イグドラシル2
「随分と遅かったな。また何かあったのか?」
深夜遅くに帰宅したフォカロルにフォルネウスが尋ねる。
「いつものワガママですわ」
と、返す。
「イグドラシルの方は?」
「順調だ。数日中にはこの辺り一帯の上書きが終わる。そうなれば王を探し出すのも容易い」
今度はフォルネウスが質問に応える。
(数日か……。あまり猶予は無いわね)
イグドラシルの種をまく役目はワームが担当していたのだが、虚空の火頭魔達との戦闘で死亡し、ガミジンの死霊術で蘇って任務を継続している。
(計画を遅らせるならガミジンかワームをどうにかしないと……)
「どうした? ブツブツ言って?」
「あっ、いえ……。お嬢様の相手をするのが大変で……」
「もう少しの辛抱だ。今、ブエルが心臓摘出の準備をしている。移植した者を不死にする心臓。力ずくで奪う事ができない以上、ブエルの心霊手術ぐらいしか方法が無いからな」
「そうですわね……」
様々な思惑を内に秘め、フォカロルは小声で応える。
「すごい怪我! 一体何があったんだろう」
負傷した日奈子を部屋に入れ、怪我の様子を見る余白が悲鳴をあげる。
「まずい、一刻も早くちゃんとした処置をしないと……」
日奈子の状態に、余白は絶望する。
「救急車と母さん、それに清十郎伯父さんに連絡しといた」
「あっ、うん。ありがと……。ちょっと走矢、何持ってんの!」
走矢の言葉に振り向いた余白が動揺する。
「俺の俊紅なら、彼女を助けられるだろ?」
その右手には台所から持ってきた包丁が握られており、ソレを左手首に当てる。
「余白、彼女ヤバイんだろ? 俺も怖いんだ、こんな事するの。だから力を貸してくれ」
「…………。わかった、僕に任せて!」
そう言って木の葉を1枚取り出すと、それが注射器に変化する。
「僕がいれば包丁なんて使わなくても血液ぐらい取り出せるから」
そう言って注射器で取った走矢の血を日奈子に飲ませる。
「足りなければまだやれるから」
「大丈夫、傷も塞がって消耗した妖力が回復してきた。もう、大丈夫だよ」
その言葉に胸をなでおろす走矢。
その視界の先の掃き出しの窓の外に、舞い降りる母の姿を確認した。
「母さん!」
「走矢、余白、日奈子の状態は?!」
「今、走矢の俊紅を飲ませたから大丈夫。もう回復が始まっているよ」
その言葉を聞いた、エリスの心境は複雑だった。
「ただいま〜」
眼鏡をかけた栄子が住処としているアパートのドアを開ける。
「おかえり。旦那とどうだったんだ?」
ボーイッシュな栄子が冷やかしてくる。
「ええ、よろしくやってきたわよ」
動じす淡々と返す眼鏡をかけた栄子。
「ちぇ〜、からかいがいの無い」
拗ねたフリをするボーイッシュな栄子にコンビニのビニール袋を渡す眼鏡の栄子。
中には食べ物と缶ビールが入っていた。
「で、彼女は……」
「ああ、あれ以来完全に戦意喪失だ。なぁ、お前さぁ。抜けるなら今だぜ。旦那の所に帰んなよ。もう、あいつへの義理は十分果たしたろ」
夫の、呉夫の元に帰れという、ボーイッシュな栄子の言葉に心が揺れる眼鏡の栄子こと、純華。
しかしその迷いはすぐに振り払われる。
「勘違いしないでね? 私が貴女達と一緒にいるのはあの人のためなのよ。72は今またあの人を利用している。なんとしても72を排除しないと、あの人は何度でもアイツらに利用されるわ。私はソレを止めたいの」
普段はクールな眼鏡栄子。
その彼女が声を荒げて力説する姿は、まんま夫への愛の強さと受け取れた。
「わかったわかった。んじゃ、とりあえずあたしらでやれる事やっとこうぜ」
そう言ってボーイッシュな栄子は缶ビールを開ける。
「つまり、上沢支所はすでに何者かの拠点になっていたわけね」
一報を聞いて駆けつけた相沢 愛美が日奈子から何があったのかを聞き取る。
「人のホームに勝手に住み着くなんて、いい度胸ね」
正規職員として20年近く勤めた支所を乗っ取られたエリス。
その20年近くには亡き夫、新矢との思い出もあった。
そんな母の感情の高ぶりが、走矢にも伝わってくる。
「落ち着いてエリスさん。相手の戦力がわからない以上、先走っては駄目よ」
「でも、お夏が……。お夏があたしをかばって支所に残ったの! 早く助けに行かないと!」
「私達で先遣隊を組みましょ。彼女達との遭遇は敵にとっても予想外だったはず。考える頭があるなら今頃、引き払う準備をしているはずよ。そこを押さえるの」
ここに居る面子を見回しながらエリスは言う。
今この場には走矢の一報を受けて戻って来たエリスと愛美の他に、リリス、アリス、理奈、玲奈、余白、一応回復した日奈子が居る。
「日奈子は留守番。後から他の職員が来るから、その人達に説明お願いね」
「待って、あたしもう大丈夫だから! 走矢君のおかげで怪我も治ったし妖力も回復した。お願い、あたしも連れて行って!」
「日奈子さん、母さんが留守番しろって言ったのは怪我のことじゃないと思うよ。日奈子さん、夏さんの事で責任を感じて平常心じゃなくなっている。母さんはソレを言ってるんだと思う」
走矢の言葉に、シュンとする日奈子と余計な事を言うなという表情のエリス。
「行ってきなよ。大事な人なんでしょ? 報告は俺がしとくからさぁ」
「走矢ぁ!」
「どっちみち母さん達が行った後、飛び出していくよ。日奈子さん。なら最初から先遣隊に組み込んだ方がいいでしょ?」
「もし、先走ったり暴走するような事をしたら、私がふん縛るわ。それでいいでしょ? さぁ、これ以上の問答は先遣隊の意味が無くなるわよ!」
助け舟を出した玲奈がその場を仕切ると、ヴァンパイア達は翼を広げ、夜の空に飛び立っていく。
「ありがとう、走矢君。あたし、頑張るから!」
「頑張らなくっていいですから、夏さんと無事に戻ってきてください。じゃないと俺が母さんに怒られます」
「たしかに。こりゃあ、走矢君のためにも、お夏と無事に帰ってこないとね」
そう言い残して、日奈子は翼を広げて夜の闇に消えていく。




