俺は
俺は夜の住宅街を走っていた。
見覚えはあるけど、よくは覚えていない。
二ヵ月も前のちょっとした記憶を頼りに、足を動かしていた。
見たことのある目印をなんとか見つけながらも、同じところをぐるぐると回る。
それっぽいものを見つけても、どこか自分の記憶と違う。
同じ建物を見ながら。
同じ目印を何度も確かめながら。
ふと、まだ入っていない道を見つけた。
俺の記憶にその道をは残っていなかったが、ここまで探しても見つからないのだ。
行ってみる価値はあるかもしれない。
どのみち、ここまで来て見つけられませんでした、では、何しに来たのかわからない。ただの時間の無駄になってしまう。
道を進むと、やはりそこは俺の記憶にはどうもない。
見つけた建物も見覚えがない。
気がする。
一度、戻ってまたあたりを走った。
そうやって同じことを何度も繰り返し、またさっきの建物の前にきた。
ここじゃないだろか。
そんな気持ちが湧いてきた。
忘れてるだけで、言われたらこんな感じの建物だって気がしなくもない。
俺は、
そのアパートの階段を上った。
そして、
やはりこのアパートだった。
見覚えのある廊下。
見覚えのある扉。
間違いない。
彼女が住んでいるアパートだ。
俺は、彼女のアパートまで来てしまっていた。
連絡が取れなくなり、何もできなくなってしまったが、どうしても会って話がしたかった。
最初は家まで行くつもりはなかった。
一度行っただけで、記憶は定かではないし、自信もなかった。それ以上に、急に家に押しかけては、それはただのストーカーではないのだろうか。色んな気持ちがないまぜになって、気持ち悪かった。
ここ数日は、何も手に着かなかった。
彼女とのことが気になって。
このままじゃ自分はなくなってしまうんじゃないかっていうぐらいに、何も出来なくなっていた。
恋愛というものは恐ろしい。
それがプラスに働こうが、マイナスに働こうが、人を変える力を持っている。
好きな人のためだったら体が動くし、失恋をしたら、何も手に着かなくなるし。
とても素晴らしい感情で、とてもめんどくさい感情だ。
今だって、柄にもないことをしているのはわかってる。
彼女が警察に訴えでもしたら、どうなるかわからない。
だとしても、
俺は、こうするしか思いつかなかった。
こうでもしなきゃ、二度と彼女に会えないんじゃないかと思ったから。
汗だくになりながら、俺は彼女の家の前にいた。
膝に手を突き、肩で息をする。
インターホンは目の前だ。
これを押せば、
押せば、
彼女は出てくるだろうか。
まず、今家にいるのだろうか。
さすがにもう夜中だ。
寝るには早いと思う。
彼女の明日の予定なんて知らないが、さすがにまだ寝ていないだろう。
仕事だって終わっているはずだ。
社員や責任者のシフトは、誰もが見れるよに貼ってある。
その中で、彼女は、書いてあったり書いてなかったりするが、今日のシフトは書いてあったので、仕事が終わっていることは分かっていた。
そのあとの予定までは、わかるはずもないが。
もし誰かと会っているのであれば、家にいないかもしれない。
でも、
そんな『もし』の話なんてどうでもいい。
今ここまで来て、何もしなければ何も生まれない。
もちろんマイナスに事が運んでしまう可能性もあるが、何もせずにプラスに働くこともないだろう。
もはや一択しかない。
俺は指を伸ばした。
手は震えている。
あとちょっとのところで、一度下ろした。
やっぱり迷惑なんじゃ、
そんな思いを押し殺し、俺は再び指を伸ばして、
インターホンを、
押した。
―――――彼女が出てくることはなかった。




