母はヴァンパイア
妖と呼ばれる存在には2つ種類があり、1つは人間との間に混血が産まれるタイプ。
もう1つは混血が生まれないタイプ。
前者の場合、人と妖の両方の特徴を持っていたり、一見普通の人間に見えるがある日突然、妖として目覚めたりする。
後者の場合は血が混ざらないのでどちらか一方の種族が産まれる。
言ってしまえば父か母のクローンの様な存在が産まれてくるのだ。
今年、高校に入学した佐伯 走矢の母親はヴァンパイアなのだが、混血のできない妖でもあり走矢は人間の父である新矢の生き写しだとよく言われる。
制服が冬服から夏服になった6月最初の日曜日。
走矢は妖の母にたたき起こされていた。
「アンタいつまで寝ているの?いい加減起きなさい!」
走矢を布団ごと放り投げる銀髪の女性。
見た目は20歳前後ぐらいなのだが、そこは妖。
17歳の息子がいても全然おかしくない実年齢だ。
腰のあたりまで伸びた銀髪をかき分けるようにして背中から生えているコウモリの翼。
口元に牙も確認できる。
「日曜日だからっていつまで寝ているつもりなの?早く起きてご飯食べちゃってよ。片付かないんだから」
母の名は佐伯 エリス。
外人っぽい名前だが日本産まれで日本育ちのヴァンパイアだ。
「なんで休みの日に平日と同じ時間に起こすんだよ」
「そんな不健康なこと言っていると、夜型人間になっちゃうわよ」
そう言って走矢の首根っこを掴んで台所に連れて行こうとするエリス。
「わかった、わかったから着替えるの待ってよ」
そう言って息子は母から逃れる。
「早くしなさいよ」
言葉を残して部屋を後にするエリス。
小さい頃はあまり考えなかったが、朝方のヴァンパイアというのはどうなんだろうか。
母が特別なのか最近のヴァンパイア全体がそうなのか。
走矢が成長するにつれて行動範囲だけでは無く、活動する時間も広がっていく。
遊びに出かけて帰りが遅くなったり、夜遅くまでゲームをしたり深夜番組を見たり。
そうなってくると規則正しい生活を厳守する母が疎ましく感じてくる。
朝食を終えて遊びに出かける準備をしているとエリスが近づいてくる。
母の接近に気づいた走矢だったが時すでに遅し。
エリスは息子の首筋に牙を立てる。
走矢は特に抵抗するでもなく、またか……、といった感じで大人しく血を吸われる。
「遊びに行くんでしょ?遅くなっちゃ駄目よ」
そう言い残してその場を立ち去るエリス。
いつもの事だ。
登校時とか今みたいに外出するとき、必ずと言っていいほど母は吸血してくる。
「そんなに吸ってるとデブるぞ」
母の足音が離れて行ったのを確認した上で小声で呟く。
が、奥の方からドタドタともの凄い勢いでこちらに向かってくる足音が聞こえてくる。
ヤバイ、聞こえてた。
走矢は慌てて家を飛び出した。
普通に追いかけっこをしたら絶対に捕まる。
近くの物陰に隠れてやり過ごそうとする走矢。
予想通り空から彼を探すエリスの姿が見えたのだが、
「スカートのときは飛ぶなって言ってるのに……」
母がよく愛用しているのがロングスカートなのだが、絶対に見えないわけではない。
「あのくらいの歳になると、そういう事はどうでもよくなるのかなぁ……」
そして走矢は気づく。
いつの間にか母がコチラを凝視している事に……。
その日の夕方。
友人達と別れて帰路につく走矢。
あの後母に捕まり、一度家に連れもどされていくつかのプロレス技を掛けられた後にようやく開放された。
友人達との待ち合わせ一番乗りのはずが大遅刻をしてしまった。
「思ったより遅くなっちゃったなぁ。また母さんに何かされるのか……」
家につづく夜道。
その暗い夜道の先に誰かがうずくまっているのが見えた。
嫌な予感がする。
遠回りになってもいいから他の道を行くか。
そう思った矢先、背後と左右にも誰かがいる事に気づく。
「フッ、所詮人間ね。ここまで接近を許すなんて」
背後を取っていた1人が言う。
腰まで伸びた黒神、眼鏡の少女美月 春香。
走矢のクラスメイトでヴァンパイアだ。
左右の人物にも見覚えがある。
金髪ツインテールの美島 直と男勝りのショートヘア咲多 桜。
やはりどちらもヴァンパイアだ。
そして前方にうずくまる、あからさまに怪しい人物。
茶髪のミディアムヘア霧咲 咲花。
このヴァンパイア少女達のリーダー格で当然ヴァンパイアだ。
「よく私の『持病の癪が』作戦を見抜いたわね。でもこれでお終い、観念なさい」
「いや、持病の癪はいらなかったろ」
咲花の宣言に突っ込む走矢。
「そう言ったんだけどさぁ、うちは代々この作戦で血を吸ってきたって聞かないんだよ」
「逆に警戒するよねー」
桜と直が追い打ちをかける。
「うるさいなぁ、もう。こういうのは様式美って言うのよ。この過程が美しいの!」
「良いように言ったな」
咲花の反論を軽く流す走矢。
「はいはい、そこまでよ。今日という今日こそ彼の血をいただくんだから。いつもみたいに逃がしちゃだめよ」
春香の指揮のもと、包囲を狭める4人。
最初に飛びかかってきたのは直、次に桜。
いつも母との追いかけっこで鍛えられていた走矢は2人を軽々とかわすと、桜の居た方向から包囲の外に出ようとする。
しかし、読んでいたのかそこには春香が待ち構えていた。
「クラスメイトなんだし、そんなに酷いことはしないから。ほんのチョット、ホントにチョットだけ吸わせて。ホント先っちょだけ」
「いやアンタ何言っているんだ」
呆れる走矢。
「引くわー」
と桜。
「ハルちゃん下品」
追撃する直。
「???」
意味がわかってない咲花。
「きっ、牙の先っちょって意味なんだからね!下品ていう人が下品なんだから!」
「いや、意味わかんねーし」
「下品って言ってんだから、やっぱりオメェーが下品なんじゃねーか」
「ハルちゃん、もう喋んないほうが良いよ」
「??????」
春香の反論をよってたかって封じる走矢、桜、直。
置いてきぼりの咲花。
そしてムキーッと地団駄を踏む春香。
「ねぇ、先っちょってどういう意味なの?なんで下品なの?」
「霧咲さんは知らなくていいんだよ」
「咲花は純粋な咲花のままでいてくれ」
「世の中にはエミちゃんが知らなくていい事がいっぱいあるんだよ」
「いいでしょう、私が全部解説します」
余計な事を言い出した春香を咲花以外の3人が取り押さえる。
「このスットコ眼鏡はろくな事言わないな」
「わりぃ、春香。否定できねぇ」
「ごめんねハルちゃん。肯定しかできない」
「この裏切り者ぉ〜」
その後、ワチャワチャした後に夜も遅くなったので解散という事になった。
「じょあ、また明日なぁ」
「バイバーイ」
桜と直が同じ方向に帰っていく。
「ねえ、佐伯」
2人を見送る走矢の服を引っ張りながら咲花が話しかけてくる。
「なんだ、もう結構な時間だぞ。とっとと帰ったほうがいいんじゃないか?」
「癪って何?」
「いや、知らないで使ってたのかよ。代々伝わる手口なんだろ?」
「手口言うな。魔法の呪文みたいなモノだって教えられたの。お母さんはこの方法でお父さんを捕まえたって言ってたし、絶対効果あるんだから」
「いや、それって……」
言葉を詰まらせる走矢だった。
「スマホで検索すれば何か出てくるだろ」
誤魔化すために癪について調べる走矢。
「なになに、胸や腹部の痛みの総称で医学が発展してなかった頃そういうのをまとめて『癪』って呼んでたらしいな。要するに胸やお腹が痛いって言って人を呼び止めていたんだな」
へぇ〜、と言いながら走矢のスマホを覗き込む咲花。
その胸が走矢の腕にあたる。
(お父さんもこうやってハニートラップにかかったのかな)
などと考えていた。
(そういやあのスットコ眼鏡は帰ったのか?こういう話に乗ってきそうだけどな)
ふと春香の事を思い出す走矢。
そして彼の足下を這いつくばる彼女に気づく。
「眼鏡、眼鏡……。あの〜私の眼鏡一緒に探してもらえませんか……?」
「あの2人が帰る前に言えよ!」
結局3人で眼鏡を探す事になった。
「こう暗いんじゃ見つからないなぁ」
「せめてもう少し明るかったらねぇ」
「うう、後生ですから見捨てないでください」
春香に先程までの勢いは微塵もない。
普段ならやっぱり眼鏡が本体だったんだな、などとからかうところたが、あまりにも必死な春香の姿にそれはひかえた。
「アンタ達、いったいなにやってんの?」
上空から聞き覚えのある声。
羽音とともに舞い降りてきたのは母だった。
「母さん」
「門限はとっくに過ぎているわよ」
エリスは自分の腕時計を指し示しながら言う。
「それが友達が眼鏡落としちゃって、一緒に探してたんだ」
ふう〜ん、と薄いリアクションを返すエリス。
「無くしたのはどっちの子?」
母の質問に申し訳なさそうに手を上げる春香。
エリスは彼女を一瞥すると近くの電柱近づき、その陰から眼鏡を拾い上げる。
「眼鏡に付いていた持ち主の気配。この場合は妖力ね。これを感知できればすぐに見つかるはずよ。まだ妖力の感知とかできてないようね」
そう言って春香に眼鏡を渡す。