第二章 Cランクのプライド(その1)
第二章 Cランクのプライド
*
『そんな気の抜けた操縦で、宇宙になんか出られないぞ!』
スピーカー越しにフラムの怒鳴り声が響く。
「分かってるよ! こっちだって、別に手を抜いてる訳じゃ無いんだから、大声出すなって」
『分かってないだろ。ブロック拾い一〇〇個追加だ!』
「ひえぇぇ、マジ勘弁してよ~」
『無駄口叩く度に、一〇ずつ追加するぞ』
「うっ……」
ウィングスに仮入部して、早半月が経過した。
この半月は本当に怒濤の如く過ぎ去っていった。
毎朝六時に起床して、ジョギング、水泳、筋トレ。終了したら、宿舎で朝食を取る。髪の毛だけは何とかセットする。
その後、校舎へ向かうが、フラムに浮遊型ボートは使ってはダメだと言われているので、これもダッシュで移動。
睡眠学習になりつつある午前の授業を何とかこなし、午後は専門授業がなければ、食堂で昼食を掻き込んで格納庫へ急ぐ。
その日のトレーニングメニューを確認し、一年が中心になって準備をする。
何でもSやAランクのチームはそれだけ新入部員も多く、雑用も大変ではないらしい。その分、母艦に乗船できない所謂二軍になる部員も多いらしい。まぁ、ウィングスで二軍の心配だけはないな。せめて適正人数と言われている十人にはなって欲しいが、オレたち三人以外に新入部員が入る気配は無さそうだ。
オレがまともに三号機を動かせるようになってからは、HUB用演習場でのブロック拾い訓練が続いている。なんて軽くいっているが、実際まともに動かせるようになるまでも、もの凄く大変だった。で、オレが操作に戸惑う度にリラちゃんに「ゆっくりで大丈夫」なんて言われるし。そう言われてゆっくり操作なんて覚えてられないだろう。まぁ、早く覚えたらリラちゃんも驚いてくれたし、良かったんだけどさ。
そんで、最近ずっと行っているブロック拾いとは、演習場内に隠された、様々な形をした巨大ブロックを探して、拾い集める訓練だ。オペレーターがブロックを探し、HUBを操縦してパイロットが拾い集め、母艦で回収する。
演習場も幾つかあって、足場が悪い演習場しか借りられないとか言って、上手く操縦しづらい場所ばかり選ばれている。
「もっと良い演習場を借りればいいのに……」
『ちょっと、ヴァンったら余計なこと喋ると、またブロック追加されますわよ!』
今度はユミディナの甲高い声が耳をつんざく。良く通る声だけに頭に直接響く。ユミディナはいつの間にかオペレーターになったらしい。確かに声も良く通るし、あっているのかもな。
「でも、こんな足場の悪い演習場じゃなくて良いじゃん! ユミディナは操縦してないから気にならないのかも知れないけどさ」
ポイントというのは校内で利用できる通貨のようなものだ。出席日数や、テスト・課題の点数。それにチームで依頼をこなすことでもポイントを稼げる。
ポイントは校内で食事をしたり、文房具や機材を購入したり、学校を通してコロニーの通貨と換金すれば、外で買い物も出来る。その他にも様々な使い方が有る。
『何ですって!? こっちだって、変な磁場を出すブロックが混ぜられていて、見つけるのが大変なんですのよ! 力尽くで探している貴方と一緒にしないで頂けますか?』
しかし、更に大きな声で騒ぎ立てられてしまった。
「力尽くだと!? そっちがはっきりした座標を示さないから、こっちが力尽くで探してるんだろ」
『おい、二人ともいい加減にしろ!』
反対側のスピーカーからドスの効いたコーズの声。しかも、スクリーン全面に強面の顔が映される。一ヶ月の付き合いで随分話が出来るようにはなったけど、アップは流石に怖すぎる。
「でも……」
『そうは仰いますが……』
『うるせぇ! ガタガタ言い訳してんじゃねぇよ』
反論しようとするオレとユミディナの言葉をピシャリと遮る。
「コーズ……」
『コーズさん……』
確かにこうして喧嘩していても始まらない。コーズが一番大人だ。流石、母艦の操縦を任されるだけある。オレは恥ずかしくなってしまう。
「悪かった」
『……気にするな。それより、オレの後ろでリラ先輩が無駄口数をカウントしているんだ。これ以上喋るな』
「『え?』」
オレとユミディナの声が重なる。
そして、スクリーンに映るコーズの後ろには笑顔のリラちゃん。その隣には何やら不吉な正の字が書かれたホワイトボード……。
「リラちゃん?」
オレの声を聞いて、リラちゃんが正の字の一画を追加する。
あんなに可愛い顔をしているのに、まるで鬼だ。鬼過ぎる。そう言えば、リラちゃんって麗しき悪夢)なんて物騒な二つ名だったな。あの二つ名は何かの間違いで有って欲しいけど、こんな事があると、もしかしたら本当なのかなって、嫌な想像をしてしまう。いやいやいや、でもこんなに可愛いのに悪夢なんて二つ名あり得ないし。
とにかく、今は目の前の課題をこなすしかない。
「ううぅ」
声を出すとまたブロックが増えるので、やり切れなさを呻き声で表現する。
……嗚呼、今日も宿題して寝るのは夜中かな?
*
『……第二二地域を出発して依頼行方の分からなくなった巨大旅行シャトル、ジャルダンは調査団が引き続きその行方を捜しております。ワームホールに巻き込まれた可能性も視野に入れ、更に専門家を揃えた第二調査団の派遣も予定されております。さて、次のニュースです。今年大人気のイグアナグッズの紹介です! それではイグアナ界のアイドル、イグ美ちゃんのファーストシングルをBGMにご覧ください!』
「おいヴァン、飯の時はテレビを消せ」
フラムが不機嫌そうにオレを見る。
「だって、飯の時くらいしかテレビ見る時間無いじゃん。これじゃあ教室でみんなの話について行けないってば」
「フラムはご飯の時はみんなで話がしたいのよ」
リラちゃんがフラムとオレのおかわりをよそいながら微笑みかける。
「何かリラお姉様はお母様みたいですわね。いえ、寧ろ聖母ですわ」
ユミディナがリラちゃんの手伝いをしながら呟く。よくまぁ、そんなセリフが出てくるな。
「じゃあ、フラム先輩はお父さんっスね」
「え?」
ユミディナのボキャブラリーに感心していると、コーズがお茶碗を差し出しながらそう続ける。その言葉にリラちゃんの表情が一瞬固まる。
落ち着かない様子でオレの顔をチラチラと見つめてくる。当のフラムは聞こえていなかったのか、三杯目のご飯を掻き込んでいる。何だよ、フラムも何かフォローしてやればいいだろ?
リラちゃん心細そうにしてるじゃんか。
一ヶ月一緒に生活して気づいた事がある。
リラちゃんとフラムは本当に息がピッタリなのだ。勿論、同じ二年生のシャンス先輩やカノン先輩とも良い連携は取れているけど、リラちゃんとフラムの呼吸はちょっと別次元な感じがする。
「あっ、ソースね」
「おう」
丁度、リラちゃんがフラムのためにソースを用意する。フラムが何も言っていないのに、絶妙のタイミングで声をかけている。いつもこんな感じなのだ。
あ~あ、オレがもう少し早く産まれていればなぁ。こんなに差をつけられることもなかったのかなぁ。
「あれ、ヴァン?」
仲良さそうに微笑み合う二人をぼんやりと眺めてると、不意にリラちゃんと目が合う。
「?」
「やだ、お弁当付けてるわよ」
そう言って、桜色の爪をした指先がオレの頬をかすめる。どうやらオレの頬にご飯粒が付いていたみたいだ。ちょっと恥ずかしいけど、そこまでは良かったんだ。
けれど、その後の行動にオレは目を見開いてしまう。
「え?」
なんとリラちゃんがオレの頬から取ったご飯粒を、何の迷いもなく自分のサクランボ色の可愛らしい口元へと運んだのだ。
「……あっ、ゴメンね。つい……」
驚いたオレの様子を見て、リラちゃんも自分の行動の意味に気づいたみたいだ。気まずそうに目を逸らしてしまう。いや、全然謝ってくれなくて良いんだけど。
だけど、何かオレって男扱いされてないのかな?
フラムがお父さんで、リラちゃんがお母さんなら、オレはさしずめ子供って所かな。あ~あ、もう少し早く産んで欲しかったよ、ほんと。あっ、でも、オレ十一月生まれだった。あと八ヶ月前倒しは流石に無理か。じゃあ、リラちゃんがもう少し遅く産まれても……。ってか、学年の壁はどうしてこんなに厚いのだろう。放課後は殆ど一緒だけど、やっぱりフラムや他の先輩たちとの会話に入れないことも多々ある。
「はあぁぁ」
「そんなに嫌だったなんて、ほんとゴメンね」
「ん?」
気がつくと、リラちゃんが泣きそうな顔でオレを見つめている。どうしたんだ?
「だって、そんな大きな溜息吐いてるじゃない。ご飯粒取られたのが嫌だったんでしょ?」
「いやいやいや、これは違うんだってば」
「お姉様に何たる無礼! この場で叩き切って差し上げますわ」
すかさずユミディナが食って掛かってくる。
「女の子を泣かせるなんて、ヴァン君も罪な男ですね」
「泣き顔を見たくてわざとやったと見たぞ。貴様、随分良い趣味をしているではないか、実に我輩好みだ」
何だか分かんないけど、シャンス先輩とカノン先輩もニヤニヤとこちらを見ている。
ったく、何なんだ。このチームは……。誰かフォローしてくれよ!