第7話「ロマンスは、いつだって突然に、そう、たとえこんな時だって突然に」
店を出た三人は、あてもなく外の世界を彷徨っていた。
凶暴な怪人に占拠された町。
いつどこで怪人が襲ってくるか分からない恐怖から、つい無口になってしまう。
永遠にも感じられる沈黙の中、彩佳が翔太郎に話しかける。
「最近どう? 仕事の方は」
「ん? あぁ、仕事? まあ……ボチボチかな。前よりは少し余裕がある感じ。彩佳の方はどうなの?」
「私? 私はそうだな~……今はわりと充実してるかな。この間も、結構大きな企画、任せてもらえたし」
「へぇ~。そうなんだ……」
「うん……」
どうしよう。驚くほど会話が弾まない。
まるで二人の関係性がふり出しに戻ってしまったかのように、他人行儀な会話が続いている。
翔太郎の心はソワソワしていた。
(ヤベぇ……気まじぃ……。何話したらいいのか、全然分からねぇ……。俺ってこんなに会話が下手だったっけ? まあでも、アレか、こんな時に会話が弾んでる方がおかしいか。いやでも、こんな状況だからこそ、会話で和ませた方が……。何か良い話題は……天気……とかか?)
翔太郎がアレやコレやと考えていると、背後から突然、カシャッ! という音が聞こえてきた。気になって足を止める。振り返るとそこには、カメラを構えた拓也が立っていた。
「拓也、何やってんだ?」
「ン? いやー、月がキレイだなッテ……ホラ……」
拓也が空を指差す。
夜空には、美しい月が、淡く光っていた。
翔太郎と彩佳も、思わず見惚れてしまう。
「本当だ……キレイ……」
「あぁ……キレイだな…………って、おいっ!」
翔太郎はすぐにハッとする。
「月に見惚れてる場合じゃないだろ! 俺達、今、絶賛サバイバル中なんだよ! こんな所でボーッとしてたら、三人ともヤラれるわ! いや、正しくは二名か……。というか、拓也、こんな状況で写真撮るか!? 普通」
「イヤ~、ああいう景色を見ルト、ついカメラマン魂がウヅイちゃってサ~。撮りたくなっちゃうンダヨネ~。オッ! ソンなこと言ってるお二人さんも、良い顔してルネ! ハイ、チーズ!!」
カシャッ!!
拓也は、翔太郎と彩佳の不意を突いて、シャッターを切った。
「あっ! おまっ! いきなり!」
「うわっ! ちょっと! やめてよ……!」
驚く二人に対し、拓也はしたり顔だ。
「ウンウン。良い記念写真になったナ!」
「おい、何の記念だよ」
「そうよ。大体、こんな気まずいツーショット、撮らないでくれる?」
勝手に写真を撮られた二人は、不服そうである。
「マアマア、そんなこと言うナッテ! ヴァーッハッハッハ! ヴァーッハッハッ!」
不満げな二人をよそに、拓也はヴァハハヴァハハと豪快に笑った。
「ったく……」
呆れる翔太郎。
すると急に、どこからか「キャーッ!!」という悲鳴がかすかに聞こえてきた。拓也の笑い声に紛れ、聞き取りにくいが、恐らく女性の声だ。
「えっ!? 何? 今の声!?」
彩佳がキョロキョロと辺りを見回す。
そんな彩佳の様子を見た拓也は、笑うのをやめた。
「エッ? 今の? オレの笑い声ダケド? ソッカ、彩佳、慣れてないモンネ。怪人になるトサ、肺活量がスゴいのか、腹から声が出て、ワがヴァになんダヨ。ワがヴァに。破裂音的な感じで、こう……ヴァーッと……」
見当違いな拓也の答えに、彩佳は首を振る。
「違う違う! そうじゃなくて、悲鳴! 女の人の声、聞こえなかった?」
「ナニソレ? 怖い話?」
拓也はキョトンとした。
「違うって! そういうのでもないから! 女の人の悲鳴が聞こえたの。翔太郎も聞こえなかった!?」
「ああ。コイツの笑い声のせいで、分かりづらかったけど、確実に聞こえた。アッチの方から……」
翔太郎が悲鳴が聞こえた方角を指差したその時、再びその方角から女性の声が聞こえた。
「キャーッ!! 誰かー! 助けてー!!」
先ほどよりも、切迫したように聞こえる。
「わっ! また聞こえてきた!」
「ホントダ……」
今度はさすがに拓也にも聞こえたようだ。
「女性の悲鳴……ってことは……生存者!? やったー! やっぱり俺達以外にも生存者がいたんだ! ほらな! 俺の言ったとおりだったろ!!」
翔太郎は嬉しそうにしている。
「ハイハイ。良かったわね。でも、喜んでる場合じゃないでしょ! あの声が生存者だとしたら、今、怪人に襲われてるってことじゃない!」
彩佳に諭され、翔太郎は冷静になった。
「あっ……そうだよな。早く助けないと! 行こう!」
「オウッ!」
三人は、悲鳴が聞こえた方角に駆け出していった。
★ーーー★
どこからか聞こえる悲鳴を頼りに、声の主であろう生存者を探す三人は、小さな店が建ち並ぶ、こじんまりとした通りにたどり着いた。
喫茶店、アイスクリーム屋、メガネ店……。
通りに並ぶ店の数々。
その中で、一軒の雑貨店から、聞き慣れた悲鳴が聞こえてくる。
「キャッ……! イヤッ!」
かなり追い詰められた状況のようだ。
「あの店からだわ!」
「行こう!!」
三人は雑貨店へと急いだ。
店の前まで行くと、雑貨店の扉は開けっ放しで、怪人に荒らされた店内の様子が外から丸見えだった。店内に人影はない。
「おーい! 誰かいますかー?」
翔太郎が呼びかける。
建物をよく見ると、雑貨店は二階建てになっていて、例の悲鳴は二階部分から聞こえてくるようだ。
再び悲鳴が聞こえたので、翔太郎達がパッと上に目をやると、店舗の入り口の真上にある窓が勢いよく開いた。
「助けてっ!! 誰かっ……!」
窓から出てきたのは、若い女性。
ひどく怯えた表情で、その声は震え、パッチリとしたお目々には、涙が溢れんばかりに溜まっている。
窓から現れた女性の顔を見た瞬間、拓也の胸に衝撃が走った。それは、弓矢で射貫かれたように唐突で、雷に打たれたように鮮明な、甘くて切ない衝撃…………。
「大丈夫ですか!?」
声をかける翔太郎。
女性は翔太郎達の存在に気づくと、必死に助けを求めてきた。
「助けてください……! 化けモノ達がすぐそこまで迫ってて……。部屋の出口を塞がれて、出られないんですっ……!」
女性の背後からは、地上からでも聞こえるほど、大きな物音と、怪人の恐ろしいうめき声が響いている。どうやら女性は、二階の部屋に閉じこもり、店舗で暴れる怪人達をやり過ごしていたようだ。ドンドンドンという激しい音は、獲物の気配に気づき、二階に乗り込んできた怪人達が、扉を叩く音だろう。もし、怪人達が、彼女のいる部屋になだれ込んできたら……。彼女はひとたまりもない。怪人達が扉を破る前に、早く救出しなければ。
「分かった! 今すぐ助けに行くから! ちょっと待ってて!」
翔太郎は女性を落ち着かせるようにそう言うと、すぐに救助に向かった。しかし、そんな翔太郎を彩佳が呼び止める。
「翔太郎! 待った!」
「なんだよ!?」
「今から上に行っても間に合わない!」
彩佳の言うとおり、今から二階に行こうとしても、怪人達が扉を破る方が先だろう。
「そんなこと言ったって、行くしかねーだろ!」
「翔太郎! コレ持って!」
彩佳は自分が着ていた薄手のコートを脱ぐと、それを広げるように持ち、翔太郎にも手伝うように指示した。
「アンタはそっち持って! ピーンと広げて!」
「ハァ!?」
戸惑いながらも、指示に従う翔太郎。
「おい、何してんだよ!?」
「見て分からない!? 彼女をコレで受け止めるのよ!」
「お前……まさかっ……! よく衝撃映像とかで見る“アレ”をやろうとしてんのか!!??」
翔太郎はコートの端を持ちながら、唖然とした。
「そうよ! “アレ”よ!! 彼女に飛び降りてもらうしかない! おーーーいっ!! ここに飛び降りてーーー!!」
彩佳が大きな声で叫ぶ。
「正気かよ!? ああいうのって、布団とかでやるんじゃねーの!? これじゃ薄いだろ!」
確かに、彩佳の薄手のコートでは、二階から飛び降りる女性を受け止めるのに、かなりの不安がある。
「そんなこと言ったって、やるしかない!! 翔太郎! 腕が折れようが、ちぎれようが、何としてでも彼女を受け止めるわよ!!」
「マジかよ……!」
強気な彩佳に対し、二階にいる女性は、やはり、ピーンと張られた薄手コートだけでは心許ないのか、飛び降りるのを躊躇している。
その時、女性の背後から一際大きな音がした。
バギーーーンッ!!
「グオオォォォ……ッ!!」
「……キャッ……!!」
女性がこれまで以上に切迫した声を上げる。
怪人達が扉を打ち破り、女性のいる部屋に入ってきたようだ。
「ヤバイッ!」
翔太郎の体が動く。
すると突然、拓也がおもむろに前に出てきた。
何を思ったのか、ポキポキポキ……ポキポキポキ……と指を鳴らすと、ガガガッと爪を立て、雑貨店の外壁に張り付いた。そして彼はなんと……壁を……登り始めたッ!!!!
「えっ……?」
翔太郎と彩佳は口をあんぐりさせた。
この時、二人は思った。
(何じゃコイツ!!!!)と。
そして、さらに思った。
(ソレ出来るなら……早く言ってよ……)と。
『腕がぶっ壊れても、絶対に彼女を受け止めようね☆』という、翔太郎と彩佳の無駄な誓いは、一体何だったのか。
あっけにとられる二人をよそに、拓也はグイグイと壁を登っていく。ドア枠や、壁の装飾に足をかけながら、圧倒的パワーに任せて、ギコギコと上へと進む姿は、まさにモンスターである。これで理性があるのが不思議なくらいだ。
拓也はあっという間に、二階の窓にたどり着いた。窓下に付いている花台に手をかけ、部屋の中にいる女性に向かって声をかける。
「助けにキタヨ! サア、コッチへ!」
部屋の中では、女性が手近にあった置物を投げるなどして、怪人達に必死に抵抗していた。窓に背を向けていた女性は、呼びかけられた声に気づくと、拓也の方に振り向いた。
「ありがとう……助かっ……キャーーーッ!!!!」
窓から手を差し出す拓也の姿を見た瞬間、女性はこれまでで一番大きな悲鳴を上げた。
それもそのはずである。
冷静に考えてみれば、今の拓也は、どこからどう見ても怪人にしか見えない。理性が残っていると知らない人から見れば、窓からもう一匹、怪人が入り込んできたようにしか思えないのだ。
怯える女性の様子を見て、拓也は自分のルックスが完全に怪人だったことを思い出した。拓也は女性を安心させるために、爪がジャキジャキと伸びきった手を差し出すと、青い目をガッとかっ開き、鋭い牙がむき出しになるほどの満面の笑みを浮かべて、こう言った。
「ダイジョウブゥ~、絶対に食べたりシナイカラァァア~、サァ、オイデェェェ~」
あぁ怖いっ!! これは怖いっ!! めっちゃ怖いっ!!
これはもう、恐怖のダメ押しである。
完全に食うヤツの言い分だ。
もちろん、拓也の一言は逆効果だったようで、女性の警戒心はさらに高まってしまっている。
すると、地上にいる翔太郎が、拓也達の様子がおかしいことに気づいた。
「なんか……変だな……あっ!! そうか!」
ここで、あの事実に気づく。
「どうしたの!?」
「彼女、拓也のこと、本当の怪人だと思って怖がってるんだ! ほら、理性があること知らないから!」
「なるほど! そっか、そっか。確かに理性があるのを知らなかったら、窓から怪人がもう一体プラスされたようにしか見えないわよね! そりゃ怖がるわけだわ!」
女性の誤解を解くために翔太郎と彩佳は、拓也に理性があることを地上から懸命に大声で知らせた。
「おーいっ!! そいつ理性あるから大丈夫ー!! 化けモノとは違うからー!! 俺らの仲間ー!! 安心してー!!」
「そうよー!! そんな見た目だけど、中身は人間だからー!! 角生やしてるけど、信用してー!!」
「信じられないかもしれないけど、マジで化けモノじゃないからー!! ごめんねー!! ややこしいヤツが助けに行ってー!!」
翔太郎と彩佳の説明に、窓際にぶら下がる拓也も、首をブンブンと縦に振っている。
二人の話を聞いた女性は信用したようで、拓也が差し伸べている手を、恐る恐る掴んだ。
「ヨシッ! もう大丈夫ダヨ。オレにしっかり掴まっテ」
拓也は部屋の窓から女性を脱出させると、片手で女性の体を抱きかかえた。そしてもう一方の手を花台から離し、外壁を蹴って、そのまま落下した。
女性は怖いのか、グッと目をつむる。
落下の途中、拓也は女性に衝撃がないように、お姫様抱っこのような体勢に変え、着地寸前には最善の注意を払い、フワリと着地した。まさに、怪人パワーが成せる技である。
落下の瞬間をドキドキしながら見守っていた翔太郎と彩佳が、心配して駆け寄ってくる。
「大丈夫!? 二人とも!!」
拓也も女性も怪我はなく、無事なようだ。
拓也が抱きかかえていた女性を優しく下ろす。
女性は地に足を付けた途端、安心したようで、大きく「フウ……」と息を吐いた。
「大丈夫? 怪我はない?」
翔太郎が女性に問いかける。
「はい。大丈夫です……」
女性はか細い声で答えた。
「皆さんのおかげで助かりました。本当にありがとうございます」
「いやいや、俺達二人はなんにも……」
翔太郎の言葉に、彩佳もウンウンとうなづく。
「お店の閉店作業をしていたら、急に化けモノが襲ってきて、わけも分からず二階に逃げたんですけど、その後どうしたらいいか分からなくて……パニックになっちゃって……。本当に皆さんのおかげで助かりました。本当に本当にありがとうございました」
女性は何度も頭を下げた。
「そんなそんな、無事で何より。ここで働いてるんだ?」
「はい」
「そっかそっか~。いや~急にあんな化けモノに襲われたら、誰だってパニックになるよね~。あっ、俺は蛯名翔太郎っていいます。ここの近くのレストランで働いてて。俺達も急に町がこんなことになってパニックでさ……。なんとか生き延びて町をブラブラしてたんだけど、良かった。俺達以外にも生存者がいて……。二人は俺の友達で、コッチの角生えてんのは……」
「広瀬拓也ってイイマス」
拓也は、翔太郎を遮り、自分で名乗った。
「そんで、もう一人は……」
「三角彩佳です」
彩佳もまた、翔太郎の紹介を遮り、自分で名乗った。
「拓也はさ、わけあってこんな姿になってんだけど、理性だけはあるから、安心して。コイツだけは、他のヤツらと違って、なぜか大丈夫なのよ。中身は普通の人間だから。ゴメンね、怖がらないでやってね」
翔太郎が怪人拓也の説明をする。
「ゴメンね~。怖がラセテ」
謝る拓也に対し、女性は首を横に振った。
「とんでもないです! こちらこそ、さっきは失礼しました。広瀬さ……」
「アッ! 拓也でイイッスヨ!」
なぜかキメ顔で言う拓也。
「じゃ……じゃあ……。拓也さんがいなかったら、私はどうなっていたか……。拓也さんには感謝しかありません。私の命の恩人です」
「イヤイヤ~! 当たり前のことをしたマデデス!!」
拓也はすごく嬉しそうだ。
「あの……お名前は?」
翔太郎が名前を聞くと、女性はモゴモゴと答えた。
「カタヒラ……モコ…………です……」
声が小さく、聞こえづらい。
「ん? カタヒラ“モモコ”さん?」
翔太郎が聞き返すと、女性は控えめに首を振った。
「いえ、片平桃子です……。モコっていいます。ちょっと変わった名前で……分かりづらいですよね。漢字は普通に、果物の桃と子どもの子って書くんですが……。私の声が小さいこともあって、いつも聞き返されます……」
「あっ、桃子ちゃんっていうんだ! すごく素敵な名前だね。うん。イイと思う。なあ?」
「アァ……すっげぇカワイイ……めっちゃカワイイ……宇宙イチカワイイ……ヴァハッ、ヴァハハハハハ……」
拓也は鼻息荒く、桃子の名前を褒めちぎった。
「拓也、なんかキモいわね……」
彩佳が冷たい視線を向ける。
「桃子ちゃん、良かったらさ、俺達と一緒に行動しない? ほら、町もいきなりこんなんなっちゃってるし……。化けモンだらけじゃん? こういう緊急事態の時は、固まって行動した方がイイと思うんだ。仲間が一人でも多い方が、俺達も心強いし……」
翔太郎がそう提案すると、桃子の顔がパアッと明るくなった。
「えっ? いいんですか! 嬉しいです! 私、ずっと一人で心細くて……。皆さんとなら、安心です。よろしくお願いします」
「よろしく」
「よろしくね。私のことも彩佳でいいから」
「ヨ……ヨロシク……ブフフ……」
桃子の仲間入りを歓迎する三人。
「よしっ! じゃあ、化けモン達が外に出てくる前に、早くここから離れよう!」
「そうね!」
「はい!」
「オウッ!!」
四人は急ぎ足で雑貨店を後にした。
前を歩く彩佳と桃子に、ついていく翔太郎。
すると突然、腕に鋭い痛みが走る。
ツンツン……ツンツン……
「いてっ! いてて……」
ツンツン……ツンツン……
「いてっ! いててててて……!」
「ネェネェ翔太郎~」
「いてぇなっ! おいっ!」
振り返ってみると、最後尾を歩いていた拓也が、翔太郎の腕をツンツンしていた。
「なんだよ拓也、急に! お前、話しかけたい時は肩トントンしろよ! お前の爪、今凶器なんだよ! 予防接種思い出したわ!」
「ア~、ゴメン。自分の爪の尖り加減、忘れテタ。ナァ、翔太郎、ソンナコトよりもサァ~……」
「なんだよ?」
「オレ、“恋”しちゃったかもシレナイ……」
「……ハァ!? こ、こ、恋!!??」
拓也の告白に、翔太郎は困惑した。
「シーーーッ!! バカ!! お前、声がデカイッテ! 女子達にバレんダロ!」
「確認だけど、桃子ちゃんにか?」
「アァ、ソウダ。一目惚れってやつカナ……」
拓也は照れくさそうに笑っている。
「マジかよ……お前、今、自分がどういう状況か、分かってんのか?」
「ソリャ、分かってるサ。確かに今のオレは、長いこと彼女もイナイシ、恋に奥手な恋愛下手サ」
「いや、そこじゃねぇよ。そういうことじゃねぇのよ。お前、今、怪人なんだよ。化けモンなの。額から一本角が生えてんのよ。そこらへん分かってる?」
「ソウダヨナ……オレよりカッコイイやつは、この世界にたくさんイル……。デモ、彼女が面食いとは限らないダロ?」
拓也はニカッと笑って、グーサインをキメた。
「バカ。そんな問題じゃねぇ。面食いとかの次元じゃない。今のお前は。彼女のストライクゾーンがいくら広くても、キャッチしきれないだろ、普通。それにな……」
「ハァ……オレは彼女を見タ瞬間、ビビッとキタ……。不安ソウナ彼女を見て、イテモタッテモいられなくなっちゃっテサ」
「お前、俺の話聞いてる?」
拓也は翔太郎そっちのけで、桃子を見つめている。
「桃子ちゃんは、運命の人ナノカモシレナイ……」
「運命の人、ねぇ……」
「マア、とにかくサ、オレは桃子ちゃんが好きダ。絶対にコノ想いは伝えタイ……。翔太郎、応援シテテクレ……」
「はぁ……こんな恋、イレギュラーなことが多すぎて、どう応援したらいいのか分かんねぇよ……。まあでも、お前がそう言うなら、がんばれよ……」
桃子にいつか想いを伝えようと意気込む拓也。
そんな拓也の様子を眺めながら、トボトボと歩く翔太郎を、優しい月明かりが照らしていた…………。