進展
それからも、その関係は続いた。
いや、関係、というほどのものでもない。
バイト先で会えば少し話をし、会わなかったら、一か月何も話さないなどザラだ。連絡先を持っているわけでもないので、会えない時は本当に何もない。
そうやって時が過ぎ、年度が変わり、俺は大学四年になった。と言っても、俺はストレートで大学には行ってないので、高校の同期たちは就職し、俺はまだ大学生、という状況だった。もちろん彼女も就職、するはずだった。
彼女は、就職先も決まっていたのだが、内定式直前に、就職先といざこざがあって、内定を蹴っていた。そのあとにまた就活をする気は起きなかったらしく、バイト先に責任者としてランクアップして残っていた。こちらとしては、可愛い子とまだ一緒に働けるので万々歳だ。役職だけで言えば、彼女は俺より上なのだが、だからといって関係が変わることもなく、友達として、いつものように接していた。
年月というのは怖いもので、心境にも変化が起きていた。
俺は、彼女ともっと仲良くなりたい、と思っていた。
それでも、付き合いたい、というところまではいかなかったが、連絡先を知りたい、とかご飯ぐらいは行きたいな、とか、そんなことを思っていた。
いや、ワンチャン付き合えないかな?とか思ってしまっていた。
朝まで話したあの日、彼女に恋人がいないことはわかっていたから。
変な欲が出てしまっていた。
でも、やはりいきなり告白というのはいただけない。それこそバイト先で少し話すぐらいだから、二人きりというわけではない。ともなると、会話といってもそんな深いものではない。彼女のことは、まだ深くは知らない。
だったら。
せめてご飯にでも誘おうか、と。
その時、俺は少し積極的になっていた。
そんな四月の半ば。
彼女の方が、俺より一時間早い上がりだった。そのタイミングで彼女と鉢合わせたので、仕事中だというのに、話し込んでしまった。
「もう上がり?」
「うん」
俺は、心拍数が上がっていることに気付いた。
今からご飯に誘おうかと思っていたからだ。
だがしかし、俺が上がるのは彼女の一時間後。
もし、彼女にこのあとの用事がなかったとしても、オッケーをもらったとしても、彼女には一時間待ってもらわなければならない。
申し訳ない気持ちが、のどに蓋をする。
でも、
だけど、
このチャンスは逃すまい。
「このあと、暇?」
「えーっと、ちょっと暇じゃないかな」
何かが消えた。
俺の中から何かが消え去った。
膝から崩れ落ちる、というのは大袈裟かもしれないが、女の子が苦手な俺が、精一杯の勇気を込めて誘ったのに、あえなく撃沈。人生はなかなかうまくいかないものである。
内心、テンションが駄々下がりながら、しかしそれを表には出さず、仕事に戻ろうとした。
すると彼女が帰り際に、
「また今度連絡先教えてよ」
と言ってきた。
最初はよくわからなかった。
確かに俺は彼女と連絡先の交換もしたいと思っていた。
でも、彼女から連絡先を聞かれることはないと思っていた。
しかし、人生とは何が起こるかわからないもので、起こると思っていなかったことが、実際に起こったりする。うまくいかないばかりが、人生ではない。
だが、少し待てよ、と思った。
彼女は「今度」と言った。
それもそうだ。俺は仕事中なのだから。
でも、その時の俺は、これを逃したらなかなか会えない気がするし、連絡先の交換なんてできないかもしれないと、思っていた。
このときばかりは、時代に感謝した。
今や連絡先は、メールアドレスや、電話番号ではなく、IDを入力すれば、アカウントが出て来てくれる。
「じゃあ、今ID言おうか?」
もう一度勇気を振り絞った。
ここで、さすがにそれはいいよ~、とか言われたらもう立ち直れない。
自分でも、わざわざそれはどうなのだろうか、と思った。
そこまでして今連絡先交換したいの?なんて思われたらどうしよう、とさえ思った。
「え?いいの?」
神はまだ俺を見捨てなかった。
もうガッツポーズである。
いや、実際にはしてないけど。
心の中で雄たけびを上げ、しかしテンションは上げず、淡々と自分のIDを告げ、見事、彼女との連絡先の交換に成功した。
浮かれすぎて、そのあとの仕事は全く手に着かなかった。