第38話 ずっと秘めていた言葉
「ああ、ユヅキ様」
「まだ何か?」
「もし前帝から私に乗り換える気があるのでしたら、いつでもお待ちしております」
「それも国益のため?」
私の言葉にギルバートは首を横に振った。その所作も作り物のようで嘘くさい。
「いいえ。私は龍神族の方々を心から尊敬申し上げております。それだけは偽りのない真実。それに貴女を慕う気持ちも本心からです」
(どうだか……)
「一目惚れ──と言ってもいいでしょう」
「この国に人間は一目惚れ病でもあるの?」
ダリウスも一目惚れだと言っていたのを思い出す。
「貴女のような美しい人と出会ったのなら、恋に落ちるのも無理からぬこと」
美しい。
その言葉に私はあることを思い出す。
(そう言えば……ダリウスが私を最初に見たのって、こんな綺麗なドレスとか着てなかったわ。……傷だらけで、血塗れだった)
あの時、戦いの末にボロボロだった私を見て、惚れたというのなら、彼は最初から自身の「体質」や、着飾った私を見ていたのでない。
一人で必死に足掻き、進もうとした私自身をずっと見ていた。
(ああ、そうか。……ダリウスは最初からずっと待っていてくれたのね。辛抱強く、急かすこともなく……)
無性にダリウスに会いたい。
私はギルバートに答えることなく、その場を離れる。
「私の手を取るという選択肢もある事をお忘れなきよう」
「そんな事は永遠にないわ。だって貴方はダリウスじゃないもの」
振り返らずに私は回廊を歩いた。
***
ダリウスに会いたい。
早く気持ちを伝えたい──そんな気持ちを押し殺して、目先の問題に頭を切り替える。
「なんでこんなタイミングで」なんて愚痴っても始まらないのだから。
あの紅蓮に燃えた夕焼けを──私は繰り返すつもりはない。もし刀夜が「邪龍」になるというのなら、どうすればいいのか龍神族ならば誰でもわかっている。
(邪龍が暴れ出せば一国なんて一夜で壊滅する。邪龍を倒せるのは、龍神族だけ──。それを皇帝は待っていた? それとも単に情報を知っていた? それともこの情報そのものがフェイク?)
私は自分の魔力が未だ回復していないことに、焦りが生まれた。今のまま邪龍とかち合えば、魔力不足で私が推し負ける。
短期間の間に魔力を回復する方法は二つ。
魔力の濃い場所で吸収するか、「刻龍印」を刻むか。後者は相手がいないと出来ないが、ふと脳裏にダリウスの姿が過った。
「……ダリウスと……でも、あれは……」
「呼んだか?」
すっかり耳に馴染んだ声に振り返ると、そこにはダリウスが立っていた。
執務室からだいぶ離れてもう客室の前だというのに、彼が居ることに私は目を疑ってしまった。
「どうやってここまで来たの?」
「執務を終えたのち、窓から出てきた」
「前帝として──それっていいの?」
「誰かに呼び止められるのも鬱陶しいからな」
「…………」
ダリウスは「邪龍」のことを知っているのだろうか。
口にしかけて──私は笑ってごまかした。
「……今日会った令嬢の中に惹かれる子はいなかったの?」
「そうだな。マーメイドドレスを着た女なら随分前から惹かれているが」
ダリウスは私の手を引き、抱き寄せる。ふわりと、マーメイドドレスの長い裾が風に舞う。夕闇が空を覆い、城砦の壁に魔導具がぽつぽつと灯りが灯る。
「ユヅキ」
こつん、と彼は額を合わせる。
互いの角も僅かに触れ合う。
ダリウスの表情は柔らかく満面の笑みを見せることが多くなかった。今日は前帝としての風格がにじみ出ているので、私にとっては新鮮だった。
(ううっ……。いつもの三倍増しで格好良く見える。反則だわ。それでなくても惚れているのに、これ以上惚れる要素が見つかったら──)
「暫くは騒がしくなるが、ユヅキの答えが聞けるのなら安いものだ」
「う……。それよりもギルバートから何か言われなかった?」
不安な思いが溢れ出し、言葉になってダリウスを責める。彼は少しだけ困った──傷ついた顔で「いや」と短く答えた。
「お前の方が、あの男に何か言われたんじゃないのか? だとすればそれは杞憂だ。あの男は国の利益しか考えていない。今回ここにやってきたのも独断だろう。ウォーカー家は昔からオズワルド家と懇意にしている。当主とあの男の間で、何らかの取引があったはずだ」
「じゃあ、邪龍や刀夜の情報を──ダリウスは本当に──知らない?」
「知っていたら話している。……カイルやギルバートと話しているお前を見ているのは苛立ちを覚えはしたが、そこまで心が狭い人間で──はない。嫉妬はするが」
思わぬダリウスの本心に私は数秒経って、嫉妬されていたのだと気づき顔が熱くなった。けれどそれは私も同じだ。婚約者候補たちにダリウスが心惹かれていたら、同じような気持ちになっていただろう。
いや、なっていなくても──。
「そう……。わ、私もダリウスが婚約者候補の誰かを気にいったりしないで──ホッとしているわ」
「ユヅキ。それは──嫉妬か?」
「……そうよ」
そっぽを向く。彼を直視出来なかった。
ダリウスの手が、私の頬に触れる。大きくて温かい。
彼はゆっくりと、自分を私の視界に入れようとする。抵抗するが──結果的にダリウスの粘り勝ちになる。黒い瞳はジッと私の答えを待っていた。
夜までといったのに本当に気が短い。
「答えを今、聞いてもいいか?」
ドキリとした。
ダリウスの真剣な声に、十分すぎる想いに応えたい。小さく頷くと彼を真正面から見据える。
「ええ」
上手く笑えているだろうか。
緊張して声が震えてしまう。けれど溢れ出る想いは、私に踏み出す勇気をくれた。





