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第6話 出会いと戸惑い

 朝の陽ざしの眩しさに耐えられず、私は目を開ける。天井は見事に半壊し、暴力的な朝日が部屋に注がれていた。


「……んっ」


 思いのほかふかふかのベッドで、私は微睡の中でごろりと寝返りを打つ。思ったよりもベッドは広くて、シーツも石鹸の匂いがする。暴力的な日差しから逃げるように、私は寝転がって移動するのだが、途中で大きな壁にぶつかってしまう。「これ以上は進めないのか」と思いつつも、顔は日影に入ったので結果オーライだ。

 これで二度寝できる──そう思い、ふと石鹸とは違う香りに、私は違和感を覚える。


(お日様の香りに似ているが──少し違うような)

「龍神族とは随分と大胆なのだな。いや、この場合は積極的だと受け取る方がいいのか」

「ん?」


 声が聞こえた。

 しかも聞き覚えがあるような、ないような──。

 出来ればもう少し寝ていたい。体中が軋むように痛いのだから。そこでふと私は「ここがどこなのか」について疑問が過る。

 重たげな瞼を開いた瞬間、すぐ目の前に男が寝転がっていた。


「!?」


 男はガウンを着こなしていたが、胸元を開いたまま横になっている。私と一緒のベッドで。彼をよく見ると引き締まった肉体に、黒い長い髪、黒炭の瞳は、どこか嬉しそうに私を見つめている。

 何度見ても同じベッドにいる。頬をつねろうとしたが、痛みで両腕が動かなかった。

 こんな龍神族はいただろうか? 

 角はあるけれど、龍神族とは雰囲気が違う。

 人間だ。

 男が動こうとした瞬間。

 私は無理やり体を動かした。全身に痛みが走ったが、構うものか。男が動く前に馬乗りなると、空気中に漂う魔力から短剣を作り出し男の喉元へと走らせる。


「やめておけ。傷が開くぞ」

「!」


 その言葉で私は短剣を止めた。刃の切っ先は男の喉元スレスレで止まっている。それなのに、男はまったく動じていなかった。


「なんだ、一昨日のことを覚えていないのか?」

「一昨日……?」


 ぼんやりと寝ぼけていた私の意識は少しずつ鮮明になり、何があったのか思い出す。

 天界で私と刀夜たち殲滅部隊が編成された。私もその一人で──けれど刀夜は、その命令を無視して、同族殺しののち下界に逃亡。足止めをされた私は、全方位に張り巡らされた特殊な不可視の糸を、無理やりねじ切って刀夜の後を追いかけた。

 それから地上に降りて──。


「あっ!」


 全てを思い出した私は、ベッドから下りようと足に力を入れる。

 刹那。

 ギシギシと骨が、筋肉が、神経が焼けるように痛んだ。体に巻かれた包帯からはまだ血が滲んでいるが、気にしている場合ではない。


(二日も経っている!? 刀夜はもう帝都についたはず。急がないと──)


 意気込むもののベッドから下りた瞬間、力が抜けて体が傾く。そのまま床に倒れそうになったが、男は私を抱き寄せ──そのまま逞しい腕の中に包まれてしまった。


「離して、私は──」

「そう焦らずとも、お前の求める場所には俺が連れて行ってやる。だから今は安静にしていろ」

「でも! 私がこうしている間に、魔物が、この国が……!」


 取り乱す私に、彼の大きな手は子どもをあやすように背中を優しくさすってくれた。何も問題ないというように、その手の温もりに私は少しだけ落ち着いた。


「そう簡単に帝都が陥落するものか」

「!」

「確かにこの国が建国してから魔物の侵攻は続いているが、今はそれほど慌てるような被害も起こっていない」

「え……?」


 すでに魔物がこの世界に被害を出していた?

 男の言葉に私は耳を疑ったが、彼が嘘を言っているような感じはない。


(もしかして私が下界に落ちるのが遅れたから? 刀夜との時差が生まれた?)

「替えの包帯を用意するから大人しくベッドで寝ていろ。話はそれからだ」

「あ、うん。……ありがとう……ございます」

「礼ならもう十分にもらっている」


 そういうと彼は私の頭を撫でる。すぐに終わるかと思ったが、数分以上経ってもまだ撫でていた。撫ですぎ。これ感覚的に騎乗する馬とか飛竜やグリフォンにする感じの触り方だ。


「もしかして、撫でるのが好き──とか?」

「いや? 生まれて初めて誰かの頭を撫でてみたが、存外悪くない」


 なぜだか知らないが彼に気に入られたようだ。理由はさっぱりわからない。


「よくわからないけれど、兄様が言っていた髪の毛フェチとか?」

「いや絶対にそういった趣向は持ち合わせていない」

「ナルホド?」

「なぜ、カタコトなんだ? そして小首を傾げるな」


 そう言いながらも彼は私を優しくベッドに降ろすと、寝室を出て行った。

 改めて周囲を見渡すと天井の大きな穴が開いており、寝室の殆どは瓦礫をどかした爪痕が残る。おそらく私が下界に落ちてきた時のものだろう。改めて見ると酷いありようだ。

「本当にすいません」としか言えない。「弁償ってどのぐらいかかるのかしら」と天文学的な数字を思い浮かべたがすぐにやめた。


 本棚や暖炉、甲冑や剣などが目に入ったからだ。何より部屋の広さに対して本が圧倒的に多い。本棚に入りきれず、ソファや棚の至る所に積みあがっているではないか。この時代において本の希少価値は不明だが、室内を見る限り裕福なのは明らかだった。しかし、そう考えると私の対応に疑問が残る。龍神族は貴重な戦力ではあるが、なぜ彼と一緒のベッドで寝ていたのか。


(……私が重症だったから? でもそれなら彼が別の部屋で寝ればいいんじゃ?)


 その疑問は自分の体が答えてくれた。二日目で意識を取り戻すことなどありえないほどに、傷が癒えている。もともと龍神族は頑丈にできているし、周囲の浮遊している微弱な魔力を吸収して傷を癒すことも可能だ。だが、これはそういうレベルの回復とは一線を画す。


(魔力の強そうな場所に向かっていた所までは覚えていたけど、あの人の魔力に惹かれたのね。彼もそれに気づいて、傍に居てくれた……?)


 自分の体へと視線を戻した。

 白くてふわふわしたガウンは着ていて心地よい。回復が早いといっても、だいぶ無理をしたせいで体の至る所に包帯が巻かれている。清潔感のある布に、塗り薬、巻き方も丁寧で完璧だ。痛みが薄いのは、処置が良かったからもある。


 本来なら全身骨に罅が入り、肋骨は二、三本折れており、血も大量に流していた。人間だったなら生きるか死ぬかの瀬戸際だっただろう。龍神族である私であっても、かなり無茶をしたとは反省をしている。

 男は言葉通り、私が早く動けるように最善を尽くしてくれていた。その心遣いが嬉しく──そして同時に、何か企んでいるのではないかと疑惑の念が芽生える。恩人に対して不敬だと思いながらも、私は「また人間に騙されるかもしれない」と身構えてしまう。


(……それよりも! 天井の破壊、部屋の損害、病人の治療費、ベッド代……。うーん、よく考えたら私無一文なのよね。何かお返しできればいいのだけれど……。手っ取り早いのは魔物退治──かしら)


 龍神族は珍しいし、魔物を倒すにあたってかなりの戦力になる。彼は私が龍神族だと知っていた。どの時代でも龍神族を崇めはするものの、それは畏怖の念がもちろん付きまとっている。人身売買などで売られることは──ないだろうが、魔物を倒し終えるまで手駒にしたいと考えるはずだ。私はそう結論付けた。


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