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針ねずみと笛吹き  作者: 紫堂文緒(旧・中村文音)
5/6

はりねずみとふえふき

翌朝、針ねずみは、自分が前の日よりわずかながら元気になったように思いました。




 笛吹きはまた、きのうとは違った曲を吹いてくれました。


 丁寧に心を込めて、ゆっくりと…。




 今度は、温かなぬくもりのある曲でした。




 おかあさんに抱かれているような調べでした。




 針ねずみは生まれるとすぐにおかあさんから離されて、ほかの仲間たちと一緒に大きなかごの中で人間に育てられたのでしたが、遭ったこともない、憶えてすらいない、優しい優しいおかあさんの胸にしっかりと抱かれて、安心して満ち足りて甘えているような気持ちがしました。




 笛の音にゆりかごのように揺られて、ゆうらりゆうらりと針ねずみは甘い心地の中をたゆたいました。




 そうして明くる日は、また少し元気を取り戻しておりました。





 笛吹きは、来る日も来る日も、針ねずみのためだけにたくさんの歌を吹いてくれました。




 ある時は、さざ波が繰り返し繰り返し静かに寄せてくるような歌を。




 それを聞いているうちに、針ねずみは、一度も行ったことはないのに、なぜか、どこかの遠い国の碧い海を笛吹きと並んで眺めているような気持になりました。




 その海から風が吹いてきて、口の中にしょっぱい味がしました。


 


 笛吹きは針ねずみを抱きあげると、静かに波打ち際に座りました。




 小さな波が次から次へとやって来ます。




 針ねずみは怖々、笛吹きにまつわりついては消えてゆく細かな泡を眺めやりました。




 潮風が優しく背中を撫でて、針ねずみを慰めてくれました。






 またある時は、しいんと鎮まった森の中で木漏れ日を浴びているような歌を。




 その滴る緑の中で、針ねずみは、自分の身体ごと、心から魂までもが、鮮やかな木の葉の色に染め上げられていくように思いました。




 そうしているうちに、木々の生命がどんどん針ねずみの身体中に注ぎ込まれ、針ねずみは少しずつ自分が強くなっていくような気がしました。




 お日さまの光が枝の間から細くこぼれては、針ねずみを温め、励ましてくれるようでした。




 また別の日、月と星の穏やかな光に照らされるような笛の音になだめられて、針ねずみの心は安らぎました。




 月と星が雲に隠れると、闇までが味方でした。




 漆黒の闇はビロードのように柔らかく針ねずみを包み込んで、


「もう何も怖がらなくていいのだよ」


 と何度も言ってくれました。




 それを聴くうちに、針ねずみはようやく安心することができました。




 笛の音が遠くに幽かに鳴るのを聞きながら、針ねずみは毛布のような夜に背中の針ごとくるまれて眠りました。






 来る日も来る日も、笛吹きの吹いてくれる笛の音に抱かれながら、怖さは次第に薄れ、怯えは癒され、少しずつ健やかさの戻るうちに、あるとき、ふと、自分の中に何かが芽生えそうな気配がするのを針ねずみは感じました。




 遠くから何かが聞こえたような気がしました。




 誰かが叫んでいるのでした。




 それも、確かに自分に向かって呼びかけているのでした。




「ああ、誰だったろう、あれは…。


 そして、何と言っていたんだろう…」 



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