俊紅の王10
「呉夫さんの妻子についてお聞きしたいのですが」
ケルベロスと密会した公園で、少年の姿になったラードンが総士に尋ねる。
呉夫と腹を割った話をした結果、彼が虚空、ソロモン72使徒の両方に憎悪の感情を持っている事が分かった。
いや、ラードン的には裏取りが取れたというべきか。
グレムリンという種族はコボルドやゴブリンの様に、他の強い者達にに利用される事の多い種族だ。
コボルド達と違うのは、頭が良く手先が器用なため、兵隊としてでは無く、マジックアイテムの製造などを強要されのが主と言う事だ。
呉夫は30年前、虚空に脅されて妖力を抽出して妖力石にする機械を作らされ、12年前には72使徒に日本での活動拠点として所有する工場を提供せざるを得なかった。
細かい事ははぶいていたが、おそらくその過程で、仲間を何人か見せしめに殺さるているはず、と言うのがラードンの考えだった。
「まぁ、僕ならそうすると言うだけの話なんですけどね」
その言葉を聞いて、総士は苦笑するしかなかった。
同じ立場なら、自分もそうしたからだ。
「それで、奥さんと娘さんの事なんですけど……」
「ああ、はいはい。と言っても、家族ぐるみの付き合いとかをしていたわけではありませんので、あくまで私から見た印象です。奥さんとも娘さんとも仲の良い、私から見て理想の夫婦、親子。そして家族でした。少なくとも離婚したと聞いて動揺する程度には」
総士の言葉を聞きながら、中空を見上げ、考え事をするラードン。
「いえね、ただの偶然かもしれないんですが、私が呉夫さんの3台目のスマホを盗み見たとき、家族の写真の入ったフォルダを見つけたんですけど、その家族の写真、12年前の物が最後だったんですよ」
そう言って房士にスマホ見せるように言う。
電話をかけさせるついでに、彼にスマホでその写真をとらせていたラードン。
そこには眼鏡をかけた女性と中学生くらいの少女が写っていた。
「確かに奥さんと娘さんです……。ラードンさん、まさか貴方は……」
「ええっ、72使徒に見せしめに殺されたのは奥さんと娘さんなのでは。僕はそう考えています。呉夫さんは虚空、72使徒の両方に同じくらい恨みがある様に言っていましたが、本当に滅ぼしたいのは72使徒の方かもしれない。まぁ、全部僕の憶測ですけどね。ただ、そういう可能性を頭の片隅にでも置いておけば、いざという時の判断材料になるかも、と言うだけです」
「そういえば12年前ってあの事件があった頃だよね。お兄ちゃん」
「あの事件?」
不意に房士がふった話題に、ラードンが眉をひそめる。
「ああ、俊紅の人妖機関職員が死体で発見された事件ですね。血が一滴も残ってなかったそうですよ。機関も面子がかかっていて、血眼になって犯人を探していた様ですが、結局見つからず迷宮入り」
「勿体無い。生かさず殺さず俊紅の血を抜き取り続ければ、その何倍も手に入るのに」
非人道的な事をあっさりと言うラードンに、これまた苦笑で返す総士。
そして、房士のスマホに写った呉夫の家族の写真を見ながら当時を思い出す。
「そういえば奥さんのこの眼鏡、一度壊れたのを呉夫さんが直したんですよね……」
一方、虚空、72使徒、そして栄子達による三つ巴の戦場。
眼鏡をかけた栄子はケルベロスと交戦していた。
背中から骨だけになった翼を生やした眼鏡栄子は、ケルベロスの猛攻に耐えきれず、ダウンしていた。
「だから最初に言ったろ? 3人全員で来いって」
栄子を見下ろすケルベロス。
その時、栄子の背中から生えていた骨の翼が砕け散った。
「えっ?!」
突然、力無く地面に倒れるケルベロス。
かわりに何事もなかったかの様に立ち上がる、眼鏡をかけた栄子。
「反転呪詛。あの翼を出している間受けた攻撃は、翼の許容量を越えると攻撃した本人に返ってくるんです。まんまとハマりましたね」
冷たい目で見下す眼鏡栄子と見上げる事もできないケルベロス。
勝負は決した。
ケルベロスの敗北を横目に舌打ちをするヘルハウンド。
彼女の能力は冥府の大気をまとい、周辺の生物を衰弱させるというもの。
しかしこの少女は弱る様子もなく、圧倒的な身体能力でヘルハウンドを追い込んでいく。
「そうか、貴女オートマターね。日本ではクグツとか言うんでしたっけ……」
生物的な人造人間がホムンクルスならば機械的なそれがオートマターやクグツ。
生き物ではない後者は確かに相性の良くない相手だが、ヘルハウンドがここまで圧倒されるのは、このクグツのスペックが桁違いに高いからでもある。
ヘルハウンドの右拳を左手で受けた少女は、そのまま腕をあらぬ方向に曲げてみせる。
「?!」
悲鳴にならない悲鳴をあげて飛び退くヘルハウンド。
その表情は完全に戦意を喪失しており、敗北を意味していた。
そして眼鏡をかけた栄子は、そんなクグツを複雑そうな表情を浮かべて見ていた。
アモン、エリゴールと対峙する火頭魔ともう1人の男。
アモンが連続で火炎弾を放つと、火頭魔は全身を覆うほどの円を描き、それが炎の円板と化す。
炎の円板でアモンの攻撃を受けるが、それで終わりではなかった。
火頭魔が円板の後ろでアモンを指差すと、炎の円板から熱線が複数、発射される。
「ぐぁっ?!」
防御も回避も間に合わず、四肢を貫かれ悶絶するアモン。
「アモン?!」
「さっきから動揺してばかりだな、お前」
男がそう言うと、彼女達の周辺の大気が複数、渦巻き始め、槍状に隆起する。
槍状の大気に押しつぶされた様に見えた2人だが、エリゴールの防御結界で何とか防ぐ。
「くそ……。魔槍と魔盾が使えれば……」
本領を発揮できない苛立ちを見せるエリゴール。
「まずい。エリゴール様もアモン様も、本来の力が出せない状態。コイツらの相手は私1人で十分だ。お前たちはお2人の援護に行け」
リーダー格の栄子とボーイッシュな栄子の2人と交戦していたガーゴイル3人。
そのリーダー格の指示で、他のガーゴイル2人がアモン達の援護に向かおうとした時、リーダー格の栄子が本領を発揮する。
『亜空間体開放』
自身が亜空間結界と化し、閉じ込めた者達を攻撃、時には吸収する形態。
その場にいた虚空、72使徒の双方を閉じ込める栄子。
「なんだ、この空間は……。なに?! 空間に取り込まれる?!」
「貴女達の石化能力って便利ねぇ。私、欲しくなっちゃったのぉ。殺して奪っちゃうけど、良いよね?」
亜空間内に栄子の声が響き渡る。
「うわぁ?!」
「だれか、助け……」
次々と亜空間に取り込まれていくガーゴイル達。
「くそっ、こんな手を隠し持っていたのか……」
「そうよ。貴女達を泳がせるために、さっきは使わなかったの」
「申し訳ありません、アモン様、エリゴール様……」
そう言い残してリーダー格のガーゴイルも取り込まれる。
「ガーゴイルちゃんゲット〜。まぁ、ついでだし残りの子達もいただいちゃおうかな〜」
そんな声が響き渡る中、クグツの少女が口を開く。
「栄子ちゃん、調子に乗り過ぎ。また殺しちゃうよ?」
その声と共に、栄子の亜空間が色あせはじめ、ボロボロと崩れ落ちていく。
「結界が解けた……」
呟く蠱毒の姫の視線の先に、尻もちをついてガタガタと震えるリーダー格の栄子がいた。
「あなた……、柚木島 深完……。なんでこんな所に……」
「本当に物覚えが悪いよね、栄子ちゃんて。もう、2、3回殺してあげた方がいいのかな?」
そう言って笑顔で栄子に近づく深完と呼ばれたクグツの少女。
「やめなさい、ナナ。殺すなんて安易に口にしては駄目よ」
それは眼鏡をかけた栄子の言葉だった。
「その名前で呼ぶのやめてよ、お母さん。今は深完なんだったてばぁ」
少し拗ねた態度をとる深完。
「全く、なんてザマだ。1人負け状態じゃないか……」
突然、上空から声がすると、その場にいた全員が見上げる。
そこにはダンタリオンと呼ばれた少女と中年の男が空中にとどまっていた。
「フォルネウス……」
虚空のもう1人の男が中年の男の名を呼ぶ。
「貴様か、雨上 葬魔……。12年ぶりか」
フォルネウスと呼ばれた男は、そう返す。




