イグドラシル
「一般的には脳のある頭に精神や魂は宿るように考えられますが、術式的には違います。心の臓、すなわち心の臓器に魂は宿ると」
勇魚と名乗った女は地下に通され、九骸や王の遺体と対面すると、自身の術師としての考え方を話す。
「12年前、自爆したのは抜け殻のお前の身体に移植された弟子だったという事か。俺まで騙されたな」
「えっ?! 九骸さんは最初からグルだったんじゃないんですか?」
新参者の連条 灰の疑問。
これはその場にいたオルトロスも思った事だ。
「数日前だよ。ここに王の遺体を運び込んだ後だ。こいつから連絡がきたのは」
「元々は研究資金の工面のために、このお嬢様に成り代わるという計画だったのだけど、結果的には面白い事になったわね」
そう言ってフォカロルの顔で邪な笑みを浮かべる。
「ちょっと気になったんだけど、不死の心臓って俊紅の物を使うのよね?」
「ああ、言ってなかったな。勇魚は俊紅の術師だ。だから自身の心臓を元に不死の心臓を作り出したんだ」
「じゃあ、今この女は俊紅と言う事?」
「そうなるわね」
オルトロスの質問に応える九骸と勇魚。
「それで、この使徒の女の記憶によると、今ソロモンの連中は『イグドラシル計画』というプロジェクトを進行しているの。この地の龍脈をイグドラシルと言う妖植物の根で上書きして自分達の思い通りにする計画よ」
「龍脈を上書き? そんなことしてなんになるんだ?」
戦闘不能になった蒼条 夏を、地下に運び込んだ奥井 トン助が話に入ってくる。
それを聞いたオルトロスは、わざとらしくため息をついて、説明を始める。
「龍脈って言うのはね、この大地に流れるエネルギー網であって情報網でもあるの。これに干渉する事によって膨大なエネルギーを扱ったり、情報網を駆使してあらゆる事を知り得たりできる。龍脈を上書きする事で、これらをソロモンの連中が独占的に行えるって事になるわ」
「そういう事。だからそれを私達で乗っ取ってしまおうってわけ」
より笑顔に邪悪さが増す勇魚。
「とりあえず私は使徒たちの所に戻るわ」
「ちょっと待って。さっきの心臓にまつわる話なんだけど、もしかしてコレ、あなたの仕業?」
そう言って自分のスマホを勇魚に見せるオルトロス。
そこにはとあるネットニュースが表示されていた。
「なに? 上沢市で心臓の無い死体が発見?! …………。私は関係ないわよ。必要な分はすでに調達してあるし、事が始まってから準備するなんて、三流のやる事よ?」
「あの職員がここに来た理由って、過去の類似した事件の資料が地下に有るからって話をしていたわ。朝になれば他の職員が来るかもしれない」
「なるほど。俺達もここを引き払ったほうがいいな」
「なら、いい場所があるわ。72使徒が用意した隠れ家なんだけど、使われていないし今の所使う予定も無い場所よ」
「また、凄い候補を出してきたわね……」
「面白そうじゃないか。そこにしよう」
「で? ここを引き払うって、他の連中に伝えなくっていいの?」
「えっ? なんで? いきなり居なくなった方が面白……。いや、敵をあざむくにはまず、味方からと言うしな……」
虚空に雇われて日の浅いオルトロスだったが、この虚空に所属する者達は本来、単独で行動するくらい能力が高く、我が強い。
それに加えてこの九骸という男、愉快犯的な一面を持っていて、思いつきで行動する事がよくある。
上沢支所に潜むにしても、不意の来訪者と言うのは想像できたはず。
またその場のノリで、とオルトロスはため息をつく。
「以上が南沢 悦子を名乗るドッペルゲンガーが、人間を襲った理由です」
上沢高校の人妖機関分室にて、紗由理が南沢悦子について説明する。
「しかし、手元の資料によると南沢家の事故は単独事故となっていますが……」
「そこはおそらく、美原家が圧力かけまくって潰したんでしょ。色んな方面にコネやらなんやらがある家みたいだし」
男性職員の質問を返す紗由理。
「南沢悦子と彼女を取り込んだドッペルゲンガー。この両者が男2人と女1人、そして車から出なかった人物を認識している。そいでこのドッペルゲンガー。心を読むことができるみたいで、まず男2人を襲って、そこからもう1人の女と、車内にいた最後の1人の素性を知って、美原家にのりこんだみたい」
「でも、その南沢悦子は負傷して街中をさまよっていたわけよね? まさかその2人のうちのどちらかにやられたの?」
会議に参加していたエリスが質問する。
「それが……。当人もよくわかってないみたいなんだよねぇ。あの時の女って言うのが古川 泉って名前らしいんだけど、コイツがどうもただ者じゃなかったみたいで、一進一退の攻防になったらしいんだ。そんでその泉に全ての集中力が向いたとき、何者かにやられて外までふっ飛ばされてたらしい。泉が只者じゃないのは確定なんだけど、美原夏美にも注意が必要かも」
「走矢〜、もう0時過ぎてるんだから早く寝ないと」
自宅でそう、話しかけてくるのは、早番で家に戻っていた妖狐の澄白 余白。
「ああ……。うん」
気の抜けた返事を返す走矢。
母達が今日は帰れないかも、というメールをよこし、人妖機関が思っていたよりずっと大変な状況なのがわかる。
「母さん……」
母の事を考えながらメールの画面がうつし出されたスマホに目をやる。
ふと、物音がした。
おそらく外から。
「待って、僕が見るから」
掃き出しの窓から外の様子を伺おうとした走矢を止め、代わりに余白が外に出る。
「えっ?! ヒナちゃん!!」
掃き出し窓のすぐ近くに、三田村 日奈子が倒れているのを発見する。




