第二章 Cランクのプライド(その3)
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最初あまりに自然に言われたので、事の重大さが理解できなかった。
そう、それはまるで、「昼飯食べに行こうぜ」と同じ位のノリだった。
「え? フラム、今何て言ったの?」
「何だ、ちゃんと聞いておけ。今から宇宙へ行くぞ」
「「「宇宙!?」」」
一年生トリオの声が重なる。うん、オレ達も随分息が合ってきたみたいだ。
いくらここが宇宙コロニーとは言え、一般人は余程のことがない限り宇宙空間へは出ない。出るとしても、パスポートを取ったり、色んな申請をして、準備に準備を重ねる一大イベントなのだ。こんな軽いノリで行く場所ではない。
「依頼を受けてきたんだ。ぼやっとしてないで、さっさと準備しろ」
各チームは生徒会を通して色んな依頼を受ける。勿論、依頼によって取得ポイントも変わってくる。
ポイントはチームポイントと個人ポイントに分かれている。依頼をこなせば、チームにポイントが入り、何割かは個人へと分配される筈だ。これで明日からは豪華なランチが食べられそうだ。
「ところでフラム、依頼は何なんだよ?」
「ゴミ拾い」
「はぁ?」
「何だ、また聞こえなかったのか? ゴミ拾いだ」
「いやいや、聞こえてるって。なんつーかさ、もうちょっと格好いい依頼は無かったわけ?」
「格好いい依頼って何だ?」
「例えば、ビーネテラ退治とかさ」
「このスペアカコロニーの周囲には、ビーネテラが来たこと無いからな」
そう言えばそうだった。
なんでも、このコロニーから少し離れた所に特殊な電磁波を出す惑星があって、それがビーネテラの進行方向を狂わせているらしい。それを利用してビーネテラの被害を押さえる研究がされているとか聞いたことがある。そして、比較的安全な地域だからこそスペアカが建設されたそうだ。士官を育てる前に失うことを防ぐためらしい。
産まれも育ちもこのスペアカコロニーのオレは、本物のビーネテラを未だに見たことがなかった。
「ほら、二人とも~、早くパイロットスーツに着替えて~。時間ないわよ」
フロアの奥からリラちゃんが呼んできたので、話は切り上げて準備を始めることにした。
「何か、パイロットスーツって窮屈だな」
宇宙服も兼ねているので、密閉性に優れているパイロットスーツは体にフィットする形で設計されている。だけど、フィットし過ぎて、特に首元とかが苦しい。
「あれ? ヴァンはパイロットスーツ、初めてだっけ?」
同じくパイロットスーツに着替えたリラちゃんが、オレの前に現れる。
「うわぁ……」
リラちゃんのパイロットスーツが、あんまりにも似合っていて、思わず感嘆の声を上げてしまう。
「ヴァン?」
「すっげー似合ってる」
「え? やだ、ちょっとあんまりジロジロ見ないでよ」
細い腕で体を隠すその姿がまた可愛らしい。パイロットスーツだと、体のラインが丸わかりになってしまう。この前、脱衣所で見た時も思ったけど、やっぱりスタイル良いなぁ。
「でも、この前脱衣所で見……」
「ヴァン。あれは忘れてって言ったでしょ?」
リラちゃんの目つきが変わる。
「はっ、はい」
「お姉様~、この様な着方で大丈夫でしょうか?」
「ええ、よく似合っているわよ」
丁度、そこにユミディナが駆け寄ってきた。
リラちゃんより少し小柄なユミディナはスタイルも悪くは無いけど、やっぱりリラちゃんよりは全体的に少し幼い印象だ。
特に上半身が。
まぁ、言ったらまず間違いなく殺されるから、言わないけど。
「おっ、ユミディナはもう少し牛乳でも飲んだ方が良いんじゃねぇか?」
……コーズ、君のことは忘れないよ。
命知らずの大馬鹿野郎ってね。ってか、言うなよ、思っていてもさ。
案の定、もの凄く良く通る罵声と、同時に気持ちの良いほどの平手打ちが格納庫に響き渡った。
「チームウィングス、クリアスピネル発進」
「了解、クリアスピネル発進」
リラちゃんの宣言に、コーズが応える。
コーズは持ち前の丈夫さで、何とかユミディナの攻撃を耐え抜いたが、その頬にはくっきりと平手打ちの痕が残っている。名誉の負傷と言ったところだろう。
俺の心の準備を待つわけもなく、三体のHUBと七人のメンバーを乗せたクリアスピネルは、あっという間に宇宙へと出てしまった。
コーズの奴も、宇宙船の発進なんて初めての筈なのに、危なげ無くやってのけてしまう。どうやら、オレが特訓をしている間に、コーズも色々と大変だったようだ。
「周囲一〇〇〇メートルの探索を開始します」
オレペーター席に座るユミディナも意外と様になっている。
くぅ、オレだけ無様な格好を見せるわけにはいかないじゃないか。リラちゃんは指揮官シートにゆったりと腰掛けている。後ろのシートに、フラム、シャンス先輩、カノン先輩が座る。
「では、これよりミッションナンバー八五、コロニー周辺のゴミ拾いを開始」
リラちゃんの宣言を受けて、フラムとシャンス先輩が立ち上がる。その様子を見てオレも慌ててそれに続く。
「ほら、行くぞ」
移動する戦艦の中を歩くというのは、意外と難しい。手すりに掴まりながら何とか移動する。だけど、フラムとシャンス先輩は苦もなく走っていってしまう。
「ヴァン、いちいち手すりに掴まるな。足を前に出せば走れる」
フラムはそう言うが、簡単にできれば苦労しない。何度か転びながら、何とかHUBに辿り着く。
『ウィング1、ロードナイト。テイクオフ』
『ウィング2、ドラバイト。テイクオフ」
テキパキと二人は船外へ出てしまう。オレはアズライトの起動用カードを差し込み、何度も練習した発進宣言を心の中で確認して、宣言を開始する。
「テイクオフ準備開始」
クリアスピネル底部の装甲が開き、アズライトが押し出される。丁度ぶら下がる形で固定される。
「機体チェック、オールグリーン。フェノメノンドライブ、出力安定。スタンバイオーケー。発進シーケンス開始」
シーケンス進行に伴い、アズライトの翼たちが開きだす。そして徐々に光を放ち始める。
『進路クリア。いつでもいいですわ』
「ウィング3、アズライト。テイクオフ」
レバーを一気に前に押し出す。
アズライトの背中が一際大きく光り、一条の軌跡を描きながらクリアスピネルが遠ざかって行く。
「うわっ」
加速時のバランスを崩し、機体が縦回転をしてしまう。直ぐに体勢を立て直そうとする。
しかし……
「どっちが上か分からない」
宇宙なんだから、正確には上も下もない。ただ、母艦と同じ目線で居ないと、まともな指示を受けられない。けれど、自分の向いている方向すら掴めないので、母艦の位置を確認できない。
「あれ? あれ?」
早く戻さなきゃ。そう思えば思うほど、モニターに映る数多の数字が頭に入らず、流れて行ってしまう。しかも、停止させるにもどちらを向いているか分からない。
凄く深いプールに潜った時の感覚に近い。プールは上も下も真っ青で、あんまり深いところにいると、どっちに進めば地上に出れるのか分からなくなってしまう。
宇宙は基本、黒い。黒ってより藍色に近いかな?
それがプールよりも更に深い感じがしてしまい、そう、何が何だか分からず、飲み込まれてしまいそうに……。
『おい、ちゃんと目を開けろ!』
「え!?」
アズライトの足が掴まれ、ぐるっと回転させられる。
すると、目の前にはフラムのロードナイトと、シャンス先輩のドラバイトが停止していた。
『フラム、少し過保護気味ではありませんか?』
左のモニターに小さくシャンス先輩の顔が映る。
『あのまま放っておいたら、あっという間に宇宙酔いしていたぞ。そしたら依頼どころじゃなくなるぞ』
右モニターにはフラム。
ああ、オレ宇宙酔いしかけていたんだ。
宇宙酔いって言うのは乗り物酔いの酷いバージョンだ。ただ気持ち悪くなるだけでなく、悪化すると平常心が保てなくなり、最悪の場合は混乱のあまり、宇宙空間で無理矢理コックピットを空けて飛び出してしまった例もある恐ろしいものなのだ。
「あっ、ありがと」
情けなくて恥ずかしい気持ちで一杯だけど、危ないところを助けて貰ったので、フラムにお礼を言う。
『慣れるまでは、テイクオフ時に目印をしっかり見つめていろ』
「目印?」
『そうだ、基準が有れば、少なくとも上下感覚のブレは軽減される。俺を目印にしろ』
「フラム……分かった」
オレが何かをする度に、フラムがどんどん先に行っている事を思い知らされてしまう。
『こちらウィング0、全機無事に出られた?』
フラムの映る小ウィンドウの隣に、母艦にいるリラちゃんが表示される。
『こちらウィング1。全機問題ない』
フラムが短く答える。
『なら良いわ。今日の船外活動は二時間よ。沢山回収してちょうだいね』
『了解』
『了解です』
フラムとシャンス先輩に続いてオレも同じ返事をする。
「りょっ、了解!」
そう言うと、フラムとシャンス先輩のウィンドウが消える。
残ったのはリラちゃんのウィンドウだけ。
『ヴァン、頑張ってね』
「あっ、ああ」
それだけ言うと、リラちゃんのウィンドウも閉じてしまった。そうだ、落ち込んでても始まらないし、リラちゃんに良いところ見せないと!