第5話「再会はケ修羅修羅」
店内はかなり荒らされていた。
倒されたテーブルにイス。床には割れたグラスや皿が散乱している。いくつかの席には客のものであろうカバンや上着が置きっぱなしになっていた。レストランの混乱ぶりがうかがえる。
店に入って真っ先に聞こえてきたのは、彩佳の怒号だった。
「お前だけは許せねえんだよっ!! ザケンナッ!!」
彩佳はバッグをムチのようにしならせ、怪人に叩きつけている。
バシッ! バシッ!
「オラァッ! ザケンナッ!!」
「マアァリィィミィィィ」 「グガアァ……!」
奇声を上げる怪人二体。
どうやら、店内にいるのはバッグを振り回す彩佳と、怪人二体だけのようだ。
「オラアァッ!! よくも私を!!」
「グガアァ……マリミィ……」
叩かれている怪人二体は、よく見ると男女で、なぜか彩佳は男怪人の方ばかりを叩いている。それもものすごい剣幕で。
「うわ……。俺、別れて良かったかも……」
「カモナ……」
ど迫力の彩佳を見て、翔太郎と拓也はドン引きしている。
彩佳の鬼神の如き戦いぶりを見て、翔太郎は思わず名前を叫んだ。この名前を呼ぶのは久しぶりだ。
「彩佳!!」
「……!? 翔……太郎!!??」
突然の元カレ登場に驚き、動きが止まる彩佳。
そのスキを狙い、怪人が一気に襲いかかる!
「キャアァッ!」
「彩佳!!」
翔太郎はすぐさま怪人に飛びかかった。
木刀で殴りつけ、彩佳が乗るテーブルから男怪人を引き離す。
「グガ! マリミィッ!!」
男怪人はすぐに体勢を立て直し、再び彩佳に襲いかかろうとするが、背後で待ち構えていた拓也が、男怪人の体をガッチリとホールドした。
「グガアァ! マアァァリミィィ!!」
暴れる男怪人。
「ナンだコイツ? 変な鳴き声ダナ」
ジタハタする男怪人をものともせず、拓也は怪人のみぞおちにキレイなヒザ蹴りをお見舞いした。
「ゲフッ! マリミ……」
その威力に男怪人は耐えきれず、気絶した。
一方、女怪人と対峙している翔太郎は苦戦している。
「グガアァ!!」
「クッソ……うぅっ……」
荒れ狂う女怪人の怒涛の噛み噛み攻撃を、何とか木刀でしのいでいるが、怪人の鋭い牙は、間近に迫ってくる。
大ピンチの翔太郎……しかし、拓也が駆けつけると、状況は一変。女怪人の足元をヒョイとすくい上げ、そのまま肩に担ぎ上げた。
女怪人は何が起きたのか分からないといった様子だ。それでも拓也の肩に噛み付くなどして、必死に抵抗している。しかし拓也は至って落ち着いていた。
「ハイハイ。オレ、もうなってるカラネー。噛んでもムダだヨー」などと言いながら、軽くあしらっている。そして男怪人が気絶している場所まで運ぶと、女怪人を下ろし、手刀を一発首にカマして、こちらも同じく気絶させた。もう怪人を倒すのは、お手の物である。
「コイツらドウスルゥ?」
拓也がにこやかにたずねる。
「えーっと……あっ! コレ! コレで身動きとれなくしちゃえ!」
そう言うと翔太郎は、近くにあったテーブルクロスを拓也に渡した。
「オッケー」
拓也はテーブルクロスを引き裂き、ヒモ状にすると、あっという間に怪人達を縛り上げた。ギッチギチに縛ったので、もう動けまい。
「あ……ありがと……ね」
テーブルから下りた彩佳が、ぎこちなく言う。
「いや……別に……」
翔太郎もぎこちなく返す。
「あの~……久しぶり……」
「おう……久しぶりぃ……」
二人の間に流れる気まずい空気。
まさかこんな形で再会するなんて……。
「久しぶりダナー! 彩佳!」
そこに拓也が近づいてきた。
気まずい二人をよそに、ニコニコ笑顔で元気に手をブンブン振っている。
「あっ拓也、久しぶ……エェッ!?」
拓也の姿を見た途端、彩佳は絶句した。
「拓也!! アンタッ!! 化けモノにっ!! エッエッエッ!?」
パニックである。
「彩佳、落ち着け落ち着け。コイツ、大丈夫だから」
なだめる翔太郎。
「大丈夫ってアンタ……エェッ!? コレが大丈夫なワケないでしょ!! 角も牙も生えてるじゃないっ!!」
ごもっともである。
「いや分かる。分かるんだけど、コイツはなぜか大丈夫なんだよ。俺も最初は信じられなかったけどさ、本当に理性があるんだ、コイツだけは……」
「彩佳、ホントナンダ……。久しブリィ……」
拓也は控えめに手を振った。
「拓也……本当に理性あるのね?」
「ウン。アル」
「あるのね?」
「アル」
「ある?」
「アル」
「ほら、いつもの拓也だろ?」
「本当だ……。ウソ……こんなことあるんだ……」
彩佳も納得したようである。
「それにしても、何で二人はこんな所にいるの?」
「それはこっちのセリフだよ!」
翔太郎が食い気味に返す。
「お前の方こそ何でここにいるんだ? 東京にいるんじゃなかったのか?」
「あぁ~……それは……その……」
彩佳は気まずそうにした後、小さい声でボソッと一言。
「プロポーズよ……」
「え?」
「プロポーズされてたの!!」
「えぇっ!?」 「エッ!?」
まさかの返答に、翔太郎と拓也は驚愕した。
「あの男にプロポーズされてたのよ。ここで……」
彩佳はそう言って、男怪人を指差した。
「あっ! アイツ彼氏!?」
「ダカラ、あの鳴き声ダッタノカ……」
「あっ……えぇ~……あぁ……そうなんだ……。へぇ~プロポーズ……。そうかぁ……彼氏かぁ……そうかぁ……」
翔太郎の目が明らかに泳ぎまくっている。
何だろう、この胸のザワつきは。
「アイツから『君の地元の有名店を予約した』ってディナーに誘われたの。まさか……とは思ったけど、来てみたら案の定、翔太郎が働くこの店だったってワケ。サプライズプロポーズの現場に、彼女の元カレが働く店を選ぶって……ある意味奇跡よね……」
「アハハ……」
翔太郎は笑うしかない。
「ジャア、そのディナー中に、化けモノ騒動に巻き込まれたッテコトカ?」
拓也の冷静な質問。
「そう。お店にいきなり入り込んできて、お客さんを襲ったかと思うと、次はそのお客さんまで化けモノになっちゃって……。もうお店は大パニック! みんな逃げてたから、私も店の外に出ようと思ったんだけど、化けモノになったアイツに、ジャマされてね。それで戦うしかなくて、あんなことに」
「アァ、サッキの無双モードネ」
「何か言った?」
「イヤ、ナンデモナイ」
「もう……数年ぶりに里帰りしたら、このざまよ……。あの化けモノは一体なんなの?」
彩佳の問いに、翔太郎が口を開く。
「俺達もよくは分からない……。でも町全体に異変が起きていることは確かだ。あの化けモノは怪人と呼ばれていて、怪人に噛まれると、自分も怪人になっちまう。そしてそんな怪人は今、この町にウジャウジャ溢れてる……。B級ゾンビ映画みたいな感じかな……」
「えっ? そんなぁ……。これは現実……? 何で久しぶりに帰ってきたら、こんなことに巻き込まれるのよ! はぁ……もう最悪……」
自分の置かれている状況を理解した彩佳は、絶望した。自分の不運さを恨む。
「あ~……そういえば良かったのか? 彼氏……いや、旦那さんボコボコにしちゃって……」
「旦那……だぁ……!?」
翔太郎が不意に放った一言で、彩佳の目の色が変わった。
「何が旦那だぁ!! フザケンナァッ!! アイツはただの化けモンよっ!! 拓也!! アイツの喉笛噛みちぎってやんなっ!!」
彩佳の無双モードが帰ってきた。
拓也よりも遥かに理性がぶっ飛んでいる。
「オイオイ、落ち着けよ。オレ、番犬じゃナイカラネ」
「そっ、そうだぞ。何があったんだよ? どうした?」
二人になだめられた彩佳は、少し冷静になり、語り始めた。
「アイツ……浮気してたの。あの女と」
彩佳は怒りに震えながら、女怪人を指差す。
「エェッ!?」 「マジか……だからあんなに……」
鬼無双モードの理由が分かった。
「あの男、ずっと浮気してたみたいでさ……。浮気相手には『君と結婚する』なんて調子の良いこと言ってたんだって。アイツがSNSに『今日、彼女にプロポーズします!』ってバカな投稿したから、浮気相手が激怒して、プロポーズの最中に乗り込んで来たのよ……」
「ゲッ……修羅場ジャン……」
「俺……今日休みで良かったわ……」
男二人は顔をゆがめた。
プロポーズ現場が一気に修羅場と化したのは言うまでもない。
「アイツ、浮気相手にGPS付けられてたの。バカでしょ……? ホント嫌になる……。二年も付き合ってたのに全然気づかなかった……。やっと幸せになれるって思ったのに。ハァ……なーんで私はダメンズばっかり引っかかるかなー」
「おい……それ、元カレの前で言うかよ……」
「ヴァハハ」
翔太郎は苦々しい顔をしている。
「まっ、バッグであの女もろともぶっ叩けたから、少しはスカッとしたー」
彩佳は爽やかに伸びをした。