わがまま
帰り道。
今にも雨が降りそうな雲のせいで、星は一つも見えない。
自動販売機で買った水を、飲み切ることなくゴミ箱に捨て、駅までゆっくり歩いた。
自分の行動を恥じた。
なんてことをしてしまったんだろう、と。
結果論にしかならないが、何も起こらなかったのなら、何もしなかった方がよかった。
もしかしたら、本当に家にいなかっただけなんじゃないか、と気を紛らわそうとしたが、ドアの向こうで、少し物音がしたのを聞いていたから、その線は薄い。
もうダメだ。
彼女はもう、会ってはくれないだろう。
また電話をしてみたが、やはり出ない。
心のどこかで、出て来てくれる気がしていた。
さすがに家に行ったら、出てくるだろう、とか。
このタイミングで電話したら、出てくれるだろう、とか。
そんな淡く、薄い希望は、なかったかのように、すぅっと消えていった。
家を必死に探しながら走る自分は、どこか漫画の主人公のような感じがしていた。そして、彼女が出てきて、そこで話して。
そんなことが起きるはずもなく、俺は、主人公ではなかったらしい。
今の天気だってそうだ。
今にも雨が降りそうなのに、降らない。
天気予報では少し降る予報だったのに、こんな時に、降らなかったラッキー、なんていうのはいらない。降った方が『ぽい』じゃないか。
いや、そんなこと考えたって仕方ない。
そんなしょうもないことはどうだっていい。
彼女に嫌われてしまった時点で、俺は主人公じゃないんだ。
それからというもの、何が楽しくて生きているのかわからないぐらいに、日々の生活に色がなくなった。
自分でも驚くぐらい、彼女のことが好きだったらしい。
せめて、告白してフラれたいという願いすら叶わずに終わってしまった恋。
世界は、残酷だ。
バイトには行って仕事はするが、それ以外の時間は、大学に行くか家で寝ころぶか。
もちろん、バイトに行っても彼女に会うことはない。
このままじゃダメだ。
そう思った。
もちろん切り変えなければならないことも含めて。
そしてそれ以上に、やっぱり彼女と話がしたかった。
好感度はもはや、マイナスに振り切ってるんだ。これ以上何がある。
俺はまた走った。
今走ったところで、どうにもならない。
それこそ急ぐ必要もない。
でも、逸る気持ちに、足が動いた。
また来てしまった。
彼女の家の前。
だが、今は彼女は家にいない。
家の前にいるのも、近隣に迷惑なので、俺は少し離れ、自動販売機で水を買った。
炎天下の太陽が、俺の身体に刺さる。
今日、梅雨が明けたらしい。
買った水は、すぐに汗をかきはじめ、そしてぬるくなっていく。
「えっ」
そんな時、彼女が目の前に現れた。
仕事から帰ってきたのだ。
待ち伏せ、という形になってしまったが、俺はそれでも彼女と話がしたかった。
彼女は、俺を認識してはいたが、まるでいなかったかのように、俺の前を通り過ぎようとした。
「待って」
彼女は何も言わなかった。
俺は、そんな彼女の腕を掴み、
「ごめん、なさい」
謝った。
俺は彼女にどうしても謝りたかった。
俺が彼女にしてしまったことを、彼女にもたらしてしまったことを、全て、謝りたかった。
俺が悪い。そう。そうだ。
どんなことも、俺のせいでいい。事実そうだろう。
であればこそ、謝らなければどうにも収まらなかった。
たとえこの行動が自分勝手で自己満足だとしても、これだけはしたかった。
俺のわがままだ。結果がどうなろうと、それは自己責任。
「離して」
彼女はしばらく何も言わなかったが、ただ一言だけ、そう言った。
俺は彼女を握っていた手を離した。
そして彼女は、そのまま行ってしまった。
俺の言葉を聞いてか聞かずか、それを確かめることもできず、そして何が真相かもわかることはなかったが、俺はもうそれでよかった。
俺のわがままは、ここまでだ。
梅雨明けの青空は一面に広がり、薄い雲が、見上げたところにだけかかっていた。




