輝夜 -かぐや-
一体誰が作ったものか、旅先の伝説では満月の夜の湖上で、裸足の女が歩き回るという。
市の公式HPに載っていた観光案内の記事を読み、オレは溜め息をつく。
多数の体験者からの書き込みらしいが、どうせ役所の観光課が作り上げたおとぎ話。
こうまでして観光客を誘致したいのかと同情すらしてしまう。
まあこの不景気なご時世だ。仕方がないか。
そしてもうひとつ気に入らないのは、静かな避暑地に不似合いな望遠レンズの野次馬たちだ。
月夜の晩に野次馬たちは星より眩しいシャッターチャンスを狙う。
馬鹿にしたオレの視線には気づかずに……。
満月はいつなのか、頭上にはすでに大きな丸い月が昇っていた。
月光浴を兼ねた、湖畔での散歩。美しい天然の光が幻想的に辺りを照らす。
そんな岩陰で見つけたのは、水に浮かぶ裸足の女!
え?浮いてる?
嘘だろ!?だってカメラ野郎の群れはあっち……!
自身の目で確認し観念したか、オレは伝説とやらを肯定するような思考を抱いていた。
だけど……。
一目惚れとは、こんなもの……?
気づいた女にオレは微笑んでいた。彼女が怖がらないように。
一夜目には語らいを。
互いに素性は何も聞かない。語らない。微笑みあい、くだらない話に没頭した。
二夜目には抱擁を。
不思議な女だった。どんどん惹かれた。何者だろうと構わない。だから抱きしめた。
彼女の気持ちに無視をして。悲しませたことなど気づかずに。
別れはいつかやって来る。
三夜目の月夜の下で重なった唇には、温かな感触が残された。
「わたし、また、ひとりぼっち。でもそれでいいの……真剣に人を好きになってはいけない」
彼女の最後の言葉。
オレはもう一度キスをした。二度と会うことはないと確信していた。
やがてオレはこの地を去った。
オレは何も見ていない。
月の光が、どうかおしゃべりな女神のものでありませんように。
そう願うだけ。
END.
Thank You!