老人を訪ねる黒い男
老人は、俊たちが乗ったタイムマシーンが、空間の中に吸い込まれていくのをしばらく見ていた。
その日の空のきれいさと空間のゆがみのコントラストが、老人には気持ちが良かった。
「元気だったな。あの子。片平先生のお孫さんか。将来が楽しみだ」
その空間が閉じていくのを確認すると、老人は作業に移ろうとした。
ただ、その空間が閉じる瞬間、またゆがんだ空間が現れた。
なんだろうと、老人がまたその方向に目を移した。
そして、その空間からタイムマシーンが飛び出してきた。
そのタイムマシーンはゆっくりと地上に降りていって小さくなっていった。
今日は何やら忙しい日だな。老人はぽつりとつぶやいた。
暫くすると、黒い服を着た男性らしい人が老人の方に歩いてきた。
老人は遠目でそちらの方を見ながら、少し身構えた。
「お久しぶりです。博士」
黒い服の男は、老人に向かって頭を下げていった。
ただ、敬意を示しているというより、からかっているような態度だった。
「博士とも思ってもいないものに、博士と言われることほど、腹立たしいことはないがな」
老人は、ふんっと鼻で笑った。
「要件は何だ。遠藤。どうせ、私にまた法廷の場で証言をしろという命令がでたのか」
「まさか、あの裁判はもう終わったことですよ」
「じゃあ、何の用だ」
遠藤は、にやにやしながら、老人が働いている商店を見た。
「黒田博士ともあろう人が、こんなところで、日用品を売ってるなんて。22世紀の人たちが知ったら、悲しむでしょうね。偉大な人が本当に落ちぶれたものですね」
「何が、22世紀の人が知ったら悲しむだ。もうすでに、わしのことなんて、誰も覚えれないようにしたくせに。記憶にも残ってもいやしないだろう。」
「そんなことないですよ。黒田博士のタイムマシーンは、22世紀最大の発明としてこれからも歴史に残っていきますよ。まあ、それが黒田博士の発明であるということは、歴史から消えていますがね」
「そんなことをわざわざ言いに来たわけではないだろ。早く要件を言え。遠藤」
「まあまあ、せっかく久しぶりにお会いしたのに、寂しいですね。先生。もう少し昔のように穏やかになってくださいよ」
遠藤は、黒田に向かって話しかけた。
「こう見えて、わしは忙しいんだよ。今は、コロナウイルスで、みんな外出禁止でわしのような作業員しか日用品を扱えないことになっているんだ。だから、わしが持ってきた日用品を、みんな心待ちにしているんだ。用事がないんだったら、もう話すことはないからな」
黒田は、そう言うと日用品を小分けにしながら、袋に詰めていった。
遠藤は、その後ろでしばらくその姿を見ながら、何か考えたように見つめていた。
「博士」
「なんだ、忙しいと言ってるだろう。それとも、何か別の用事でもあるのか」
「いえ、私は博士がさっきの少年と何かあったのか、調べるためにきただけですから」
黒田は、すこしほっとしたような様子で言った。
「そういうことか。あの少年とは別に何もない。あの子の記憶も念のため、わしが消しておいた。わしにも、法律の記憶消去の為の権限は与えられてるからな」
「ええ、それならいいですが」
「ああ、わしの右手をにぎった5分後に、記憶が消えるシステムが作動し、その人のIDカードの情報が削除されることになっている」
「博士の発明でしたね…。タイムマシーンを発明してからの」
遠藤は、少し空を見上げた。空が曇ってきた。そして、雨粒が遠藤の手のひらにぽつっと落ちた。
「懐かしい話もいいが、わしはこの時代でも十分たのしいんだ。要件がすんだら、君も帰りなさい」
遠藤は、寂しそうにうなづくといった。
「わかりました。それでは、私は帰ります。博士もお元気で」
「ああ、みんなによろしくな。っと言っても、皆も覚えてはないだろうがな」
「いえ、博士の事はみんな覚えてますよ。心の中で」
二人はお互いを見て、寂しそうに笑いあった。
「それでは、失礼します」
「ああ」と黒田が言うと、遠藤はタイムマシーンの方に歩いていった。
そして、黒田の遠くの方でまた大きな空間のゆがみが起こり、その中にタイムマシーンが入っていった。
雨がさっきよりも激しくなってきた。黒田は、少し雨に打たれていた。そして、空間が完全に閉じるのを確認すると、店の中に入っていった。
22世紀から来た二人の冒険記-2020年編 コロナウイルス-の続編を書こうと思います。
正直、結末を考えていません。
これから黒田博士を中心に話が展開するかは、作者の私も分かっていません。
だから、書きながら黒田先生の人生をたどるように、黒田先生に聞きながら
書いていこうと思います。
一緒に皆さんと、楽しく書けたらよいなあと思いますので宜しくお願いします。