桜
「スキュラも蓮美も逃げたか。薄情だな……」
「欲張って居残っているからですよ。八岐大蛇と温羅が参戦してきた時がターニングポイントだったって事です」
拘束され術も封じられた九骸と灰は、支部に連行される。
「ダンタリアンさん!」
九骸達と同じ様に、力を封じられて連行されるダンタリアンに走矢が駆け寄る。
「敵に変な感情を抱くのはやめなさい。そうでなくても、貴方は敵が多いんですから……」
「まるで自戒の念のようですね」
冷たく言い放つダンタリアンの背後でブエルが呟く。
「おだまりなさい!」
威嚇するように強い口調でダンタリアンは言う。
「貴方は貴方を愛してくれる人達にだけその想いを向けていればいいのよ」
誰に言うでもなく小さく呟く。
「走矢!!」
自分を呼ぶ聞き慣れた声に、一瞬ビクッとなる走矢。
「かあさ……」
恐る恐る振り向きながら声の主の名前を呼ぼうとするが、突進してきたソレに押し倒される。
『母さんの言う事を聞かないと釣り天井固めよ!!』
さらわれる直前の母の言葉が脳内再生される。
覚悟を決める走矢だったが、釣り天井固めが炸裂する事はなく、母は胸に顔を埋めて強く抱きしめるだけだった。
「母さん……。心配かけてごめん」
そう言いながら優しく母の頭をなでる。
そんな親子の再開を眺めるアガレスに、八重子が声をかける。
「なに? あの子達に何か用があるの?」
「一応、大人しくさらわれたら父親の事を教えるって約束したんですけど、今言うべきじゃないわよね」
「どういう事?」
「場の空気をぶち壊すような内容なのよ。いいわ、貴女に伝えておくから自己判断でどうするか決めてちょうだい」
怪訝な顔の八重子にアガレスは自分の知っている事を話す。
「佐伯新矢が殺された原因は彼が俊紅だったからじゃなくって、人妖機関の裏の一面を知ってしまったからよ。彼は偽の情報に誘い出されて殺害された。彼を殺したのは暗殺専門の妖、リャナンシー、チュパカブラ、トレントの3人組よ。コイツラを問い詰められれば、依頼した機関職員にたどり着くはずよ」
「人妖機関の裏の一面……」
「貴女だって覚えが無いわけじゃ無いでしょ? いくらあの女が作った組織だって言っても、これだけ大きくなってしまったら、目の届かない場所だって出てくるものよ」
アガレスの言葉に黙り込む八重子。
「何をどこまで話すかは貴女に一任するわ」
「佐伯新矢は一体何を探って殺されたの?」
「彼の命を狙ったのは行き過ぎた正義感の持ち主達よ。人妖機関を正義の組織とし、その正義のために力を欲した。具体的に何をしていたのかは私にはわかりません。ですがそれを公にされると色々とまずいことになるという事をしていたからこそ、佐伯新矢の命を狙ったのでしょう」
「しっかし、大広間の天井突き破った方が早く救出できたって事だろ?」
「あの状況で根拠もなく天井を突き破ろうとはならないわよ」
ボヤくレイコを星垂がなだめる。
最後に走矢の元にたどり着いた、正面組。
その中に、見慣れない少女の姿を見つけた走矢。
「えっ?! もしかして春香か?!」
「本体の眼鏡外しちゃったら、そりゃわかんないよねぇ!」
直がからかうように言う。
しかし走矢は真面目に春香の顔を注視し続ける。
「えっ?! なに、なんかついてる?!」
「いや、春香ってやっぱり昔どこかで会ったことなかったっけ?」
「ふっ、ふふん。またまた、古いナンパの手口……」
「もしかしてソウちゃんて、昔ハルちゃんの童貞狩りの被害者だったんじゃない? ハルちゃんに襲われたショックでその時の記憶が無くなっているとか?」
「ちょっ、直! なんてこと言うの……?!」
「なんですって……」
身体は微動だにせず、首だけがグリンと春香の方を向く玲奈の姿に、その場にいた全員が凍りついた。
ヒィ〜、と悲鳴をあげる春香。
「ビックリしたぁ……」
「心臓が止まるかと思ったわ……」
年長者の霧香や星垂でさえ恐怖の感想を漏らすその光景に、春香は必死に弁明するしかなかった。
「あれ? そういや桜は……」
「歓喜の和の中に入らなくていいの?」
人目を避けるように暗い表情で居る桜に、アガレスを見送った八重子が話しかける。
「えっと……。その……」
自分が抱えている物の整理がつかない桜。
「前世の記憶が蘇ったことに混乱してるのね?」
自分の身に何が起こっているのか、あっさりと言い当ててくる八重子に驚きながらも、首を縦に振る桜。
「俺がずっとあいつの事、大切だって思っていたこの感情は前世の物なのかもって考えたら、急に切なくなって……」
「バカねぇ。前世の影響なんて、そうポンポンと出てくるものじゃないわよ? あの子に対する貴女の気持ちも、あの子を見て感じた感情も、間違いなく貴女の、咲多桜の物よ。そこに桜花の思いが重なっただけで、貴女の強い思いがなければ、あれだけの力は出せなかったわ。自身を持ちなさい、咲多桜は間違いなく佐伯走矢を愛している。私が保証するわ」
「八重子さん……。ヒィッ!!」
八重子の言葉に表情が晴れる桜だったが、『咲多桜は間違いなく佐伯走矢を愛している』というワードを反芻し、顔が真っ赤になる。
「ほらね? これが貴女の気持ちじゃなかったら一体なんだって言うのよ?」
「八重子さん……」
笑顔の八重子に対し、赤面して動揺しまくる桜。
「桜、こんな所にいたのか。心配したぞ」
「ゆヒィッ?!」
走矢の声を聞いて変な声がでる桜。
「どうしたんだ? もしかして怪我とかしたのか!」
「ちっ、違う違う。ちょっと考え事があって、八重子さんに相談に乗ってもらってただけだ」
「まぁ、そういう事よ」
誤魔化す桜だったが、怪我というワードが出たとき、走矢が右手の包帯に手をかけたことに気づいた。
春香が走矢の傷を見たとき、強い口調で言った理由も、かつて羽月との戦いで死にかけたエリスが、それでも息子の血を拒んだ理由も今の桜にはよくわかっていた。
「俺、もっと強くなるから……。お前が守りたいモノ全部守れるくらい強くなるから。だから自分をもっと大切にしてくれ……」
「桜……」
「お前が傷つく姿を、見たくないんだ」
「さく……?!」
走矢が何か言いかけたとき、
「坊!!!!」
走矢の姿を確認した温羅が暴走列車の様な勢いで、突っ込んできた。
「ちょっと温羅、良いとこだったのに何してくれてんのよ!!」
「なんだ?! 新手の72使徒か?!」
「霧香、違うのその鬼は……」
「走矢に何かする気!」
「アリスちゃん、その鬼は味方なのよ!」
「もう、眼鏡をかけてる暇もないわね。いっそ、見なかっことにしてしまおうかしら……」




