第1話
紅葉した山を望む古びた西濃二中の本校舎。その正門には「平成〇年度 西濃市立第二中学校文化祭」の立て看板が立てられている。校庭には焼きそば屋などの地味な出店が並ぶ。中学校の文化祭なので、出店しているのは学区内の商店会だろう。昭和の中学校の文化祭に似つかわしくないのは、体育館からはロックの音楽と歓声が漏れていることだろうか。
中を覗いてみると「音楽発表会」の垂れ幕が下がるステージ上では、在校生ロックバンドの「ザ・二中ズ」が演奏している。そのメンバー構成は…
長髪を振り乱すドラム・井上亘。ツッパリ系ギター・山際慎二。地味なベース・堀口彬。紅一点のキーボード・藤沢真弓。そしてボーカル兼ギター・三島健介…である。
「みんな、もっとノッてこうぜ!」
健介の檄に聴衆が反応する。
「三島先輩!」「真弓ちゃん、可愛い!」などの歓声が飛ぶ。
騒ぎに不審を抱いた教頭が入室して、中の状況に目を丸くする。
「な、何事です?これは」
本村公平教諭と妻で同僚の響子が、教頭を見つけ駆け寄る。
「教頭。これはですね、いわば情操教育の一環でして…」
「本村先生。音楽発表会にロックを披露することの、どこが情操教育なんですか?いったい誰がそんな許可を?」
「私です。私が全責任を持ちますんで」
ふたりして教頭を説得し始めた。
こちらには波に乗り切れない少女がひとり。落合紗栄という。
「み、三島く…」
意を決したように声援をかけようとしたところで、健介と真弓のデュエットが始まる。周りでヒューヒューと囃す声が沸き起こる。
(あいつ、バレンタインじゃ別の子にチョコあげとったに。あざとい女だわ)
シンセを弾く壇上の真弓を睨みつける。
(ふん、上から見下ろして、さぞかしええ気分やろな。でも人生はこれからだで)
何かを決意したかのように、紗栄は踵を返し体育館を出て行った。
35年後。
陽炎が立つ宮前商店街には陽炎が立っている。神社の参道の脇にひっそりとたたずむシャッター商店街。青果店、煙草店、花屋や楽器店…。さらにこじんまりと路地裏に構えるのが堀口葬祭である。
「宮前の堀口葬祭です」
固定電話がふたつあるだけの事務所。
経営者の堀口彬が、町内会の名簿を見ながら電話で生前予約の勧誘をしている。
「今日は社長さんは?…あ、ほんなら奥さんでもええんだけど。奥さん“終活”って知ってりゃあすかね?…そうそう。ほんで社長さんもそういう準備をそろそろされたらどうかしゃんと思ってね…」
壁には葬儀や斎場、祭壇、棺桶などのサンプル写真。その中に混じって、中学の文化祭でのバンドの写真や七年前の家族写真(彬と亡き妻・寛子、娘・恵)もある。
「縁起でもにゃあとか思わんとってちょうよ。ほうなんだわ、死んでから慌ててやるより、ここだけの話お値段の方もお安くできるんだわね…」
引き戸が開き、お盆を持った娘であり唯一の従業員である恵が入ってくる。
「うん。だでね、その気になったらいつでも電話してくれるように 旦那さんに伝えとってちょうよ。よろしくねえ」
受話器を置いたところで、恵がうしろから声をかける。
「とうちゃん。お客さま」
「とうちゃんって言うな。ここは職場」
「じゃ、社長。本村さんて人」
「本村?ん、誰やろ?」
「奥の小汚い応接室に案内しといたけどさ、もうあのソファ買い替えよまい。社長」
「おまえな、社長って言えばええわけやないって。言葉遣いも…」
「おまえ、もパワハラだでね。社長さん」
「…ま、ええわ。そこに名簿が置いたるで。勧誘の続きやっときゃあよ」
若い娘に口では勝てない。捨て台詞を言い残して、彬は応接室に向かった。
「お待たせしました」
年季の入ったソファで麦茶を飲んでいたのは、ソファ以上に年季の入った老人だった。
「おお、三つ子の魂だなあ。面影が残っとるね、昭和〇年度卒・堀口彬くん」
「…本村、公平先生?」
「三十…五年ぶりやな」
素性が知れて彬が畏まる。
「あ、たいへん長らくご無沙汰しております。お久しぶりです」
「あはは、固い挨拶はなしで」
公平が手招きし、彬も向かいに腰掛けた。
「ほんでも、えりゃあもんだなあ。今や葬儀屋さんも営業せなならんかね?」
「ええまあ。うちみたいな零細企業は生きてるうちに予約をもらっておかないと、大手に太刀打ちできないもんで。生前予約って言うんですけどね」
「生前…うん、なるほど。実はね、今日は相談事があって来たんだわ」
「先生が相談、ですか?」
「うん。なにせ初めてのことやから、何をどうしたらええもんかわからせんで」
「はあ、どういったお話で」
「実はさ…死んでみようかと思って」
「はい?」
老人は悪びれることなく、にっこりと笑った。