第36話 もう誤魔化せない
私は片手を翳した。
刹那、空中に存在する魔力を凝縮し、それを形とする。眩いゆい光と魔力の奔流が生じて私の髪を揺らす。
白銀の魔法円が螺旋のように連なり、円の中心に魔力が凝縮していく。これには魔力操作と構築における魔術式を、くみ上げることが何よりも重要だ。そもそも「魔導具」とは魔法の使えない人間の為に、龍神族が作り出した技術なのだ。ゆえに魔導具造りにおいて熟練度は高い。
(兄様や刀夜の武器も、私がよく作っていたもの)
このやり方が出来るのは、巨大な魔力を持つ龍神族だからこそ出来るような反則技でもあった。私の場合は周囲に漂う魔力を使っているが。
「そんな……。これは……もう、術式自体が工房そのものになっているというの!?」
「ええ。かつて人と龍神族の懸け橋とならんと──考えた者が編み出し、そして広めた技術。人間でも作れるように「工房」という形で体現したのも同一人物よ」
陽善守那。私の兄であり、人と龍神族が共に暮らす未来を夢見た──西の果てヴァルハラ国の国王。
(兄様はもういないけれど、技術や文化とは──意外と残るものね)
それは寂しくもあり、けれど少しだけ救われた。大切な人を失っても、その生きた証というのは脈々と受け継がれていくのだから。
空中に集まった魔力を物質に具現化させる。作成時間は五分といったところだろうか。指輪の形となって手の平に落ちた。銀色の指輪には文字が刻まれているが、宝石の類いはない。実にシンプルな造りだ。
「すごい……」と声を漏らしたのは、黒髪の男爵令嬢のキャロルだ。私が作ったのは魔物除けの魔導具で、数回程度なら魔物の攻撃を弾くことが出来る──などと説明をした。その間、クリスティの顔色が、どんどんこわばっていくのが分かった。
「オズワルド家の魔導具も以前見せてもらったわ。術式がかなり複雑で円状のものをいくつも重ねて効果が出るように改良されている」
「ええ、そうですわ! それこそが──」
「これだと動力源として使っている魔石が術式に耐え切れずにすぐに壊れる。それとも壊れやすいものを作っては、皇族に高値で取引していたの?」
「オズワルド家が誇る魔術回路のどこか欠陥品だというのですか!?」
わなわなと震える彼女には悪いが、私は彼女の手にしている数々の魔道具を見て──簡単に分析したことを答える。
「魔術式に書かれているスペルミスが五つ、それと術式のバランスが悪いわ。結果、耐久性が悪いから数回で魔導具自身が耐え切れず、壊れる。私から言わせれば魔導具とは呼べないわね」
「ぐぬぬっ……!」
「特にダリウスのような魔力が高い人間だと、それはより顕著に表れるわ」
クリスティは歯がゆそうに顔をしかめた。しかし事実は事実でしかないので、彼女は言い返すことも出来ない。いや反撃すれば即座に反撃されるというのを理解しているのだろう。
ここで追い返せればよかったのだが、強かだったのは彼女の付き人たちだった。
「閣下。申し訳ございませんが、婚約者候補もさすがに来てすぐに追い返せば、家に泥を塗る事となります。冬を越すまで城砦で過ごすことを許可できないでしょうか?」
「ここは魔物が出没する危険区域だ。戦場と変わらんし、命の保証も出来かねないからこそ、冬になる前に出ることを勧めるが?」
露骨に追い出そうとするダリウスに、付き人たちは気圧されず言葉を返して行く。付き人たちの年齢はみな二十代後半から四十代前後だろか。おそらくただの付き人ではないだろう。役職的には弁が立つ外交官を彷彿をさせる。
「ですが、流石に馬も疲れております。どうかしばしの休息を!」
「そうです。せめて冬が来る前一か月ほどの滞在をお許しいただけませんでしょうか!?」
「却下だ。話にならん」
取り付く島もない。ダリウスは間髪入れずに拒否する。
「我が妻がいるというのに、これ以上「婚約者候補」などという者たちをこの城に滞在させておけるか」
烈火のごとく怒るダリウスの演技は見事だった。それを私が宥める。そうすることによって、皇太后である私の重要性を高めるという狙いである。
また令嬢たちが滞在することによって、人の多さを利用して刀夜が紛れ込んでくるかもしれないのだ。ここは最終的にダリウスが渋々頷く。という筋書きに向かうように誘導するのだが──。
問題は「私が宥める」という部分のセリフなどは全く決まってないと言うことだ。とにもかくにもダリウスが上機嫌になりそうなワード。
(うーん……。やっぱり、アレしかないのかな)
「では! 一か月。それに今回はダリウス様の為に、皇国で様々な本を取り揃えてきたのです!」
「そのような荷物が有ると報告書にはなかったが?」
「本の収納場所などの確認するため、珍しい本を積んだ馬車が一か月後に届きますので、それまでの滞在を!」
「珍しい本……」
僅かにダリウスの心が動く。それを付き人たちは見逃さなかった。私も取っ掛かりを見つけたと目を輝かせる。
「さようでございます!」
「いいではないのですか? ダリウスは本が好きなのですから、そのぐらいは許可をしても」
「ユヅキ……。しかし」
ジッと見つめる双眸は鋭い。あまりにも熱心に見つめられてしまうと言葉に詰まる。それでなくともダリウスへの想いが日に日に強くなっているのだから。
ふと、そこで気づく。
(もし──令嬢たちが滞在して一緒に過ごすうちに、ダリウスが心変わりをしたら?)
ダリウスの隣に誰か居るのを想像しただけで、胸がズキズキと痛んだ。もう自分の気持ちを誤魔化しているのも限界だった。
刀夜の目的や足取りは分からないままだけれど、自分がまごついている間にダリウスが誰かを好きになってしまう可能性だってあるのだ。そうなってからじゃ遅すぎる。
ダリウスは黙っていた私に、そっと耳元で囁く。
「役が終わったら、お前のやりたいことを手伝うと言ったんだ。そちらを片付けなければ、ユヅキも自分の事に集中できないだろう」
「ダリウス……」
「お前を帝都に連れていくのならば、婚約者問題は早々に終わらせる必要があるからな」
「どうして?」
「冬が来れば雪で道が途切れるからな。帝都に向かうのに、春まで待たなければならない」
(あ、そっか。だから……)
ダリウスは私が下界に来た目的を知っている。だからこそ私の気持ちの整理もそうだが、目的を優先してくれたのだ。その気遣いは嬉しい。
私は彼の耳元に唇を近づける。
「ありがとう。それなら私も約束通り、待ってもらっていた「答え」を──伝える決心がついたわ」
恥ずかしくて声が上手く出ない。
けれど彼には聞こえたようだ。私の言葉に目を見開いて──数秒固まっていた。次いで、彼は自分で自分の頬を殴った。
ごっ、と大きな音に、皆が悲鳴めいた声が響く。





