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同葬会  作者: よこゆき
7/8

第7話


「嬉しいわ。大会社の社長になってふんぞり返る教え子より、堀口くんのような教え子を本村も私も誇りに思うよ」

 いくつになっても先生に褒められるのはうれしい。そして、恥ずかしい。彬は照れて俯く。

「…そう言えばさっき、先生の教え子たちとすれ違いましたがご焼香ですか?」

「そうそう。お葬式には行けなかったけど是非にっていう子達が、あれから毎日のようにうちに来るんだわね」

「へえ。公平先生のご人徳ですねえ」

「入れ替り立ち替り昔話をしてくれるもんだから、おかげで寂しいって感じる暇も ないんだわ」

 屈託のない恩師の笑いに、つられるように教え子も笑った。

(よかった)


 「特殊詐欺に注意」というチラシの束を持って、慎二が煙草売り場の前で佇む。ふだんから店頭にはいないから、家内に向けて声をかける。

「すみません。青年団の者です」

 ここの店主で紗栄の母親である薫が、奥から出て来て仕切り窓を開ける。

「ああ、慎ちゃん。タバコ?」

「いや、ちょっと話が。おばさん、最近娘さん…紗栄さんに会わっせたかね?」

 薫は一瞬の動揺を見せてから、黙って首を振った。

 反射的にチラシの束を隠す。

「いや。今度同窓会の幹事やることになって、ほんで現住所がわかればと」

 薫が顔を伏せる。

「私も、今の紗栄のことは何もわからんもんで…」

 窓を閉じると、逃げるように奥へ引っ込んで行った。

「おばさん、ちょう待って!」


 藤沢家には大きな庭園がある。季節ごとの花や樹木が植えられていて、これらを維持するだけでかなりの手間と金がかかるはずだ。田舎の旧家だからこその道楽なのだろう。

 みたらし団子の包みを提げた彬が、真弓にあらためて感想を言う。

「相変わらず馬鹿でかい庭やな」

「アッキーとは幼稚園の頃、よくここでかくれんぼしたよね。あ、水仙」

 真弓が咲きかけの水仙を見つけて、その前に屈みこむ。

「冬の花って健気よね」

 彬には相槌を打つだけの知識はない。

「今日は、具合ええんか?健介」

 先日彼女を送った際に、改めて伺うことを伝えて今日様子を見に来たのだ。

「朝方はよかったんだけど、何かのきっかけで急に落ち込むことがあるから」

 真弓の隣に一緒になって屈む。

「彼に会ったら、絶対に励まさないでね。『がんばれ』とかタブーだから」

「え、そうなん?」


 二階の寝室から、健介はその様を隠れて覗いていた。

 花壇に隠れる真弓と彬を、カーテンの陰から不安そうに見ている。


 真弓が彬へのアドバイスを続ける。

「それと同情も同調もダメ。大変だなとか、おまえの気持ちわかるよ、とか」

「…わかった、注意する」

「ね、アッキー…堀口くんの健介のイメージってどんな感じ?」

「バスケ部のキャプテンで成績もよくて、でもって俺らを引っ張ってバンドもやる、リーダー的存在だわな。ま、悪く言えばナルシストっぽくもあったか」

 水仙の花びらを指で弾く。確か水仙はナルシストの語源だった、と思い出したのだ。

「今はただの子どもよ。おとなを見ると緊張して『でつまつ調』になるから」

「でつまつ調?」


 真弓に案内されて彬は寝室に入った。

 布団にくるまっているのが健介のようだ。

「あなた。堀口くんがお見舞いに来てくれたわよ」

「健介、ひさしぶり。みたらし買ってきたぞ、駅前の小倉屋の」

 枕元にみたらし団子の包みを置いたが、特に反応はない。

 仕方なく、ふたりして枕元に座る。

「わあ、小倉屋ってまだやってんだね」

「学校帰り、毎日みたいに食ったわな」

「夏はかき氷ね」

「うん、サイダーをシロップにして、あの頃なんであんな物が美味かったんかな?」

「きっと、みんなで食べたからよ」

 などと聞こえよがしに語り、天の岩戸を開けようとする。

「堀口」

 ようやく布団の中から声がした。

「…おう」

「真弓とふたりで…お、俺を殺しに来たのか?」

 突拍子もない言葉に、彬が驚いて真弓を見る。

 真弓がスマホに何かを書いて、彬に見せた。

〈最近の妄想。受け流して〉

 どうやら、うつ病の症状の一つのようだ。

「…ふ、不倫の末に、邪魔になった夫を共謀して殺す…安っぽい…サ、サスペンス劇場だ」

「お、俺がそんなことを…」

 真弓が首を振って、またスマホを見せる。

〈怒らないであげて〉

 彬はつとめて冷静に、そして淡々と語り始めた。

「俺のヨメが、寛子が死んで六年経つ。ま、生きてりゃ浮気の可能性は1%くらいはあるかもな。でもな、健介」

 布団の中の健介が黙る。

「葬儀屋の俺が言うのもなんやけど、天国ってあるんやぞ」

 事情を知っている真弓も黙る。

「天国があって、寛子はずっと俺や娘を見守っとる。あいつが見てるのに俺が不倫?まして夫を殺す?配偶者に先立たれた人間が、どんな思いなのかわからんとでも…」

「ごめん!堀口ごめんよお…わあっ」

 健介は弾かれたように布団から飛び出して、土下座しながら泣き始めた。

「いや、泣くほどの…」

 感情の振れ幅に驚き、こっちが引く。

「僕、やっぱりダメでつねえ。最低でつよね。ごめんなたい、謝りまつ」

(これが噂のでつまつ調?)

 固まる彬をよそに、真弓が健介を抱き寄せる。

「そんなことないよ。健ちゃんがそれだけ私を愛してくれてるってことだから、嬉しいよ…だから泣かないで…ほら、みたらし!ね、みんなで一緒に食べよ」

 あやすように頭を撫でると、夫は涙声になる。

「うん…食べまつ」

 彬の存在がなかったことにして、夫婦がイチャつき始めた。

 何を見せられているんだか。だがしかし…。

(あれ?このシチュエーション…)

 よみがえる記憶。



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