第8話
35年前。西濃二中の体育館裏に彬は呼び出された。
「遅い!」
そこには中三になった健介が、バスケ部のジャージ姿で待っていた。
「おお、すまん。ちょっと色々あって。で、こんなとこに呼び出して何の用だて?」
「堀口。真弓のこと、どうする気や」
「どうする?」
「おめえ受験勉強もろくにせんと、高校も別々のとこに決めたんやろが」
「ああ、俺のレベルじゃ県立東なんかムリムリ。でも健介が一緒やから…」
いきり立って彬の胸倉をつかんでくる。
「あいつは、恥ずかしい思いして告白までしたんやぞ。それにおめえは、ちゃんと応えてやったんか?おっ!」
「…すげ」
「おめえ、真弓の気持ちを弄んだんか?」
「へえ」
「なんや、その態度は」
「いや、まるで青春ドラマやなと思って」
「ふざけんな!」
殴りかかろうとする健介の前に、彬が一枚の手紙を突きつける。
「…その告白の中身、読んでみ。わざわざ家まで、これ取りに帰っとったんや」
挙げた拳をしまって、健介が手紙を手に取って読み始める。
「去年三年生に原西っていうゴリラみたいな先輩がおったやろ。真弓はそいつにつきまとわれて、好きな人がいるって断ったらしいわ。俺はその当て馬…ダシだわ」
「…」
「真弓とは保育園から一緒やから、俺の弱みを熟知しとるわけや」
「…堀口。おめえ、小六の修学旅行でおねしょって…マジか?」
真弓に人質にとられた黒歴史だった。顔を真っ赤にして手紙を取り上げる。
「それはどーでもええわ!そんなこっちゃなくて、そのゴリラが卒業してからもあいつがおまえにこのこと言わんかったのは…」
顎をしゃくると、真弓が陰でふたりのやりとりを見ているのが見える。
「おまえから言ってほしいことが、あったんとちがうか?」
意味が分かったようだ。彬は健介を置いてその場を去った。
真弓の傍を通り過ぎざまに言った。
「なにが告白や。脅迫やろ」
「ごめん」
真弓は手を合わせおざなりに謝ってから、恋する少女の足取りで健介のもとへ走って行ったものだ。
落ち着いた健介と真弓、彬の三人は黙々とみたらしを食べた。
(なんかまた俺、ダシに使われた気がする)
真弓をチラ見する。あの頃知らなかった言葉…あざとい女、の走りやな。
「あ、この味変わってないね」
「そうか?なんか辛ないか?中学の頃は、絶妙の甘じょっぱさやったけど」
「…」
「それはたぶん、若いし部活帰りとかだったから辛い方が美味しかったのよ」
「確かに、昔は焼肉も今よりうまかった」
健介が食べかけの団子を皿の上に置く。
「どうしたの?」
「昔はよかった話は、やだ。寝まつ」
そう言い捨てて、寝室に戻って行った。
予測がつかない行動。それもうつ病の特徴なのだろうか。
ドアが閉まるのを見送ってから、真弓が深いため息をついた。
「順調だったのになあ。どこに地雷があるんだか…」
「昔話もタブーなん?」
「彼が東京でバリバリ仕事していた頃の話はね。その頃と今の自分を較べると死にたくなるみたい。中学くらい遠い話なら大丈夫だと思ったんだけど」
過去の自分がプレッシャーになる、ということだろうか?彬がぼんやり考えていると、空気を換えようとした真弓が本棚から卒業アルバムを取り出してきた。
「そうそう。この間ね、卒業アルバム見つけたのよ。見る?」
(人生をリセット…生前葬…)
「ほら、私たちが文化祭でライブ演奏したときの写真。懐かしいよね」
中学時代の自分たちの写真。
「…生前葬…ライブ」
布団にくるまる健介を、再び彬と真弓が襲う。
「健ちゃん。ちょっと、私たちの話を聞いてくれる?とってもいい話だから」
仕方なさそうに布団から顔だけを出した。
「な、健介。生前葬やってみないか?」
「生前…お葬式でつか?だ、誰の?」
「もちろん、健ちゃんのよ」
みるみる顔がこわばる。
「プレッシャーとかストレスに押しつぶされる前に、この際過去の健ちゃんをここで葬り去って、人生のリセットを…」
「ほらやっぱり、殺す気でつ~」
うつ病患者はまた布団に潜り込んだ。
(言い方)
彬が真弓を肘でつついてから代弁する。
「いやお葬式って言ってもな、同窓会を兼ねてライブ演奏とかもやって、こう賑やかにやろうって…」
「賑やかに殺す気でつ!」
重症だ。
「わかった。じゃあ同窓生みんなで、合同で生前葬やろう」
「それいい!だったら死ぬのはひとりじゃないから、健ちゃんも安心して死ねるよ。ね?」
「もう勘弁して~」