最初
旅の疲れというものは、決してただ異郷の地へ行ってきただけの疲れでは決してないだろう。久しぶりに自宅に帰ってくることによる安堵感が、今まで知らず知らずのうちに張っていた緊張を解いてしまうことも、加わるものだということを私は始めて実感した。
昭和四十年、私こと安在克己はあの恐ろしい事件からぬけ抜けだしたという実感もなく家に帰ってきている。しかし、内心は今でも戦々恐々としていて、いつこの家の玄関をあの男が叩くか分かったものではないのだ、いつ、あの男が目を再び覚ますか。というありえないことにすらおびえている。自分でつい、自分を臆病ものだと笑ってしまうほどだ。
自分は決して体格の良い方ではない、むしろまわりから馬鹿にされているくらいだ、日ごろ愛用している鞄や靴やコートも長年使ってきたおかげで見事にひやけしていて、明らかに周りに貧乏だと言っているようなものなのだが、かといって金には困っていない。ただ、ものを捨てられないだけなのだ。
愛用のものたちをテーブルに置くととりあえず椅子にすわった、うすぼんやりと塩竃の海をながめていると、またあの事件のことを思い出してしまうからいけない、何度振り払っても頭から離れないのは解っているがやはり開き直ることはできなかった。これでも仕事があれば少しは気もまみれただろうが、会社からは慰労休みとして盆の休みと足してかなり大きな連休をもらっていたので、そのもくろみも儚く散ってしまった。
しかし別にすることがないわけではない、今、私はむしろこれを果たさねばいけないという使命感に焦がされている。事件を綴るのだ、あの事件を、井坂山の事件を綴らねばいけないのだ。