第6話「繋いだ手、流れるメモリー」
「ところで、怪人騒動に話を戻すけど、二人はどうしてここに? 何か目的があって来たんでしょ?」
彩佳の問いかけに、翔太郎はレストランへ来た当初の目的を思い出す。
「あ~そういや俺達、食料補給しに来たんだった。すっかり彩佳の修羅場エピソードで忘れてたぜ」
厨房へと歩き出す翔太郎。
そんな翔太郎を止めるように、彩佳が声を荒げた。
「あ~ダメダメ! ストップストップ! そこパンドラだよ、パンドラ! 開けない方がいい! その中に怪人いっぱい詰まってるから!」
「えぇっ!?」
翔太郎はビックリして歩みを止める。
厨房へと続く扉の前には、イスやテーブルなどでバリケードが作られていた。人を寄せ付けない物騒な雰囲気を醸しだしている。
「怪人がお店で暴れ出した時、勇気あるお客さんや店員さんの数人で、店内にいた怪人達を厨房に閉じ込めたのよ。そして出られないように、バリケードを作ったの。まあでも、結局その後、店の外から怪人がどんどん入ってきて、ほとんどみんな襲われちゃったけどね……」
「そうだったのか……」
翔太郎は恐る恐る、扉に付いている小窓から中を覗いてみた。彩佳の言うとおり、厨房にはたくさんの怪人が閉じ込められている。怪人の中には、翔太郎の同僚であるシェフやスタッフもいた。閉ざされた厨房内を理性なく暴れ回る怪人達……。とても異様な光景だ。
「うわ……なっちまってたのか……お前ら……」
すると突然、一体の怪人が小窓に勢い良く張り付いてきた。
「うわぁっ!!」
翔太郎は思わずのけぞる。
「グガァ!! グガガガガガッ!!」
バンバンバンッ!!
ここから出せと訴えるように扉を叩くその怪人は、立派なシェフ帽に赤いスカーフを身に付けていた。
「あっ……料理長……」
口うるさいでおなじみの料理長も、怪人になっていたようだ。
「グガッ!! グガッ!! グガガッ!!」
「料理長は怪人になってもうるせぇなぁ……」
翔太郎はふと(料理長だけは、ずっとここに閉じ込めておきたい気がする……)と思った。
そんな邪念を抱きつつ、翔太郎は扉から離れた。
「あーあ。これじゃあ食料補給は出来ねぇな」
「アテが外レタナ~。まあ、ショウガネェヨ」
厨房が怪人監獄状態では、食料補給どころではあるまい。
「残念だったわね……。それで、二人はこれからどうするつもり?」
彩佳が唐突に切り出す。
「……」「……」
彩佳の問いに、二人は黙った。
思えば今まで、結構ノープランでやってきた。翔太郎の“作戦”という名の“思いつき”に従って、今に至る。
「もしかして何も考えてない?」
図星である。
「いや、いやいやいや。そんなことないよ……。まあ~……何というか……アレだ……絶対に生き延びてやるぞっていうか……。出来れば町を救いたいかなーなんて……」
ヘラヘラしながら答える翔太郎。
そんな様子に彩佳は呆れている。
「ハァ……呆れた。そういうトコ、本当変わらないね。町を救いたいとか、本気? そりゃあその気持ちも、分からなくはないけど、私達にそんなこと出来るわけがない……。スーパーヒーローでも、映画の主人公でもないんだから……。こういう時は無理せずに、公的機関に頼るのが一番よ。早く警察に連絡! 連絡! 二人とも、携帯は?」
「持ってない!」「モッテナイ!」
二人の声がキレイにそろった。
「ハァ~!?」
呆れ果てた彩佳は、ついつい大きな声が出てしまう。
そして、お互い相手の返答に驚いた翔太郎と拓也は、顔を見合わせ、言い合いを始めた。
「お前、何で携帯持ってないんだよ!」
「ナンデッテ、車が怪人に囲まレテ逃げ出す時に、車の中に置いてきちゃったんダヨ!」
「かぁ~!! お前、スマホは肌身離さず持ってろよ! なぁ~にやってんだぁ!!」
「ショーがないダロ! 焦ってたんダカラ! そう言うお前もスマホと別行動してんジャネェカ! お前はナンデ持ってナインダ!?」
「俺はその……俺も、車の中だよ……」
似た者同士である。
「お前もジャネーカ!!」
「うるせぇなっ! 逃げるのに必死だったんだよっ!」
ピーチクパーチク。二人の不毛な争い。
「はいはい、二人ともストップ! 二人のスマホが車の中で眠ってるのは分かったから! まったくもう……しょうがないわね……。えーっと、ケータイ、ケータイ……」
彩佳はバッグの中をガサゴソ探して、スマホを取り出した。すると何かに気づき、ピタッと動きが止まった。
「やだ……スマホ、割れてる……」
彩佳のスマホの画面は、見るも無残なほど、バッキバキに割れていた。
一縷の望みをかけ、画面をタップしたり、電源ボタンをカチカチ押してみるが、画面は暗いまま。スマホはウンともスンとも言わない。彩佳のスマホはもう、死んでいる。
「完全に壊れてるわコレ……。アイツをバッグで叩いてる時だ……。もう、最悪……」
「スマホぶっ壊れるって、どんだけ強い力で叩いてんだよ~」
翔太郎はニヤニヤ笑っている。
「あの時は渾身の力を込めるしかないでしょ!」
彩佳は少し恥ずかしいのと同時に、ニヤついている翔太郎への怒りもこみ上がってきて、語気を強めた。
「ハァ……。三人ともスマホは全滅。町は怪人だらけ。これからどうす……」
バギギギギギッ!!
彩佳の言葉を遮るように、突然、ガラスが割れるような音が鳴り響く。
「何!?」 「何だ!?」
ガラス張りの方にパッと目をやると、そこには小柄な怪人がビタッと張り付いていた。相当な力で叩いたのか、壁一面の強化ガラスは、所々ひび割れている。
「ヴァアアア!! グガガッ!」
怪人は外から三人を威嚇してきた。
「キャッ!」
彩佳は驚いて腰を抜かす。
「大丈夫か!?」
彩佳の元に駆け寄る翔太郎。
「フッ……ココはオレの出番カ……」
グルグルと肩を回しながら、拓也が前に出てきた。
バンバンバンバン!!
「グガガ~!!」
怪人はガラスを叩き割り、中に入り込むつもりだ。
「大人シク帰りナ……」
不敵な笑みを浮かべながら、拓也は躍起になっている怪人に狙いを定め、サッと戦闘態勢に入る。
全身の神経と筋肉を己の拳に集中させて、放つ、渾身の右ストレート!
「ウリャアアアア!!」
バリリリリィィンッッ!!
完璧な姿勢で解き放たれた拳は、火を吹くようなスピードでガラス張りの壁を突き破り、怪人の顔面にブッ刺さった。
「グッ………ガァ………ッ!!」
怪人は瞬殺ノックアウト!!
店自慢のガラス張りは粉々に砕かれ、そのガラス片は天から舞う雪の結晶のように、キラキラと降り注いだ。拓也は試合後のボクサーのように佇んでいる。どうやら拓也は、自分の家以外のガラスを割ることに、何ら抵抗がないらしい。
「ミンナ、大丈夫カ?」
「おう。サンキュー拓也」
翔太郎が軽く言う。どうやら拓也の怪人パワーに段々慣れてきたようだ。
「スッゴ……ツッヨ……えぇぇ……!?」
まだ慣れていない彩佳は、少し引いている。
「ヴァハハハ」
拓也は、いや、それほどでもみたいな感じで笑っている。
予想外の怪人襲撃にも事なきを得た三人。
「じゃあ……んっ」
腰を抜かしたままの彩佳に、翔太郎は手を差し伸べた。
「えっ?」
「いやぁ~……まぁ……今、俺達、ケータイもないし……頼れる人もいないワケだし……。とりあえず、三人でいるしかなくね? 一人でいるよりはマシだろ? ほら……」
翔太郎はそう言うと、差し伸べた手を、さらに前に出した。
「まぁ……そうね……。一人よりはいいかも……。ちょっと頼りないけど」
彩佳は少しだけイタズラな笑みを浮かべた。
「頼りないは余計でしょ」
ぶっきらぼうに差し出された手を、彩佳が取った瞬間、翔太郎の脳内に、忘れたくても忘れられない“あの頃”の記憶が流れ出す……
★ーーー★
翔太郎が彩佳への告白を決意したのは、高校三年生の時だった。
入学当初から募らせていた彩佳への恋心。
その溜めに溜めた想いを、親友の拓也や周囲の人に背中を押され、卒業ギリギリに伝えたのだ。
緊張のあまり噛み噛みだった翔太郎の告白。そんな告白に彩佳は吹き出しながらもオーケーしてくれた。
それから二人で過ごした甘酸っぱく、温かい時間。
放課後、二人並んで歩いた河川敷。
公園のブランコに揺られながら見た夕日。
どれも何気ない日常だったが、二人でいればそれは素敵な思い出に変わっていく。
翔太郎がくだらない冗談を言った時、彩佳はいつも「しょーもな!」と呆れながらも、最後は堪えきれずにゲラゲラと笑ってくれた。翔太郎はその笑顔が大好きだった。
高校卒業後、それぞれの夢に向かって歩み出した二人。翔太郎は料理人、彩佳は小さい頃から憧れていたファッションデザイナーを目指し、お互いに専門学校に通い、勉学に励んだ。そして念願叶って翔太郎は地元のレストランに就職。彩佳は東京のアパレルメーカーに勤めることになった。
地元に残る翔太郎と離れる彩佳。
初めて離れ離れになる二人だったが、それほど心配はしていなかった。桃栗町と東京はそんなに遠くはないし、何よりも自分達なら距離の壁も、必ず乗り越えられる……。
“二人ならきっと大丈夫!”そう信じて、翔太郎は東京へと旅立つ彩佳の背中を見送った。
しかし、現実は違っていた。
物理的距離よりも、二人の心の距離は遠く離れてしまったのだ。空と大地よりも、地球と月よりも遠く、遥か遠く……。
社会人となった二人は慣れない環境に悪戦苦闘していた。憧れの世界でも実際に入ってみると、思っていたのとは違うことも多い。自分の未熟さを痛感させられ、打ちのめされる毎日。それでも翔太郎と彩佳は、互いに励まし合い、支え合うことで、挫けそうな時も自分を奮い立たせていた。
しかし皮肉なことに、仕事に熱中するようになるにつれ、二人の心の距離は離れていく。忙しない日々に追われ、互いの存在を忘れて過ごす時間が増えていく二人。連絡する回数も減り、連絡手段もテレビ電話から電話、そしてメッセージアプリへと変化していった。そのメッセージアプリですら、未読を知らせる通知が溜まっていくだけ……。二人の関係性はすっかり変わってしまったのだった。
二人とも仕事にも慣れて、ようやく落ち着いてきた頃、翔太郎の元に彩佳から一件のメッセージが届いた。
「私たち、別れよう」
翔太郎にとって、それは寝耳に水の出来事だった。
「えっ? 何で?」
「私たち、付き合ってる意味ある?」
「意味はあるよ」
「私たちが付き合う意味ってなに? 最近まともに会話もしてないんだよ」
「でも、別れることないだろ?」
「答えてよ……。意味ってなに?」
翔太郎はスマホ画面を見つめたまま、返信することが出来なかった。
「お願い。別れてください」
「分かった」
たったこれだけのやり取りで、二人の関係は終わってしまった。別れるなんてこれっぽっちも思っていなかった翔太郎だが、それまでの二人の状態を考えれば、出すべき答えは明らかだった。何よりも、彩佳の問いかけに答えることが出来なかったのだから。
あの時もっと、違う言葉をかけていたら……。
翔太郎は未だに後悔している。
彩佳と別れて以来、翔太郎に彼女はできていない。
別に、彩佳を引きずっているからとかではない。単純に仕事とか忙しかったし……恋愛とかしているヒマなかったし……。元カノを忘れられないからとか、そういう理由ではない! それだけはない! 本当! マジで! それはない! 絶対に!
そんなんじゃ…………ない……。
★ーーー★
「ねぇ……翔太郎……? ちょっと、聞いてる? ねぇ……ねぇってばっ!」
手を握ったままボーッとしている翔太郎を見かねて、彩佳が何度も声をかける。
「ねぇ……いつまでそうしてるつもり?」
「あっ! ごめん……」
彩佳の声にハッとして、翔太郎はすぐに手を離した。
「何か……変な感じ」
彩佳は訝しげな目で翔太郎を見ている。
そんな二人の間に、拓也が明るく入り込んできた。
「ナァ~、マジでコレからオレ達ドウスルゥ? ココも安全な場所ジャなさそうダシサ~」
拓也の言うとおり、レストランももう安全な場所ではないだろう。ガラス張りの壁は粉々に砕けて、外から怪人は入り放題だし、大量の怪人が幽閉されている厨房のバリケードも、いつまでもつか分からない。実際、厨房前のバリケードは、閉じ込められた怪人達のタックルにより、今にも壊れそうだ。
「確かに。ここにいてもなぁ……。食料っていうアテも外れたし……。よしっ! じゃあ、外に出るぞー!」
翔太郎はそう言って、出入り口を指差した。
「そう言うとオモッタ」
拓也はスタスタと出入り口の方へ向かっていく。
「ねぇ……なんの考えもないけど、大丈夫なの……?」
彩佳は不安そうだ。
「大丈夫! 大丈夫! 何とかなるって! ここにいてもしょうがねぇだろ! 俺達以外にも生存者がいるかもしれないし!」
「はぁ~……不安だな……」
彩佳は半ばヤケクソな感じで翔太郎の意見に従い、拓也の後に続く。
レストランから出る際、翔太郎は、壁際でグッタリとしている浮気男怪人を睨みつけた。そして足で数回小突いて、意識がないのを確認すると、前を歩く二人にバレないよう、軽く蹴っ飛ばした。
「……」
もちろん、男怪人の反応はない。しかし翔太郎は何やら少し満足げだ。
「オイ、翔太郎? ドウシタ?」
拓也が振り返る。
「ううん。何でもない」
翔太郎は爽やかな笑顔でごまかす。
「ソッカ」
こうして三人はレストランを後にした。