分が走矢を守るつもりでいたが、空亡の説明を受けて激しく動揺していた。
「あの襲撃者は走矢さんの前世に起因する妖で、走矢さんを追ってきた……」
「そうです。そして走矢くんを取り込む事で空亡は完成し、世界は滅びる。我々はソレを阻止したいのです」
自分達の立場を説明するラードンだが、舞や奏美の件で小夜子は彼の事をよく思ってはいない。
走矢からしても、祖父である走司の殺害に関わったラードン一味に良い感情など無いのだが、貴重な空亡の情報や結果的に自分と小夜子助けた事などを踏まえて、とりあえずは大人しくしているつもりだった。
「貴方の居場所がバレた以上、空亡はまた貴方の前に現れるわ。その時が勝負だと私は考えているのだけど……」
イマイチハッキリしない、バックベアード。
「何か問題でも?」
「ええ、懸念があるわ」
ラードンの質問に応えたバックベアードは、話を続ける。
「私達が空亡を逃さない戦い方をしたの。でも空亡に逃げられた。おそらく空亡の逃走を手伝ったヤツがいるんだわ」
「それって、空亡に仲間がいるって事ですか?」
「普通は考えられないんだけど、状況を見る限り、そうなるのよね」
走矢の疑問に応えるバックベアード。
「それで私達を、いえ走矢さんをどうするつもりなんですか? まさか走矢さんの生命を奪う気なんじゃ?!」
「ソレはもう、最後の手段よ」
バックベアードは少女の言葉を否定する。
「そもそも、次に産まれ変わった時、目の前に空亡がいるパターンもあり得るのよ。それを考えたら今世で決着をつけるのが最善」
バックベアードは自身の考えを述べる。
「まぁ、そんなわけで君達に危害を加えるつもりはありませんよ。それに僕は、走矢くんについて悪い印象は持っていません。僕と走矢くんは似た者同士のマザコン仲間ですから」
ラードンの言葉を聞いて、口に含んだ麦茶を吹き出しそうになるが、その横で小夜子が盛大に吹き出し、ソレがラードンに直撃していた。
「すみません、貴方が突然おかしな事を言うから、ビックリして吹き出してしまいました」
「ビックリさせてしまったのなら申し訳ありません、誤ります。」
「お前、言うに事欠いてマザコン仲間って……」
ケルベロスも呆れてラードンに突っ込む。
「マザコンの何がいけないのです。自分を産んでくれた偉大な女性を愛する。これは神々に対する信仰の様な神聖な精神なのです。堂々と胸を張るべきなのです」
ラードンが全力でマザコンを擁護している所に、再び小夜子が麦茶を吹きかける。
「すいません、あまりにもエキセントリックな主張をされるので、心臓が止まりそうになってしまってつい」
「心臓が止まりそうになったのなら仕方ありませんね……。お嬢さん?! なんでそんなに大量の麦茶を口にふくんでいるのですか? おじょ?!」
三度、小夜子は吹き出し、ラードンに麦茶をぶちまける。
『よっぽどラードンの事が嫌いなんだな』
その場にいた全員が同じ事を感じた。
そんな中、工場に迫る無数の人影に、まだ誰も気づいていなかった。




