クラスメイドとクラスメイトと
翌朝、翼がベッドの上で目を覚ますと、女子の顔が間近にあった。
「うわっ!?!?」
「おはようございます、若狭さん」
「お、おはようございます……って、氷室崎さんか」
寝ぼけた頭だったので、最初は彼女を認識できなかった。
適当に朝の挨拶をし返して、彼女の正体にやっと気づく。
佐折はそのまま口を開く。
「今日、学校ですよ」
「うわ、そうじゃん。じゃあ、朝ごはん食べて弁当つくろう」
「そうですね。それで、私は先に登校しますね。一緒に登校なんてしたら悪目立ちしますし」
佐折の指摘に頭を抱えつつ、階下へ向かう。
そこから適当に朝ごはんを食べ、パッと自分の分の弁当を作り、学校へと行く支度を終わらせる。3年以上やっているルーティーンなので、もう慣れたものだ。
どうやら佐折はもうすでに翼の家から出て、学校に向かったようだ。
とりあえず今も家にいる父親に聞かせられるように大きな声で、言う。
「いってきます!」
いってきますは人の礼儀、それを小さな頃から父親に教えられてきた翼は、それを返したのだった。
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「なあ、お前氷室崎さんのことどう思ってる?」
「おん、急にどうした?好きにでもなったんか、あの子のこと?」
学校、その休み時間。前の席を借りてどっかりと座った女子──松田清瑚にそう切り出すと、あまり望ましくない勘違いをした上の返答をされて、翼は顔を顰めた。彼女は翼の友達その1にして唯一の女子である。清瑚はあの某歌手と読み方が全く一致しているため、ある意味で目立つが、根は優しく、思ったことをパッと言ってくれるので、翼はよく話している。佐折ほどでは無いがかなりの美少女であり、「スイートピー」だの「珊瑚」だの某歌手の曲になぞらえたあだ名をつけられている。どう言い訳をしようかとしばし唸りながら悩み、口を開く。
「いや、そんなんじゃねえけど……。あー、あれだよあれ」
「その反応、めっちゃそんなんにしか見えないんだけど。」
「だから違うわ!最近彼女が誰とも話してないなってふと思っただけだ」
「だから目で追ってたってこと?それちょっとキモいよ」
「自分でも言ってて思ったわ……。墓穴掘った……」
翼が墓穴をきれいに掘ったことに清瑚はケラケラと笑う。完全なる自爆である。そんな二人の様子を見たのか聞こえてきたのか向こうから一人の男子生徒がやってきた。
「お前ら、どうしたん?って、すごい笑ってんじゃん、清瑚」
「いや、だって翼が……、フフ」
「清瑚なあ。俺はただ、なんか今日の氷室崎さんがちょっと気になるだけだよ」
「お前それ……キモいぞ」
先程の清瑚と同じようなことをつぶやいたのは翼の友達その2の、詰村換流である。塩顔の長身イケメンであるが極度のめんどくさがりといつも眠たげな表情によってそれを台無しにしている、いわゆる残念イケメンというやつである。ちなみにあだ名は名字と名前をもじって「詰め替えくん」だ。
「換流まで……」
「ほんとにどうしたの?何、学校外で会ったから気になってるとかなん?」
「ブフッ!……まあ、そんな感じかもしれない」
想像以上のニアピンに、思わず吹き出してしまった翼は、もう白状する以外の道がないことを二人の白い目から察した。そう濁して告げると、二人の……いや、換流はあまり変わってないが、清瑚の雰囲気が一気に変わった。彼女の弾丸のような言葉が降り注ぐ。
「え、マジ?あの誰も話せない氷室崎さんと?!いーなー、私服ってどんな感じだった?」
「いや、まあ、よ……良かったけど」
「何で小声になってんの……って、そういうことね。ごめん、興奮しかけちゃった」
清瑚の言葉の弾幕にたじたじになって、中身でも答えにくくなって、二重で答えにくかった翼は、声を小さくして答えた。チラと視界の隅に入った佐折の背中は、清瑚の「誰も話せない」という言葉で小さくなっている、ように見えた。気にしているのであろうか。
「近くに住んでるの、彼女?」
「ああ、どうやらそうらしい。話したと言っても世間話程度だけどね」
「へー、知らなかったわ。もしかしてお前、一目惚れとか……」
「ねえよ。たしかに可愛いけどさ」
流石にメイド服姿の佐折を家に上げて、お料理教室までした、なんてことを言ったら大混乱だろう。佐折に伝えたように、この二人にはまだ翼がヤングケアラーだということを伝えてないからだ。しかしこの話題をずっと続けていると、いつかボロを出してポロッと致命的なことを言いそうな気がするので、翼は全力で話題をそらしにかかる。
「その話はもういいだろ。お前らこそ昨日何やってたんだ?」
「え、私?私は翼くんと違って何の変哲もない日曜だったけど」
「俺はゲームして寝ただけ、つまり日常だ」
「氷室崎さんに会ったことを非日常みたいな扱いすんのやめろよお前ら……」
「まあ普通の人ならするくねえか?翼、お前がひねくれてんだよ」
「うるせー!もう次の授業の準備しろよな!」
翼の言葉で時間がやばいということに強制的に気付かされた二人はいそいそと次の授業の支度をし始めるのだった。
翼の視界の隅にいる佐折は、何故か顔がほんのりと赤くなっていたが。




