俊紅の王6
「邪魔するわよ」
そんな気は微塵も感じさせない態度で、呉夫な工場にズカズカと入っていくヘルハウンド。
「これはこれはヘルハウンドさん。本日はどのようなご用事で……」
「とぼけないで、貴方専用の番号に貴方以外から電話がかかってきたの。何かトラブルがあったんじゃないの……。何? この石像……」
先陣を切ったヘルハウンドが石化された作業員達を見て驚く。
「コレには深いふか〜い、事情がありまして……。それはもう、聞くも涙語るも涙……」
「前置きはいいから、とっとと答えろ。熊田!」
突然あらわれ、呉夫を擁護し始める熊田総士に罵声を浴びせるケルベロス。
「おや! どこかで見た事がある美女かと思ったら、ケルベロスさんでしたか! 奇遇ですね」
「知り合いなの?」
「前の職場で一緒だっただけだ」
2人の会話に割って入るヘルハウンド。
そのヘルハウンドにザックリと関係を説明するケルベロスだった。
その後、ヘルハウンドの取り調べを受けた呉夫と熊田兄弟。
輸送の話は伏せておき、工場がメデューサ襲われた事だけを話す。
これはラードンからの指示だった。
ヘルハウンド達の接近に気づいたラードンは、工場の事だけを話すように言って姿を隠した。
「電話の件は何とも……。私達より、ここを襲ったメデューサの方が何か知っているんじゃないですかねぇ?」
「じゃあ、今日はこれで帰るけど、何か分かったら連絡してちょうだい」
そう言って工場を後にしようとするヘルハウンド。
その後を追うケルベロスを、蛇の姿で隠れていたラードンが呼び止める。
「生きてやがったのか?! ゴキブリなみにしぶとい奴だな」
「もう少しマシな生き物に例えていただけませんか? まぁ、ソコは置いておいて、母上復活のためのプランがあるのですが、後でお時間いただけませんか?」
わかった、と言い残して足早に工場を出るケルベロス。
それを見送ったラードンは呉夫に尋ねる。
「彼女はどちらなんですか?」
「72使徒の手の者です。ソロモン72使徒は海外の組織です。国内で活動するのは主に現地で雇ったフリーランスがほとんどなのですが、彼女はかなりの信頼をえているようですね。12年前に国内で大規模な活動をしていた時も、現場の指揮官の様な立ち位置でしたから」
「ケルベロスが大人しく従っているあたり、実力者なのは想像がつきます。今の説明で納得したとも思えませんし、注意が必要ですね」
「迂闊に電話なんてかけるから……」
「何か言いましたか?」
「いえ、何も」
ごまかす気があるのか無いのか、段々とラードンに気を使わなくなってくる総士だった。
「ふぅ〜、ごちそうさまでした〜」
夜の公園。
桜の特訓に付き合う事になった走矢。
特訓再開前の腹ごしらえを終え、春香がビニール紐を取り出す。
「この紐をあのミイラ、もといミイラモドキに見立てて、妖力を流し込んで破壊するの」
「最初は1メートルぐらいしか散り散りにできなかったけど、今は10メートルぐらいイケるんだよ」
直の説明を聞いて、桜の上達の速さに驚く走矢。
「いや、最初が力みすぎていたせいで酷かっただけで、言うほど上達したわけじゃねぇよ」
「でもこれくらいやれれば、とりあえずは対処できると思うの。だから次は実践的なヤツをやるわよ」
そう言ってビニール紐の先に適当な石を縛り付ける。
「これを桜めがけて振り回すから、さっきの要領で掴まえて妖力を流し込むのよ」
こうして特訓の第二部が始まる。
「やっぱ焦るな。さっきの半分くらいしか散り散りにできねぇ」
「掴まえて直ぐに何とかしようとしないで、ひと呼吸置いたら? かなり焦っているように見えるわよ」
紐を振り回すのは春香の役目で、走矢と直は次に使う紐に石を縛り付ける役目だった。
「ねえ、ソウちゃん。桜の特訓、自分のせいで、とか自分のために、なんて思ってないよね?」
突然の直の言葉に焦る走矢。
自分の内心をを見透かされたようだった。
「えへへ、図星だね。わかるよ、あたしもそうだから。桜やハルちゃんみたいにバトル慣れしてないし、恵美ちゃんみたいに傷を治したりもできないし……」
「そんなこと無い! 直は結界を破ったりあの糸で敵を捕らえたり……。あと、浪川先生と戦った時だって、必死に爪弾を防いだり、必死になって皆を守ろうとしたじゃないか!」
「ほんと?! あたしって凄い? 凄いの?!」
「あっ、ああ……」
突然の直のトーンの変化に戸惑う走矢。
「だったらあの時、命がけで亜空間に捕らわれたあたし達を助けてくれたソウちゃんも凄いんだよ? 自分を卑下しないで……。人間も妖も、持ちつ持たれつなんだから」
直が特訓に誘った理由はなんとなくわかっていた。
自分が後ろめたさの様なものを感じているのを察し、少しでも手伝わせる事でそれを解消させようとしてくれたのだろうと。
「ありがとう、直」
走矢の後ろめたさが全て解消したわけではないが、直の言葉が救いになったのは確かだった。
「にゃはは、こう見えてもお姉ちゃんですから」
いつぞやの5月産まれのネタを持ってきて、照れ隠しをする直。
(母さんや桜達が守ってくれた命なんだ。卑下する様な考え方は振り払わなきゃ……)
そんな中、走矢はあることに気づく。
「桜、もしかして左手の方が妖力のコントロールができてるんじゃないのか?」
今までの特訓を見ていると、利き手の右で紐を掴み、妖力を流し込んでいたのだが、希に左手で対処する事があった。
「確かに、左手で掴んだ紐の方が、散り散りの距離が長いわね」
「それだけじゃないんだ。見ていて妖力の流れ方が左手の方がスムーズなんだ」
試しに左手で紐を掴む特訓をしてみると、確かに散り散りになる距離が右手の倍近くある。
「妖力の利き腕みたいのがあるのかしら?」
「利き手じゃないから、変な力みがないとか?」
それぞれ仮設を立てる春香と直。
「サンキューな、走矢。これであのミイラ野郎にリベンジできるぜ」
走矢が応えようとしたその時、男の悲鳴が響き渡る。
「たっ、助けてくれ! だれかぁ!!」
男は走矢達の姿を見て、駆け寄ってくる。
「どうしました?!」
走矢が声をかけると同時に男は盛大に転倒する。
「変な奴だな。迂闊に近づかない方が……」
「違う! 足下に何かが絡みついているんだわ!」
春香の指摘どうり、男の両足に蛇が絡みつき、そのまま来た方向に引きずって行こうとしていた。
「なんだこれ?! やべぇぞ!」
咄嗟に蛇を掴む桜。
紐の特訓の要領で蛇に妖力を流し込み、散り散りにすると、男が来た方向の闇の中から悲鳴が聞こえてくる。
「ちょっと待って、この蛇って……。メデューサ?!」
走矢はその蛇から、かつて自分を襲った神話級の妖を思い出す。
「よくも邪魔を……」
暗闇の中を近づいてくる何者かを見て、一同に緊張が走る。
「目を見ちゃ駄目よ」
春香はそう言いながら翼を広げ、羽根を撒き散らす。
「お前のせいでお父さんは……。死ねぇ!!」
鬼気迫る形相でメデューサの姿をしたドッペルゲンガー、南沢 悦子が襲いかかる。




