空亡
「なんだ、このとてつもない妖力は?!」
上沢高校の人妖機関分室にて、突然街中に出現した巨大な妖力にガシャドクロの八嶋 霧香が声をあげる。
「この間の偽者の王やエキドナすら圧倒する妖力……。なんでこんなモノが突然?!」
収容組の中では年長者の星垂も動揺が隠せない。
「なに?! 一体何が起こっているの?!」
「まさか、これが噂に聞く本物のソロモン72王?!」
取り乱す羽月、そして火織の仮説に一同がザワつく。
「確かに、偽物でアレなら本物はこのくらいおかしな妖力でも納得だわ……」
「姉貴……」
「まさか、アタシ達コイツと戦わされるの……」
夢子の言葉に、その場にいた全員が沈黙する。
「それはなかなか、厳しいな」
ようやく言葉を発した霧香だったが、その表情は普段は見せない、険しいモノだった。
「これは……」
呉夫の工場にて、もはや笑うしかないラードン。
「笑っている場合ですか」
「いえ、房士。これはもう、笑うしか無いぐらいどうしょうもない事態ですよ。ヘカーテ、エキドナ様、この間の偽者の王。そしてそれらと戦った八岐大蛇や鬼族の長、温羅よりも強大な妖力。これから何が起こるかわかりませんが、腹だけはくくっておいた方がいいですね……」
「せっかく母様を取り戻したのに……」
絶望したケルベロスが言葉を絞り出す。
「おや?! 珍しいですね。こんな人前に姿を現すなんて」
呉夫の言葉に反応したラードン一味が一斉に彼の方を見る。
そこに居たのはフード付きのローブを纏った人物と、虚空の連条 灰だった。
「とうとう、走矢くんが見つかってしまっとようですね」
「では、この強大な妖力の主の目的は俊紅の少年だと言うのですか?」
「そうだ」
灰の言葉に反応するラードン。
そのラードンの問いに、ローブの人物が答える。
「この方々は?」
総士が呉夫に問いかけると、
「こちらは72使徒筆頭、第1使徒バエルさんです。そして僕が……」
「コイツはカイン。最初の俊紅、アベルの兄でありもう1つの空亡、バックベアードだ」
バエルを紹介する灰。
そしてそのバエルが灰について説明をする。
「ちょっと待ってください。色々と話を整理したいのですが……」
しばしの間をおいて、総士が口を開く。
面倒くさそうにため息をつくバエル。
そんな彼女を押しのけて、灰が説明を始める。
「手短にお話しますね。まず、空亡と言うのは超自然現象と思ってください。台風や地震の超常現象版といったところです。コレを生贄を使い妖として顕現させ、生贄の魂を取り込ませる事で空亡の完成です」
「その生贄の魂というのが例の俊紅の少年と言うわけですか」
「そうです。そして空亡が完成すればこの世界は無に帰すでしょう。空亡とは空無き。空が無ければ地上もありませんから、何も無いという意味です」
「ちょっと待ってください? 貴方、そこのバエルさんがもう1つの空亡と紹介してましたよね。もし、その紹介が正しいのでしたら……」
灰の説明に疑問を呈する総士。
「ええ、ですから空亡を生みだそうとする連中はあえて不完全な儀式を行い、不完全な空亡を作り出すのです。中には不完全すぎて使い物にならないのもいますが。まぁ、そんなわけで不完全な空亡が僕で、その材料になったカインの人格や記憶を受け継いでいるわけです」
「では、アレも不完全な……」
房士の発言の途中で、あからさまに首を横に振る灰。
「アレを生みだした虚空という男はそういう事を一切考えずに、軽い実験感覚で完全な空亡を作ってしまったのです。もし、あの空亡が佐伯 走矢を取り込めば世界は終わります」
「あのマッドサイエンティスト集団の通称になった、最初の危険人物ですね。彼は今どこに?」
ラードンの質問にまたまた首を横に振って返す灰。
「そもそも、自分のしでかした事に責任なんて持つ輩じゃありませんよ。空亡を作った事すら忘れているんじゃないですかね」
灰の発言を受け、その場にいた全員が呆れて黙り込んでしまう。
「それで、ここにはどんな用があっていらっしゃったのですか?」
ラードンが質問を投げかけると同時くらいに、羽音が近づいてきて、工場の入口が開く。
「連れてきたよ〜」
「ナナ……」
「今は深完だってばぁ」
「ナナって呼ばせてあげなさい。ナナ……」
工場に入ってきたのはクグツの少女、柚木島ナナとキメラの力を持つドッペルゲンガー達、春香の言うところのチーム浪川だった。
呉夫と娘の妖力石をコアとして動くクグツの深完、妻の人格と記憶を持つドッペルゲンガーの3人が揃うと、まるで家族のように接していた。
「あなた方を呼んだのは他でもありません」
「私達からしたらあなた達が来たんですけど……」
「房士、話を折るのはおやめなさい。どうぞ続けてください」
気を取り直して続ける灰。
「緊急事態です。佐伯走矢を守るために力を貸してください。彼が空亡に取り込まれれば、世界が終わります」
「アタシは異論ないよ。あの子はアタシらの同胞のために泣いてくれた子だからね」
そう呟いたボーイッシュな栄子に、呉夫が耳打ちする。
「貴女が思う守ると彼の言う守るは、たぶん意味が違いますよ。最悪、俊紅の子を輪廻の環に返す事も『空亡から守る』という意味になります」
「それって……」
「彼を殺してしまえば、少なくともこの時代は滅びを免れるって事よ」
呉夫の言葉を聞き、言葉をつまらせるボーイッシュな栄子に眼鏡の栄子が最後の手段を説明する。




