姉弟の罪悪感と絆!
なかなか木が見つからないクレー。
クレーは「真実の森」を目指し、歩き続けていた。
そこで、突如現れたのは姉のルイナ。
ルイナはクレーに襲い掛かり……?
「さて、こんなところでしょうか」
テーブルの上には、レーゼがダレンスで購入してきた布や、リズーとセルシがこの家の近辺で拾って来た木の実や枯葉、そして石ころなどが並べられていた。スプレー缶も調達し、これから塗装をしようとしていた。
塗料は、砕いた岩の粉が使われているため、有害な物質は出ない。噴射口の直系も大き目だった。
「ツルを編めば、このリースっていうのが出来そうですよ?」
「本当ですね」
レーゼはツルを持ちながら、本と手の中のそれを見比べていた。レーゼは、細かい作業が苦にはならず、それどころか長けているところがあった。
「私は、これでリースを作ってみます」
「お願いします。では、リズラルドと僕で飾りを作りましょう」
「せやな。しっかし……」
リズーは、窓の外に目を向けた。陽が傾いてきていた頃から、雲行きが怪しくなり、遂には雨が降り出していたのだ。此処、ラックフィールドはあまり雨が降らない気候のもとにあった。恵みの雨だが、ルイナとクレーが外へ出たまま、まだ帰ってきていなかった。そのことが気がかりで、レーゼとセルシに目配せをする。
「誰か、探しに行った方がえぇんとちゃうん?」
「…………」
セルシは、しばし黙り意識を集中させた。力が衰えているとはいえ、流石は元魔王、神である。千里眼に近いものを持っていた。強い魔力を追うことは、簡単なことだった。
「大丈夫ですよ、きっと。ルイナさんも居るんですから」
「魔女さん。やっぱ、父さんを探しにいったん?」
「何だかんだ言って、心配なんですよ。ルイナさんは、薄情なひとではありませんから。ね? レーゼさん」
実弟のレーゼは、口元に笑みを浮かべて頷いた。それを見て、リズーはそれならば自分が心配することでもないと、スプレー缶を右手で持って飾りとなる木の実を左手で選び、持った。
赤、緑がクリスマスカラーというものらしく、それらを中心に色付けをすることに決めていた。リズーが緑のスプレーを持ったので、セルシは赤のスプレーを手にした。それぞれの、イメージカラーである。たまたまではあるが、惹かれるものがあるのかもしれないと、レーゼは心の中でひとり思った。
「はじめましょう」
三人は、それぞれ分担して作業に取り掛かった。レーゼは、一度じっくり本に載っているリースの絵を見てからは、本を少し離れたところに置き、自己流で器用にツルを編み始めた。
※
(見つからないなぁ……地域的に、やっぱり無理があったかな)
クレーは、遠く離れた地域まで、歩いてきていた。ラックフィールドの家から、すでに百キロ近く離れたところまで来ている。ダレンスとは逆位置にある、「真実の森」と呼ばれている、魔術士にとって「聖地」とされている森の近くを選んでいた。
ダレンスも、野菜などは手に入るが、それほど大地が優しくはない。木々が育ちにくい環境にあった。そのため、緑の木は手に入らないだろうと読んだのだ。しかし、「真実の森」まであと少しというところまで来ても、森の気配もない。運が悪いことに、雨だけが自分を迎え入れてくれた。
(さすがに冷えるね…………参ったなぁ)
ひとり、佇んでいた。その背後に、ふと気配を感じ取り、クレーは咄嗟にブロンズの短剣を抜いていた。その短剣は、獲物を切り裂くことは無かったが、相手の固いブーツの底に当たっていた。
「勘は鈍っていないようね」
「…………何の真似だい? 姉さん」
突如現れたのは、黒のタンクトップ姿の、姉だった。雨に降られて、服も髪もべったりしていた。
ブーツの裏に鉄を仕込んでいた姉は、そこで短剣を器用に受け止めていた。
「僕を、今更始末しに来たのかい?」
「本当。そうだとしたら、今更すぎるわね。その短剣、しまいなさいよ。無能武官」
「僕はもう、武官じゃないよ。解雇されている」
「知ってるわよ。アンタも、レーゼも今は単なる魔術士もどき」
「…………そう、もどきだね」
クレーは短剣を、護身用に持っていた。魔力を失った訳ではなかったが、プラチナの短剣で自害しようとしたときに、多くの魔力を放出してしまったのだった。姉により、すぐにその傷は塞がれた。そのため、命までは奪われなかったが、その代償は大きかった。
セルシによれば、いつまでも魔力がセーブされた状態な訳ではないらしい。それでも、いつ、元の魔力が戻るのかは、不明だった。それだけ、天界からもたらされた「プラチナの短剣」は、絶対的効力を持っていた。
その、プラチナの短剣は今、何処にあるのかというと……元の持ち主。セルシによって異空間に封印されていた。四次元空間のどこかにある。それを見つけることは、今はセルシ以外には出来ないだろう。
「で? 皮肉を言いに来たのかい?」
「アンタが逃げ出さないか、見張りに来たのよ」
「逃げ出す? 見張り? …………」
クレーは思わず、鼻で笑った。それを見て、ルイナは首を傾げながらクレーの言葉を待った。
「何が可笑しいの?」
「どうやったら、逃げ出せるのさ。どうやったら、姉さんやセルシオン。リズーを出し抜ける?」
「クレー……」
「僕にはもう、自由なんて無いのさ。何もない。家族ヅラしていたって、本当の家族はもう居ない」
「クレー!」
バチン……。
ルイナにより、右手からの平手打ちでクレーの左頬を叩いた。避けようと思えば、避けられたはずだが、クレーはそれを甘んじて受けた。
「本当のことだろう?」
その目は、悲しみに暮れているというよりは、それを通り越して笑っていた。
「アンタは、確かに大きな罪を犯した。償いきれない罪よ! それから、逃げるなんてアタシが許さない。レーゼにも、命を削るほどのことをし、セルシにも精神的ダメージを与えた。何より!」
ルイナは、語尾を強めて後を続ける。その目には、うっすら涙が浮かんでいるが、雨によってそれほど強調はされていない。
「何より、アンタは……ヘルリオットの民を、何人も殺めた! 重罪よ」
「…………」
「自由がある訳、ないじゃない。本当なら、一生監獄……いいえ、処刑されているものよ」
「だったら、姉さんが今ここで、審判を下せばいい。世界を二度も救った魔女として」
「甘えんな!」
今度は魔女は、自らより頭ひとつ分背が高いクレーの胸倉を掴み上げ、そのまま締め上げた。歯の奥を食いしばり、必死に訴えかける。肉付きはそれほどよくない両者。それでも、ルイナは力強かった。
「生きて償うの! セルシがそうしたように……アンタも、今はもう魔王じゃない。アタシは魔女である前に……アンタの姉よ!? 姉が、弟を裁けるはずがない……殺せるはずがないじゃない!」
「…………」
「失望させないで、クレー」
「…………姉さん」
クレーは大きく息を吐くと、姉の手を払った。そして、自分が着ていた黒い長そでを脱ぎ、姉の頭にかけてあげた。自分は、上半身裸となる。
思いがけない行動に、ルイナは目をまるくした。
「風邪ひくよ、姉さん」
「……バカ。あんたこそ、風邪ひくわよ。こんな真冬に……半裸なんて、信じらんないわ」
「僕はバカだから、風邪ひかないよ」
「何それ」
眉をひそめながら、ルイナはくすっと笑った。それを見て、クレーも力を抜いた笑みを浮かべる。
「で? 木はあったの? 此処、真実の森の近くよね」
「あぁ、そうなんだけど。なかなか、無くってねぇ」
「季節外れなんだから、枯れ木でよかったんじゃない?」
「それ言われたら、僕のすべてが無駄になるじゃない」
他愛ない会話をしながら、一歩、また一歩と先へ進んだふたりは、ふと。三歩目を踏んだときに空気が変わったことに気づいた。
重力がそこだけ、やんわりと緩和しているようで、身体が軽くなった感覚に陥る。
「姉さん、今のは…………」
「別の区域に入り込んだ感じね」
「あ…………」
「?」
「姉さん、あそこ」
「え?」
クレーが指さしたところには、腰あたりまでしかないが、小さなそれこそ「クリスマスツリー」として表されていた、セルシの本どおりの木が一本だけ立っていた。
「これ、抜いていいのかな? バチが当たりそう」
「今までなかったのに突然現れたんだから。天界からのお恵みとして、ありがたく頂戴しましょう?」
「姉さん、すごくプラス思考だねぇ」
「当然」
「じゃあ、姉さんが切ってよ」
「嫌よ。バチが当たったらどうすんの?」
「うわぁ…………」
ルイナは、ふふんと得意げな笑みを浮かべて腕組みをした。本気で、自分で木を切るつもりはなかったらしい。仕方なく、クレーはブロンズの短剣を取り出すと、地面を掘り始めた。
「何やってんの?」
「掘りおこして、庭木にしようと思ったんだ」
「あ、それは明暗」
それを聞くと、ルイナも手で地面を掘り始めた。
※
「ただいま」
「ただいまぁ……」
ふたりが、びしょ濡れで帰ってきたのは二十四日の深夜だった。セルシは、優雅にハーブティーを飲んでいたが、リズーはすでに机に伏せて眠りにつき、レーゼもミルクを片手にうとうととしていた。お子さま組には、夜更かしは厳しかった。
「遅くなってごめんねぇ? レーゼ、リズー」
「クレーさん、ルイナさん。お湯、張ってありますから。先に身体を温めて来てください。冷え切ってるでしょう?」
「ほんっと、寒い……」
ルイナは、クレーに先を行かれる前に、さっさと風呂場へ向かってしまった。それを、クレーも止めることはしなかった。
「見つかったんですね」
「見つかったよ? まったく。意地悪な目にあったものだ」
「身体、拭いてください」
「うん」
セルシからタオルをもらうと、クレーは身体から水滴を拭った。
「飾りつけは、明日しましょう。レーゼさんも、眠ったらどうです?」
「レーゼ、寝てればよかったのに。いつもは、寝ている時間だろう?」
「姉さんとクレーが……心配、でした、から」
目は、半分瞑っていた。そんな弟の姿が、なんだか愛しくなり、クレーはレーゼの頭を撫でると、よいしょと掛け声をかけて抱きかかえ、寝室に向かった。そして、レーゼを寝かしつけると、口が寂しくなりコーヒーが欲しくなった。
しかし、コーヒーメーカーは姉によって破壊されてしまっている。胸中で、姉の言う通り、コーヒー中毒で半日も持たなかったとうっすら笑った。