第二章 Cランクのプライド(その2)
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「それにしても、何でわざわざHUBなんてメンテナンスに手間のかかるもんを使うんだろうな」
慣れない手つきで部品を並べながらコーズが呟く。
今日はフラムとリラちゃんとシャンス先輩が午後の授業に行っているので、一年生はカノン先輩の手伝いで、機体のメンテナンスをしている。
「どうやら貴様は本当の阿呆らしいな。よくこのスペアカに入学できたな」
いつの間にかオレとコーズとユミディナの後ろに、カノン先輩が腕を組んで立っていた。
「うわっ、兄貴! 自分は兄貴の仕事を否定したわけではないっス。ただ、戦艦や戦闘機を中心にした方が、メンテナンスもしやすいっスよ。それに、HUBはパイロットの技能に依存するところが大きくて、やっぱり大量生産するような兵器とは思えないっス」
慌ててコーズが立ち上がって弁明する。
「ほぅ、貴様なりの考えが有っての発言であったか。自分なりの考えに基づいて疑問点を考察するのは良い姿勢だ。だが、その回答については既に授業で触れられている筈だ。まさか、聞いてなかったのではないだろうな?」
眠たそうに半分閉じられた葡萄色の瞳の奥が光る。
「えっと~それは……」
「何だ、授業もまともに受けられないのか。では他の者に……」
その瞬間、隣で座っているユミディナがさっと瞳を下に向ける。
「……こんな事では、先が思いやられるな。ではヴァン、貴様は授業中に居眠りする度胸も無さそうだ。どうせぼんやりと聞いていたのであろう」
くっ、確かにぼんやりと聞いていたさ。でも、結局聞いていても聞いていなくてもけなされるのかよ。
「はい、聞いてました」
「では、この阿呆どもに説明しろ」
「えっと~」オレは先週の授業内容を思い出しながら話す。「オレ達にとっての一番の脅威って何だか分かるか?」
「定期テストだな」
「貴様、どうやら躾が必要なようだな」
良かった、オレがつっこむ前にカノン先輩がつっこんでくれた。ってか、このチームって基本的にツッコミがオレしか居ないんだよな。たまに他の人にボケを拾って貰えると心底ほっとする。オレは気を取り直して話を続ける。
「……って言うか、この第三宇宙域宇宙軍にとっての一番の脅威って何だか分かるか?」
「それは、やっぱりビーネテラですわね」
「その通り」
ユミディナの言葉に大きく頷く。
ビーネテラとは、技能が未熟だった頃のテラフォーミングが弊害で誕生した新生物だ。その起源は地球の蜂とされている。性質も蜂に近いが、酸素ではなく、宇宙空間内の塵を栄養源に出来るため、宇宙での移動が可能だ。更に、その大きさも三から二〇メートル程度と元の生物に比べて巨大化している。人工物を改良して自分たちの住処にする習性があり、人類は度々被害を受けている。
「HUBって言うのは、Humanoid Ultimate Bearの略で、対ビーネテラ用人型究極兵器って意味なんだよ」
「「へぇ……」」
……こいつら、本当にどうやって入学したんだよ。
「とにかく、ビーネテラと戦うための機体なんだよ。集団で行動するし、複雑な動きで襲ってくる。戦闘機の直線的な動きでは対処しきれない。そこで、より細かい動きが可能なHUBが開発されたんだよ」
「まぁ、無難な回答だな。HUBはこの第三宇宙域にしか存在しない形の機体なのだ」
「え? そうなんですか?」
それは初耳だ。
「ビーネテラが第三宇宙域にしか居ない特殊な生物だからな。人類というのは太古の昔から環境に合わせて進化してきたのだ。我輩はその進化の最前線に身を置いていることを誇りに思っている。そしてこの三号機は我輩の最高傑作なのだ!」
「一号機や二号機ではなく、三号機なんですか?」
「そうだ。三号機には我輩が設計したフェノメノンドライブを搭載しているからな」
「フェノメノンドライブ?」
初めて聞くシステムだ。多分教科書には載ってないんじゃないかな。見たこと無いし。ざっくり予習した感じだけど。
「聞いた事がないのも無理はない。我輩が発明者だからな。フェノメノンドライブは高次元事象化結晶を核とした出力機関だ。原理としては、流れ落ち続ける滝の位置エネルギーを封じ込めた結晶体なのだ。結晶体からエネルギーだけを取り出す方法は以前からあったが、結晶体は常に位相が変化しているため、安定してエネルギーを取り出せなかったのだ」
何やらややこしい話になってきたので、ユミディナは枝毛を探し始めた。オレも一瞬意識が遠のきかけたが、隣でコーズがあんまりにも目を輝かせているので、オレも姿勢を正す。
「おい、コーズ」
小声で呼びかけると、コーズが視線だけこっち向ける。
「何だ?」
「お前、カノン先輩が何を言っているのか分かっているのか?」
分かっていたら、もっと簡単に説明して欲しい。
「分からんが、兄貴が凄いのは分かっている」
「…………」
一瞬でもこいつに頼ろうとしたオレが馬鹿だった。しかし、カノン先輩はそんなオレ達にお構いなしに説明を続ける。
「そこで我輩は、流れ落ちる滝に水車を取り付ける原理でエネルギーを取り出したのだ。……もっとも流れ落ちる滝の位置が常に変化するから、安定した出力が得られんがな。その欠点を補う為、粒子循環システムを組み込み、出力を保つ仕組みがフェノメノンドライブである」
「はぁ……」
だめだ、よく分からん。どうして技術者は一般人に分かりやすく説明しようという気持ちが少ないんだろう。いや、多分、水車の例えがカノン先輩なりの優しさなんだろうけど、優しさが高度すぎてオレにはかみ砕けん。
「要はエネルギーを滝、制御装置を水車とすると、フェノメノンドライブはそこで発電したものを溜め込む電池って事ですわね」
ユミディナが枝毛を切りながら呟く。
「おっ、貴様はなかなか飲み込みが良いな」
「有り難うございます。ですが、カノン先輩の例えはこの二人には少し高度すぎますわ」
授業もあんまり聞いてない奴に言われたくないけど、実際ユミディナにかみ砕いて貰わなかったら、何が何だか分からなかったな。意外と頭が良いのかも知れない。そうだよな、そうじゃなきゃオペレーターは勤まらないか。
「兄貴……自分はそんな兄貴のお側に入れることが誇りっス!」
「ええい! 抱きつくな!」
感動の余り飛びかかろうとするコーズの太ももににカノン先輩が回し蹴りを決める。痛そうな音が響く。
「おい、貴様。何故避けぬ?」
あまりの音にカノン先輩も少し心配そうにコーズを覗き込む。
しかし――
「兄貴~! 自分のことを心配してくれるなんて、感激っス!」
――全く効いていなかったようだ。
「我輩の蹴りであっても、あれだけキチンと決めれば相当な衝撃の筈だ。貴様、何故平気なのだ?」
「自分、丈夫さだけが取り柄っス。それに、鍛えてますから!」
「分かった! 分かったから、こっちに来るな!」
珍しく逃げ惑うカノン先輩の様子をユミディナと見つめる。
「ユミディナ、意外と頭良いんだな」
「失礼ですわね。これでも努力していますわ。そうじゃなきゃ、お姉様の側には居られませんわ」
確かにここに居続けるというのは相当な努力と覚悟が必要なのかも知れない。
「そういえば、どうして最凶のCランクなんて呼ばれているんですか? それにみんな物々しい二つ名まであるし……」
丁度リラちゃんたちも居ないし、カノン先輩は何だかんだ言って色々教えてくれるから質問しやすくて、ついつい今まで気になっていた疑問を口にしてしまう。
「何だ、そんなことも知らずによくこのチームに所属していられるな」
「すみません……」
「信じられませんわ」
「流石に勉強不足すぎるだろう」
ユミディナとコーズが好き勝手言う。っていうか、まともに授業を聞いていないお前等には言われたくないセリフだよ、マジで。だけど実際知らないんだから、言い返すこともできない。そんなオレたちの様子を気にせずに、カノン先輩が続ける。
「毎年秋の文化祭でチーム毎にトーナメント戦をするのが、このスペアカの名物行事なのだ」
「はぁ……文化祭というより、戦闘祭りですね」
「さて、作業に戻るか」
「すみません! 変な合いの手入れませんから!」
「全く、仕方のない奴だ。とにかく去年のトーナメントで我々はかなり目立ってしまったのだ」
「目立つって……」
「一、二回戦はAランクのチームに圧勝。続く三回戦ではSランク第九位のチームに辛勝。準々決勝まで進んで、ジョセフィーヌ先輩たちのアルテミスに惜敗したのだ」
「マジッスか?」
たった四人の新設チームでそこまで進んだら、そりゃあ注目も集めるだろう。
「マジだ。それに、そのトーナメント中、リラが操るアズライトは一歩も動かずに三回も勝利し続けだのだ。指揮官を狙うのは定石だからな。どのチームもリラを狙ったが、遠距離攻撃はシャンスがライフルで撃ち落とし、近付こうとすると、それより格段に素早くフラムに攻撃される。惜敗したアルテミス戦でもその陣形は崩さなかった。ダメージ量による判定負けになったがな」
「凄い……」
想像以上の凄さに言葉が続かない。
「全く動かずに勝利を続けたリラは麗しき悪夢)、素早い攻撃で相手を圧倒し続けたフラムは最速の矛、ライフル攻撃をライフルで防ぐシャンスは撃ち落とす盾という二つ名が付き、そんな一年生軍団の我々は最凶のCランクと呼ばれるようになったのだ」
もっと色々逸話がありそうだったが、丁度終業のチャイムが鳴ったので、話はそこで途切れてしまった。いや、続きは聞かなくて正解だろう。これ以上、自信を無くしたくない。