最終話 皇太后になりましたとも
数か月後──。
長いようで短い冬が終えると、春の芽吹きがすぐそこまで近づいてきていた。城砦の周辺は雪が降り積もり、あたり一面雪景色が広がる。
そんな寒さにも負けず、城砦の傍で訓練が行われていた。午前中は雪かきだったが、午後はそのまま体が鈍らないようにと言う事で、一対一での剣術による模擬戦となった。
私は審判をしていたのだが──。いつの間にか模擬戦に参加する羽目になり、カイルと刃を交えている。
私用にあつらえられた黒の軍服、下は白いシャツと、黒のズボンと身動きが取れやすい服装だ。なんでも私が稽古中にスカートだと「目に毒だ」とダリウスが言って作らせたとか。
(まぁ、その方がありがたいわ。なにせ首元のキスマークとか、ダリウスが毎回付けるんだもの……! 恥ずかしいったらないわ。お陰でタートルネックの服が増えたのだけれど!)
「師匠! 考え事とは酷いですね!」
金属のぶつかり合う音が響き、剣戟を重ねる。
龍神族の力を失ったとはいえ、膂力に関しては全盛期ほどの力はないが、下界に降りてきた時とあまり変わらなかった。大きく違うといえば、私の体内にある魔力量だろうか。魔力がないのなら、魔導具で補強すればいい。幸いにも魔導具の知識や技術は覚えていた。
(いや、他にも魔力を補充する方法はあるのだけれど──ダリウスにキスが必要なのよね……)
私が戦っている間、ダリウスと目が合う。「魔法が使いたいなら、応えてやらんでもない」と言った雰囲気を出してくる。
(うーん、やっぱり恥ずかしいから、戦闘スタイルを見直す必要はあるわね)
私は決着を付けようと、速度を上げた。
鍔迫り合いで火花を散らし、カイルが力任せに押す。だが、その力を利用して私はカイルの手首をつかむと、そのままひょいっと宙に放り投げた。
「剣だけに集中しすぎ」
「ぐっ……、さすが師匠……!」
受け身もだいぶ慣れてきたカイルは、その場に座り込んだ。前よりも剣の腕は数段に上がっているが、口にすると調子に乗るかもしれない。しかし弟子の成長を褒めるのも師の仕事だと陽兄の言葉を思い出す。
(言葉で鼓舞する以外に何か……あ)
私は座り込んだカイルの頭を撫でた。「少しは形になってきたわ」と褒めるとまではいかなくとも、そう告げた瞬間──鋭い視線が突き刺さる。振り返らなくても、誰なのかすぐにわかった。弟子の頭を撫でるぐらい、いいではないか。
「ダリウスも一勝負する?」
凝視する私の夫──となるダリウスに言葉を投げかける。相変わらず鎧を身に纏った彼は、ずかずかと私に歩み寄った。
兜で表情はあまり読めないが、あの目は──嫉妬だろうか。とてつもなく不機嫌だ。
「断る。お前と剣を交えたら、本気になりかねん」
(なんで私との勝負は、手加減できないんだろう。それで前に私が怪我した時、本気で死にそうな顔した癖に……)
「それにお前も勝負が始まったら、引かないだろう」
「最近はそんなこともないわ。私が怪我をしたらこの世の終わりみたいな顔をする人がいるんだもの。無茶はしないって決めたの」
「そうか」
ダリウスは兜の頭を掻くと、鎧を解除して素顔を外気に晒す。狼の毛皮に、黒のタートルネックに、ズボン、腰には剣を収めるホルスターが見えた。
白い長い髪は、一つに括っている。
その整った顔立ちを見ると、私はドキリと鼓動が早鐘を打つ。いつになったらダリウスの姿になれるのだろうか。
「ユヅキ、おいで」
低い声。
けれど極上に甘い声音に、私は抗えずに引き寄せられる。相変わらずダリウスは私を抱きしめるとそのまま、キスの雨を降らせた。少しだけ変わったのだとすれば、私も彼にキスを返すことだろうか。未だに恥ずかしいが、キスを返すとダリウスの機嫌が瞬時によくなるのだ。
「結局、魔力補充にキスはいらなかったか?」
「そのスタイルだと、ダリウスが常にいる事が前提でしょう」
「常にいるのだから、問題ない」
即答である。嬉しいけれど、前帝としてそれはそれでどうなのだろう。
「……とにかく。戦い方については、もう少し考えてみるわ」
「結月がそういうのなら、致し方ない。……さて、午後の予定も詰まっている。カイル」
「ハッ」
「後は任せるが、問題あるか?」
(あ。そういえば私は審判をしていたのだけれど、戻った方がいいかしら)
そう思ってダリウスから離れようとしたのだが、考えが甘かった。すでにがっちりと腰に手を回され、逃げられない。カイルは諸々察したのか「問題ありません」と最適解を導き出した。
***
ダリウスは模擬戦の続きはカイルに任せて、私を連れて城砦へと歩き出す。もちろん私は彼に横抱きにされてしまっている。あのエンシェント・ドラゴンの一件からますます彼は過保護になった。
(いや、もっと前から過保護だった気がする……)
もう怪我も完治しているので普通に歩けるのだが、彼はそれを許さない。また私がどこかに行くんじゃないかと思っている。
ダリウスの隣に居たいという気持ちを伝えても──心配なのだろう。つがいを得た龍神族の男の独占欲は強い。父様がいい例だ。
(そういえば昔、母様が本気で怒ったとき父様を「龍神様」って言ったら、泣き出して大変だって言っていたっけ。あと、母様にちょっかいを出した男を殺すために国一つ滅ぼそうとしたとか……。でもそれって、私が龍神族の力をダリウスに渡したから、独占力が強くなったんじゃ?)
「俺は龍神族の末裔でもあるからな。……というか惚れた女に対して至極当然の反応だ」
ぷい、と拗ねた顔でダリウスは視線を外した。その横顔は少し可愛らしかったが、なんだか違和感があった。
「…………ダリウス」
「なんだ?」
「私の声、口に出てました?」
「……顔に書いてあった」
(そ、そうなの!? じゃあ、もしかして私がダリウスのこと好きだっていうのも、結構前からバレバレだったんじゃ?)
「ああ、結月はわかりやすいからな。……だが、言葉で言ってくれないと、確証は持てないだろう」
私はダリウスの顔を覗き込むが、何を考えているのかなどわからない。感情などが読み取りづらいのだ。これでは不公平ではないか。なんとなくフェアじゃないことにムッとしてしまう。
「そういえば夕方には、あの女が来るのだろう」
「あの女? ああ、クリスティですよ。名前を憶えているでしょう?」
「まったく、あの女まで、お前を師匠呼びするとはな。帝都に言ったらさらに信者が増えそうな気がする」
(信者って……)
釈然としないといった顔で、ダリウスは呟いた。最近はいろんな表情を見せてくれる。それが嬉しくて、私は彼の胸に額を預けた。
「そう? 私は同世代の友人が出来て嬉しいわ。それに春になったら、帝都でパレードに、披露宴があるのだもの。これからもっと忙しくなるわね」
「鬱陶しいが──前帝としての責務は果たさねばな」
「ええ、それに貴方の弟に会うのも楽しみよ」
「ほう……」
私の言葉に不満げな視線が向けられる。どうやらダリウスは予想以上に嫉妬しやすいようだ。そんな心配しなくても、私が好きなのはダリウスだけなのだけれど。
もしかしたら、私があまり好きだとか言わないから、不安にさせてしまっているのかもしれない。
「ふふっ」
「なんだ?」
不機嫌なままダリウスは私を見つめる。
「最初は婚約者「役」っていわれて引き受けたけれど、そのうちダリウスは前帝だって知って、侍女たちやカイルに「皇太后」と呼ばれるようになるなんて思いもよらなかったわ」
私はどこまでも広がっていく空を仰ぎ見る。
悠々と流れる白い雲はどこまでも自由に見えた。
「まあ、本当に皇太后になるのだから、不思議なものね」
「それは俺も同じだ。まさか伴侶が空から降ってくるとは思わなかったからな」
皮肉めいた口調で言いつつも、ダリウスの機嫌はいつの間にか直っていた。出会いから彼はどんどん私に甘くなる。このままでは溺れそうなほどの愛を注ぐ。私はその想いに応えられているだろうか?
ふとそう思うと、唇が動いた。
「ダリウス」
「なんだ?」
「愛しているわ」
顔を上げて告げた言葉に、ダリウスは口元を緩めて「知っている」と唇にキスを落とす。甘くて幸せでいっぱいの味がした。
「ユヅキ、愛している。俺の隣はお前だけだ」
「私もよ」
雪が解けて、春が近づく。
寒くて厳しい冬の後で、色づく世界を私はダリウスと共に歩む。ずっと願っていた私の居場所。私はそれが壊れないように、大事に、大切にしていこう。
END
お読みいただきありがとうございました!!!
完結です。
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執筆の励みになります(੭ु ›ω‹ )੭ु
次回作もお楽しみにです。
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