呼ばれし物
由利歌には1つ懸念があった。
12年前、新矢を殺害した3人の妖は彼の俊紅を得ていた可能性が高いという事だ。
それも成人男性1人分の血液となると3等分しても結構な量になる。
元が並の妖でも、おそらくは相当な脅威となるはず。
もし、手練と呼ばれる様な者達なら、へカーテやエキドナレベルを想定しておく必要がある。
「へカーテやエキドナが3人……。考えたくはないわね」
「由利歌様、お車の準備ができました」
「わかったわ、今行く」
エリスを送っていく事にした由利歌。
彼女の事が心配という事もあるが、上沢という地が未だ多くの問題を抱えているという事が彼女をうごかしていた。
俊紅として産まれた走矢を、一生かけて守ると誓ったエリス。
しかし、それはあくまで法や秩序といったモノから距離を置く、いわば無法の者から守るということ。
今回、彼の死を望む者達と言うのは法や秩序の側の存在、人妖機関内にいると言う。
話すべきではなかったか?
ふと、そんな疑問が脳裏をよぎったとき、エリスの方から鈍い音がする。
「エッ……、エリスちゃん?!」
見ればエリスが自分の顔に、自分の拳をめり込ませていた。
「驚かしてすいません。気合、入れなおしてました」
そう言って何事もなかったかのように、立ち振る舞う。
「そっ、そう……」
呆気にとられ、なんとか返事だけ返す由利歌。
「相手が機関内のヤバイ奴だろうが何だろうが、関係ありません。走矢の命を狙うと言うなら、1人残らず後悔させてやりますよ!」
文字通り気合を入れ直したエリスに、由利歌は気圧される。
紗由理に治療を受けた走矢は、保健室で眠りについていた。
そこで見た夢は、やけにリアルで身近に感じた。
見たことない場所で、1人の術師らしき男が空を睨みつけている。
「蒼炎さん……」
何度か走矢に取り憑いた事のある、雨上 蒼炎。
直接顔を見た事は無かったが、なぜがその男が彼だと思った。
『来たか……』
男が口を開くと同時に空が裂け、そこから目玉が覗く。
『あの六芒星はお前を呼び出すためのモノだったのか……。空亡!』
蒼炎と空亡の死闘は長時間に及んだ。
空亡はその視界内、全てが射程の様で、突然出現する攻撃に苦戦し、ジワジワと追い詰められていった。
「空亡……。コイツが蒼炎さんの命を奪ったのか?!」
『なんだ? これで終わりとか言いたいのか? 残念だったな、終わるのはお前だ!』
蒼炎が叫ぶと、天と地にそれぞれ七芒星が出現し、空亡を挟んで押し潰していく。
『ぐはっ!』
空亡は最後のあがきで、その眼球から光線を放ち、ソレは蒼炎を貫く。
『ぐっ、これで……。終わりだ!!』
最期の咆哮と共に、七芒星は一気に空亡を押し潰す。
その最期の瞬間、空亡は走矢に視線を向け、
『ミツ……ケタ』
と、遺した。
そこで目が覚めた走矢。
「今のは……夢?」
ただの悪夢、そう思いたい走矢だったが、あの眼に見られているようで、窓の方が見れなかった。
上沢市にあるヴァンパイア専用の学校、上沢学園。
相沢 愛美の母、相沢 愛華はこの学園の副校長を務めていた。
愛美は密かに母の元で特訓を続け、風の結界術を身に着けていた。
相沢家は人妖機関に協力的な一族で、母も準職員として活動している。
「ほら、結界のコントロールがおろそかになっているわよ」
見た目は20代半ばくらいの愛華。
20代前半くらいの見た目の愛美と並ぶと、親子というより姉妹に見える。
親子はジャージに着替え、校舎裏で特訓に精を出していた。
かつて新矢がエリスと結ばれた時、全てを忘れるように修行に没頭し、新矢の死と共に修行に身が入らなくなった愛美。
キメラ栄子の一件から自身を鍛え直しはじめ今日に至る。
エリスより10歳年上の愛美は、本来なら実力で彼女を上回っていなければならないのだが、長年の怠惰のせいで互角程度。
母にも10年以上何をしていたの、と怒られ時間さえあればこうして指導を受けていた。
「少し休憩しましょ。詰めすぎも良くないわ」
「もう少し……」
「詰めすぎも良くないわよ!」
「……はい」
愛美には焦りがあった。
ソロモン王と言う、強大な存在が野放しになり72使徒の残党も行方がつかめない。
仮に単独で王と遭遇した時、生徒や大切な人達を守れるのか、と。
「愛美、何を考えているの。新矢くん? それとも走矢くん?」
「なんでその2人が出てくるのよ!」
顔を真っ赤にして反論する愛美。
「貴女が新矢くんにどんな感情を持っていたか、私がわからないとでも思っているの?」
母の言葉に、愛美は押し黙る。
「愛美、あれから12年経っているのよ? ちゃんと自分の気持ちに決着をつけなさい。そういう迷いは実戦にも現れるわ。貴女の気持ちから逃げては駄目よ」
新矢の死という形で幕を閉じた彼との思い出。
ソレは愛美にとって、封じたい記憶だった。
『ちょっとミサ! なんで人間の子なんか連れ込んでいるのよ!』
『迷子だったみたいで放っておけなかったんだもん』
後者裏に響く、少女2人の声。
愛華が様子を見に行くと、ヴァンパイアの少女2人と人間の女の子の姿があった。
「なに? これは一体どういうことですか?」
「げっ、御局……」
「誰が御局ですってぇ?」
ミサと呼ばれた少女の失言を聞き逃さない愛華。
「迷子だったらここじゃなくって、警察に連れて行かないと」
「それが朝、登校の時に交番に連れて行ったのに、帰ろうとしたら下駄箱の所にいて……」
愛華の後ろから顔を出した愛美の正論に信じられない反論が帰ってくる。
もう1人の女子生徒がそんなバカな、と声をあげるが、この学園の出入りのチェックは厳しく、人間の子供を連れ込むと言うのは決して容易ではない。
もし、ミサという女子生徒の話が本当なら、この少女は人間ではないのかもしれない。
「貴女、お名前は?」
「みんなは私のこと、空亡って呼んでる。この街には走助を探しに来たの」




