俊紅の王7
事故にあった直後、車外に投げ出され悦子は、遠目に父と搭乗者の男が争っているのを見ていた。
しかし、悦子を取り込んだドッペルゲンガーは、よりはっきりとその光景を目撃していた。
飲酒運転の若者達の車の中から、
「そいつらを生かしておいたら、私達が破滅するわ」
女の声でそう聞こえた。
それを聞いたこの男が父を殴り飛ばし、近くにあった石をその頭部に叩き付けた。
父を手にかけ、母を、自分を見捨てる事で結果的に殺害した憎い男。
心をのぞいて、すでに必要な情報は得た。
なるべく苦しませて命を奪うつもりだったが、思わぬ邪魔が入ってしまった。
「その男を渡しなさい。貴方達が危険を犯して守る価値なんて無い人間よ」
「守る価値の有無じゃねぇ。目の前でこんな事されちゃあ寝覚めが悪いっての!」
啖呵を切った桜は、ピンク色の翼を広げて妖力感知の体勢を取る。
「この人が法に触れるような事をしたのなら、警察に行けばいいでしょ。もし、そこまでの罪でないのなら、あきらかにやり過ぎよ」
「うるさい、法で裁けないから私が裁くのよ!」
春香の言葉が癇に障ったのか、声を荒げて襲いかかってくる。
しかし、その攻撃を受けたのは春香の作り出した幻で、代わりにその場所には、直の亜空間の糸が張られていた。
「なんだ、この糸は?! 動けない……」
「観念しろ。そうなったらもう、何もできねぇよ」
「フン、このくらい!」
そう言うと、メデューサの身体が緑色に変色して溶け出し、ドロドロになって地面に落ちて浸透していく。
「なっ、なんだぁ?!」
「この女性メデューサじゃない! もしかしてキメラ?!」
春香の言葉に、かつて戦った浪川栄子を思い出す一同。
「今の溶けたヤツはスライムかなんかの能力か?! ……クソっ、逃げられたか……」
「えっ、これ! 溶けた緑色のヤツがあたし達を囲っている?!」
直の言葉通り、メデューサが変化した緑色の液体が円を描いて走矢達を囲んでた。
円は目に見えて小さくなっていき、走矢達に迫ってくる。
「まずい、上から脱出するぞ!」
そう言って桜は走矢を抱きかかえ、翼を羽ばたかせる。
が、緑色の液体の上空を通り過ぎようとしたとき、それは槍状になって伸び、桜と走矢に襲いかかった。
「やべぇ!」
咄嗟に身を引くが、勢いあまって円の内側に墜落する桜と走矢。
「わりぃ、大丈夫か? 走矢!」
「俺は大丈夫。桜こそ、槍食らわなかったか?!」
「なんとか避けられた。しかし、上も駄目か……。まてよ、こいつ今は液体か……」
桜は迫りくる緑色の液体を見て、昼間の玲奈のレクチャーを思い出す。
バケツの中の水を動かす感覚と紐を散り散りにする特訓。
この2つの要領を上手く組み合わせれば。
そう考えた桜は両手を重ねて地面に付ける。
「食らえ!」
そう言って気合を入れると、地面伝いに妖力を流し込む。
ジュッ、という音と共に焦げ臭い匂いをさせて、緑色の液体は蒸発する。
「やっつけたの……?」
呆気ない最期に、いまいち実感のわかない春香が小さく呟く。
「てぇい!」
かけ声と共に緑色の液体の焦げあとを飛び越える直。
何事も無く、円の外側に着地し危機が去ったことを知らしめる。
「凄いな、今のは応用技だろ?」
「ああ、お前の言う通り、左手の方が妖力のコントロールがし易いみたいだ。だから左手で右手の妖力を制御してみたんだ。皆の特訓のおかげだ」
そう言って微笑む桜。
「あれ?! あの人は?」
メデューサに追われていた男の姿が無いことに、直が気づく。
「別にお礼を言ってほしいわけじゃないけど、あんまりじゃない?」
春香がボヤく。
「はぁ、はぁ……。ここまで来れば……」
戦闘のドサクサに紛れて逃げ出した男。
人気の無い路地裏で一休みする。
この男がやった事を考えれば、仮にメデューサを撃退できても、その後根掘り葉掘り聞かれるのは避けたかった。
しかし男は、目の前の暗がりを見て青ざめる。
そこにはいつの間にか、メデューサの姿をした南沢悦子が立っていた。
男がコッソリ逃げ出したのを見て悦子は、自分の一部をその場に残し、男を追っていたのだった。
「あの子達は見ず知らずの貴方のために危険を犯しているに、貴方は簡単に見捨てるのね」
咄嗟に助けを呼ぼうとした男の口を、右手で掴んでふせぐと、頭部の蛇達が次々と男の喉笛に食らいつく。
「来たぞ、ラードン。話ってのは何だ?」
呉夫の工場の近くの公園。
そこでラードンとケルベロスは密会をする。
「母上復活に必要な物。1つは例の肋骨。そしてもう1つが俊紅です。適当な器が用意できない現在、母上の顕現には俊紅が必要です」
「肋骨は今、人妖機関が持ってるんだろ?」
「そうです。ですのでまず、俊紅の入手に注力するべきだと思います。俊紅を得れば僕達の力を蔵経できますし」
「なるほど……?! 今何か言ったか?」
「ああ、彼女です。前の戦いでカケラだけ回収してきたんですが、ようやく目覚めたようですね」
「ヒドラ……。あいつも生きていたのか」
「ええ、まぁ。肋骨奪還の時に、絶対に必要になる戦力ですから。それで俊紅の事なんですが、現在2つの選択肢があります。1つは佐伯走矢という、俊紅の少年。もう1つはソロモン王という俊紅のミイラです。ケルベロスさん、72使徒側の情報がほしいんです」
その言葉を、ケルベロスは承諾する。




