折りたたみ桃源郷
いつもの帰り道、ふと気になって行ったことにない道を通ってみた。
素朴な公園を横断して、商店街に出た。
焼き鳥の心くすぐる匂いが漂ってくる。
匂いのする方へ向かっていくと迷ってしまった。
そして、こぢんまりした駄菓子屋に出会った。
店の広さはコンビニの半分くらい。
懐かしきお菓子どもが、きっちり並んでいる。
くじ引きの景品のスーパーボールが残り少ないので、この店は子供に愛されているのだろう。
店番はワイルドな印象のお兄さんだ。
休みの日にはキャンプに行っていそうな感じ。
白いタオルをバンダナにしている。
こっそり店の商品らしきコーラガムを食べている。
あっ、お兄さんと目が合った。
お兄さんは「らっしゃい。」と元気に言った。
私は無性に店の外にあるガチャガチャが気になった。
店の外に出てかがんでじっと見る。
ガチャガチャは四つある。
お姫様なりきりセット、フルーツロボット、目ん玉アメーバ君、何が出るかなわくわくガチャがあった。
まずフルーツロボットのを一回やった。
パイナップルロボットが出た。
ロボをポッケにしまって、何が出るかなガチャもやった。
カプセルを開けると二つに折れた厚紙と、説明書が入っていた。
説明書にはこんなことが書いてあった。
これは折りたたみ桃源郷です。
あなたの望むものが現れます。
開くと桃源郷が広がります。
閉じれば厚紙になります。
大きさは手のひらサイズから、あなたが入れるサイズまで、お望み通りになります。
もしあなたが本当の自分の姿に気付いた時、この桃源郷の本当の姿が見えることでしょう。
二つに折れた厚紙を広げてみると、手のひらサイズの何もない世界が広がった。
これでは寂しいので、花畑にしたいと思った。
するとたちまち手のひらサイズの世界に花畑が広がった。
その中に入りたいと思ったら、目の前に自分の背丈くらいの高さの長方形が広がった。
長方形の中には花畑がある。
一歩長方形の中に踏み入れると、花畑にいた。
花も本物だ。
しばらくはしゃぎ回った後、長方形から外に出ると、元いた駄菓子屋の前に戻ってきた。
帰り道を歩きながら、折りたたみ桃源郷に欲しいものを考えた。
かわいい動物、泉、海、綺麗な空などなど。
家に帰って桃源郷を開けると、それらが全てある世界が広がった。
しばらく手のひらサイズにして眺めた。
なんて素敵な世界だろう。
私は桃源郷に入って、散々遊んだ。
遊び疲れたら、現実に戻って、桃源郷に欲しいものをあれこれ考えた。
しかしどうしても桃源郷に現れないものがあった。
それは人だった。
望むものが現れるはずなのにどうして?
私は落ち着かなくなって部屋の中をうろうろ歩いた。
そうか、私は人を望んでいないんだ。
他者が桃源郷を荒らすかもしれない怖さが、人を遮断しているんだ。
部屋の中央に寝ころんで目をつぶった。
思い出すのは嫌な思い出ばかり。
嫌なことがある度にトイレで泣いたり、本を読んで忘れようとした。
それは今でも変わらない。
そんな毎日に嫌気がさして、よく自分だけの世界が欲しいと考えていた。
でも今は桃源郷がある。
好きなものでいっぱいの、私だけの世界がある。
もう苦しまなくっていいんだ。
桃源郷にいれば、きっとずっと幸せに生きていける。
でも本当にこれでいいのか疑問だった。
自分だけの世界で、自分だけ楽しいのは幸せなんだろうか。
そう思うと怖くなった。
もしこの桃源郷を誰かと楽しめたら、どんなに幸せだろう。
でも誰と?
全く思いつかない。
私には友達がいない。
考えれば考えるほど気持ちが沈んでいった。
せっかく自分だけの世界を手に入れたのに、何で悲しくなるんだろう。
起き上って、桃源郷を開いた。
手のひらサイズの世界をじいっと見つめた。
もし片手に乗せたこの世界を、もう片方の手でぱちんと潰したらどうなるのだろう。
でも、そんなことはせずにただ見ているだけにした。
月日は流れて、私には友達が出来た。
その友達に桃源郷を見せようと決めた。
ポッケの中の桃源郷を取り出す。
しかしポッケから出てきたのは美しい風景が書いてあるただの厚紙だった。
別にいいや。
もう桃源郷なんか無くっても、現実が楽しいもん。
今度は現実世界を桃源郷にしていこう。
桃源郷だった厚紙を、ゴミ箱にぽいっと投げ入れて、私は友達とのおしゃべりを続けた。