第2話
晩冬の午後。本村家の玄関先では、しんしんと降る粉雪が「忌中 告別式自宅執行」の張り紙を濡らしている。
居間と寝室を繋いで広間にしてあり、会葬者十数名が正座する中に読経の声が響き渡る。
公平の遺影に向かっての導師の儀式が終わる。
「では、ご焼香に」
導師が一礼して、司会進行の彬に合図する。
「それではこれよりご遺族親族、ご来賓の皆様にご焼香のご案内をさせて頂きます。喪主様は正面にてお願い申し上げます」
喪主の妻・響子(64)、凛とした所作でお線香を上げる。続いて親族が粛々と焼香していく。
片隅で会葬者と名簿を照合していく。一般参列者の中に井上亘の姿があり、彬に軽く会釈される。
最後方には三島健介と真弓夫婦の姿だ。
ただ、よく見ると健介の方は体を震わせている。彬は旧友の様子に違和感をおぼえた。
亘の焼香番になったとき、健介がうめき声を上げた。一瞬式が膠着した。
真弓が健介の体を支えながら
「すみません。ちょっと失礼します」
そう恐縮しながら、ふたりは中座した。
彬はさらなる違和感をおぼえた。
その頃、商店街の一角にある居酒屋手羽先「しんちゃん」では、店主の山際慎二が暖簾を掲げていた。
(…雪か。夜まで降らなええけど)
舞う粉雪を目で追う。
「紗栄!待ちやあて!」という声。
「ん?」
慎二が見やると、はす向かいの落合家の玄関先にタクシーが停まっている。家中からは卒業アルバムを抱えた落合紗栄が、脱兎のごとく飛び出てくる。そのあとから母親の薫が追ってくる。
「紗栄。あんた、泊まっていかんの?」
「いいの。これ取りに来ただけ」
振り払うようにタクシーに乗り込む。
(紗栄?)
慎二は発車するタクシーを不審げに見送った。
「…にしては随分と…」
随分と変わり果てた、と思ったが口にはできなかった。
本村家・広間。真弓と健介の席が空いたまま、葬式が喪主挨拶へ移る。
「それでは、故人の奥様で喪主の響子さまよりご挨拶を賜りたいと存じます」
彬に促されてマイクの前に立つ響子。
「本日は私の夫・本村公平のためにお集まり頂き、深く感謝申し上げます(一礼)。幸か不幸か私ども夫婦には子どもがおりませんので、この世に思い残す心配事もなかったものと思います」
最中に真弓だけが参列席に戻ってくる。
「あとは残った私がしっかりしてさえいれば、夫も安らかに眠れることでしょう。本村は湿っぽいことが好きではありま
せんでしたので、皆様方もどうか故人を笑顔で見送って頂きますよう…」
それから彬は、ずっと空いた健介の席が気になっていた。
ビジネスホテルに部屋を取った。
紗栄は狭い部屋に閉じこもり、冷蔵庫から酒類を出してテーブルに並べた。
テーブルには固定電話機と住所録のコピーが置いてある。「3年A組足立隆」の電話番号を赤ペンでなぞる。意を決したように、電話をかけ始める。
「…あ、足立さんのお宅ですか。私西濃第二中学校同窓会実行委員の鈴木と申します。隆さんはご在宅でしょうか?…あ、はい…そうですか、今は大阪で…」
「足立隆」を○で囲って「大阪」と書き込む。
「いえ、GWあたりに同窓会を企画しておりまして、その通知をご実家にお送りさせていただこうかと…はい」
話しながら、缶ビールを開ける。
「ちなみに今隆くんはどんなお仕事を?あ、建設関係?…もし差し支えなければ会社名を…いえ、隆君優秀だったから、きっといい会社にお勤めだろうなって…」
送話器に手を当てて、一口すする。
窓の外は雪も止み、夕日が輝いている。
火葬場。夕焼け空に火葬の煙が立ち上る。
彬は考え事をしながら眺めていた。
「公平先生が天国に昇っていくんだね」
真弓の声に、はっと振り返る。
「アッキー、ひさしぶり」
「アッキーはやめろって。ダンナは?」
「…ご迷惑をおかけしてごめんなさい。なんだか感情移入し過ぎて気分が悪くなったみたいで、ひとりで帰しました」
「ま、本葬は独特の緊張感あるでな。でも、このためにわざわざ東京から?」
「ううん。先月から実家に里帰り中」
また、違和感。
「おお、やっぱ真弓やな。結婚式以来か」
大きな声が背後から迫って来る。
「あ、亘?嘘?」
真弓は、亘の薄くなった頭をつい凝視してしまう。
亘は自分の頭を撫でなでながら口をとがらせた。
「これのこと?嘘…って言いたいのはこっちだわ」
「ごめん。そういう意味じゃないのよ」
「こうなる予感があったから、中学の頃長髪にこだわってたんだわ。きっと」
真弓と亘がふたりして笑う。
「おい」
他の参列者が不審げにこちらを見る。亘と真弓、咳払いして取り繕う。
「私ら授業中もこんなだったもんで、よう公平先生に怒られとったわな」
「だちかんぞ!ってな。な、終わったら慎二の店に行けせんか?バンドメンバーだけで、プチ同窓会やろまい」
「でもアッ…堀口くんは仕事やろ?」
「いや。夕方には終わるから。先に行っといてくれたら、あとで向かうわ」