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クラスメイド  作者: 新切 有鰤
2/12

クラスメイドとお料理と 前編

一頻り泣いたあと、翼は目尻を腫らしたまま佐折に指示を出した。

何故なら、泣いて体力を使ったのだろうか、翼の腹から可愛らしい虫が泣いたのである。時間もちょうどお昼時だ、しょうがないといえばしょうがない。

最も、翼本人はすぐに腹を手で抑えて止めようとしたのだが、佐折は苦笑するだけだった。


「……。ごめん。腹減ったからご飯作ってくれるかな」

「はい、わかりました。メニューはどうしましょうか?なにか食べたいものでもありますか」

「うーんと、特にリクエストはないかな。嫌いな食べ物とかもないし」

「あら、そうですか」


何故か佐折から聞いてきたのに佐折は眉を寄せて難しい顔をしている。メニューを決めるのがそんなに悩ましいことなのだろうか。

ややあって、意を決したようにキッチンへと彼女は向かった。

佐折の背中で揺れるメイド服のリボンを見送りながら、翼はあれこれと思考を巡らせる。泣いてスッキリしたとはいえ、まだまだ疑問が尽きるわけでもない。


(それにしても、氷室崎さん、学校にいるときと比べて表情豊かすぎないか?俺がそんなにおかしく見えるのかな?……後で聞いてみようか。関係はなるべく円滑にしたいしなー)

「冷蔵庫の中のものは、使って大丈夫ですか?」

「全然大丈夫だよ」


仕切り壁の向こうからは、トントン、ストンという小気味良い音が流れてくる。

その音に淀みはなく、具材がそれに従って等分されていく光景がありありと浮かぶほどだ。耳を傾けていて、ふと思いつく。


(ああ、そういえば誰かに飯を作ってもらうのも数年ぶりだな。いつも父さんの飯のついでで作ったもの食べてたもんだから、自分の味しか覚えてねえや。他人の飯の旨さを実感したい)


そう考えたら、今しがた漂ってきた香り先程から聞こえてくる音もよだれを誘発する原因にしかならない。自分が先程泣いていたという恥ずかしいこともしばし忘れ、腹の空きに意識を割かれる他ない翼。

窓の外では、青空が見えている。日曜日の真っ昼間だ。

大人しくソファに座ること20分、ついに佐折が皿を持ってくるのが足音で分かった。ゴトリ、と湯気が立つそれを机の上に置いた佐折は、翼に呼びかけてくる。


「ご飯、できましたよ」

「おう、ありがとう。それで、今回のメニューは?」

「シンプルにカレーです。どうぞ、召し上がれ」


翼はさっと席に座り、目の前のカレーをじっくりと見つめた。

水と一緒に置かれているカレーは野菜が大ぶりに入っていた。その焦げ茶色のルーは温度が適切であることを証明するようにもうもうと湯気を出しながらテカっており、チラリと見える肉はよく焼かれた豚肉だろうか。朝に翼が炊いておいた米もいい感じであり、なおさら食欲をそそるコントラストを描いている。


「いただきます」


翼はその手にスプーンを持ち、一気に掬って口に入れる。


「!?」


目を見開く。

あまりの旨さ……ではなく、あまりの微妙さからだ。

どうやら辛さを足したほうがいいと思ったのか胡椒を入れているのが見事にスパイスの味と邪魔をしあっており、ゴロゴロの野菜はよく見れば皮が所々についている。よく焼かれた豚肉は、よく焼かれすぎて端のほうが焦げており、苦味も足されていることがさらに褒めがたさに拍車をかけているのだ。

翼は驚きで止まっていた口を動かしどうにか一口を飲み込むと、恨みがましげに佐折に視線を投げつける。


「氷室崎さん、これ」

「……うーんと、ご、ごめんなさい!実は私あまり手先が器用じゃなくて……。メイドの仕事を頼まれたことはいいんですけど、ここだけはどうしても直せなくて……」

「……氷室崎さん、不器用なんだね。学校ではそういうところ見ないからてっきりできるものだと思ってたよ」

「だから言った後だいぶ後悔してたんです。本当にすみません」


佐折は申し訳なささが全面に出た表情をしており、翼もあまり強く出られない。

恥ずかしいのかほんのりと赤くなっている頬には気づかないふりをしよう。

兎にも角にも人が作ってくれたものなので、残すのもよろしく無いと感じた翼は、佐折謹製のカレーを一気にかき込む。幸いにも漫画のように食べた瞬間即吐き気が、なんてことはないので喉は通っていく。水を駆使しながら、完食した。


「ごちそうさまでした」


食べ終わった皿を机に置き、翼は長めの嘆息をした。

これから毎日作ってもらうご飯がこれでは、佐折にはものすごく悪いがあまり気休めにはならない。というか彼女自身の未来のためにも、料理はうまくなっていてほしい。

なので、翼は一つ提案する。ちょうどよいことに、佐折と家にいる父親のご飯がまだだ。


「氷室崎さん、料理の勉強、しない?」

「料理の勉強、ですか?」


その提案は佐折にとっては意外だったようで、目をまんまるに見開いている。

その佐折の様子には構わず、言葉を続ける。


「上手くなってくれたら、俺も嬉しいから。氷室崎さんの料理を、美味しいって言いたいから」

「……はい。わかりました。よろしくお願いします、若狭さん」


翼は向こうを向いている佐折の頬が先程よりも濃く赤くなっていることに気づく由もなかったのだった。


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