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第8話 甘やかされて溺れそうです 後編

 あまりにも過激すぎるスキンシップに、距離を取ろうとするが少しでも身じろぎ──離れようとするだけで彼は傷ついたような、不安そうに表情を見せた。それを見てしまうとどうにも良心が痛み、彼の胸に体を預ける。


(まるで大事なオモチャを取り上げられた子どもみたい。……龍神族が珍しいとか? ああ、それとも私の傷を気遣ってくれているかしら?)

「それで──ユヅキに頼みがある」

「……なに?」


 ここまで尽くしてくれたのだ。出来るだけ報いろう。頼みとは魔物討伐だろうか。それとも龍神の加護が欲しい、金銀財宝、不老不死だろうか。今までの人間は歓迎して、それらの要求を私たちに願った。魔物退治は出来るが、それ以外は人間と変わらないのに。

 金銀財宝の構築、長寿の調合も作れないことはないが掟で禁じられている。受けた恩の分は返す──相手がそうでなくとも、せめて自分は出来るだけの事をしよう、決意したのだが──。


「俺と結婚を前提に、婚約をしてくれないだろうか?」

「は?」

「ダメか?」

「魔物討伐は?」

「手伝ってくれるのはいいが、お前は怪我人だろう」

「うっぐ……。え、じゃあ、お金欲しいとか?」

「いらん」

「不老長寿の──」

「お前が欲しい。他はなにもいらん」

「!?」


 電光石火の告白に、私は思考回路が停止寸前になった。

 婚約。そうこの男は言ったのだ。

 あまりの衝撃に私は彼の言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。昨日の今日会ったばかりだというのに、何を言い出すのだろう。それともからかっているのだろうか。

 ジッとダリウスを見つめたが、どうにもからかっているつもりはなさそうだ。熱の籠った真剣なまなざしに、私は戸惑う。


「……婚約って、なんでまた?」

「三か月後に来る婚約者候補を断るためだ。何度も申し出を断っているのだが、今回はお前がいることで完全に諦めさせたい」


 なんだ、と。私は安堵する。

 つまりダリウスは婚約者「役」が欲しかったのだ。慌てた自分が馬鹿みたいだった。


「……なんで私なのよ。婚約者候補がいるなら、その中から選べばいいじゃない」

「そうもいかない。婚約者候補として挙がってきた者たちは後ろ盾のある貴族だ。俺の体質では帝都での公務などは難しいが、妻になれば夫の代行として公の場に出席することもままある。となれば妻の発言力が必然的に高くなるだろう」


 話から察するにこの男は、貴族でもそれなりに地位が高いのだろう。こんな辺境の地に居るのは体質の所為だとするなら、たしかに彼の妻になる人は表舞台に立つ口実は作りやすい。


「まあ地位や名誉がある上に、表に出られないし近づけないのなら、欲に目が眩んだ王族貴族にとっては魅力的なポジションそうね」

「だろう? お前にとってもこの立ち位置は、魅力にはならないか?」


 そう言いながらダリウスは真剣な眼差しで私を見つめる。熱の孕んだ視線に、言葉が詰まった。


「……面倒なことに巻き込まれるのは、お断りだわ」


 それでなくともやる事があるというのに、他人の恋路に関わっている場合ではないのだ。傷が癒えたら、一刻も早く帝都に向かう。私は恋だ、愛だなんて──、今は言っている場合では無いのだから。


「もちろん、お前の傷が完治したら帝都には連れて行く。お前の目的も優先しよう。だが傷が癒えるまでは──俺の恋人、いや婚約者でいてくれないか?」

「それは……」


 先ほどは面食らってしまったが、落ち着いて考えれば悪くない条件だ。

 今の私は土地勘もないし、この時代の常識なども疎い。右も左も分からない中で、刀夜に会うのは無策で突っ込むようなものだ。あの知略に長けた天才相手にそんな愚策は出来ない。


「ユヅキ、頼む」

「そのさっきから気になっていたのだけれど、どうして貴方──ダリウスの体質ってなに?」


「貴方」と言おうとしたら露骨に顔を顰めたんですけど、この人。子どもだろうか。しかも密着度が増しているし。


「顎を頭に乗せるの、やめて欲しいのだけれど」

「断る。お前が、名を呼ばなかったのが悪い」

「何よ、それ? うう、意外と重い……」

「……先ほどの問いの答えだが、俺は龍神族の末裔で、片親は魔人族の混血だからか、他人より魔力が多くてな。魔力を常に無意識下で放出しているせいで、大抵の人間はそれに耐えきれないそうだ」

(そうか。この時代の人間は、魔力耐性がかなり低いのね。私たち龍神族も魔力は高いけれど、人間と普通に接していたはず……)


 彼が龍神族の血を引いているというなら、アレがあるはずだ。


「ダリウスは宝玉を持っていないの? こういうのなんだけれど……」


 取り出した──というより一瞬でその場に現れた宝玉は、手のひらの上で浮遊している。傷一つない特殊な鉱物よって作り上げられた宝玉は、龍神族なら誰にでも持っているものなのだが、ダリウスは物珍しそうに宝玉を眺めていた。


「いや、俺にはこういった類のものはない」

「代々受け継がれたとかもないの?」

「ああ」

「私たち龍神族は、そもそも魔力量が多いから、周囲に漂う魔力も少し強いの。でも、この宝玉はそういった微量の魔力を吸収して魔法を使うときに増幅してくれる。そして「刻龍印」を結ぶべき人に出会うと、宝玉が開花する──武器になる者もいれば、髪飾りや腕輪といろいろね」


 ペラペラと得意げに話していたせいで、ダリウスが少し前のめりになって顔が近づいたことにすぐ気づけなかった。

 いつもなら会ったばかりの人間にベタベタされていたら叩きのめしていたのだが、ダリウス相手だと、どうしても許してしまう。


(彼の温もりが温かいのがいけないんだわ)


 こんな気持ちになってしまうのは、彼が龍神族の末裔だからだろうか。恩義もあるし、今までこんな風に距離を詰められたことがないからな気がしてきた。


(兄様と刀夜はこのぐらいの距離があったような。けれど二人の場合は異性としてではなく家族なのだから、比べるのは可笑しいわよね)

「俺は龍神族の血は引いているが、あくまでも末裔だ。そういった伝統などが正確に伝わっていなかった可能性はある。特に俺の場合は隔世遺伝のようなもので、見た目こそ龍神族の外見は似ているかもしれないが、人間としても龍神族としても中途半端な存在というわけだ」

「そんなの珍しくもないわ」


 私も龍神と人間の子どもなのだから、純粋な龍神族ではないし、かといって神格はない。人間にしては強靭すぎる。どちらでもない。だから、自分にそう言ったつもりで呟いたのだけれど、ダリウスは驚き、次に嬉しそうに顔を綻ばせた。


「そうか。お前にとって、それも普通なのか」


 どこか救われたかのような顔で、優しい声音で呟く。今にも泣きそうな顔をしていたので、私はそっぽを向いた。


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