第一章 最凶のCランク(その4)
――ガイィィーン!!
高度セラミック製の扉がもの凄い勢いで開かれた。重い鍋を落とした時の何倍も大きい金属同士がぶつかる音がハウリングする。
「何だ、一体?」
音のした方を振り返ると、大柄な男子生徒が仁王立ちをしていた。
今時、バッチリ決めたリーゼントという特徴のある髪型。そして、恐ろしく鋭い瞳がオレ達を射貫く。髪も瞳も漆黒なんてなかなか見ないな。……って、今さっきと同じ状況じゃん。
「げっ! コーズ・シャルボン……」
違うクラスだけど、一年の間ではすっかり有名なその名を思わず声に出してしまう。
一声かけるだけで二千人の手下がやって来るだの、倒した敵も泣かした女も三桁を超えるだの、恐ろしい噂が後を絶たない。
コーズ・シャルボンはオレの目の前に立つと、一度深呼吸をして――
――跳躍した。
「兄貴~~~!!!!」
「え?」
てっきり飛びかかられたと思い両腕で頭部を庇っていたが、恐れていた衝撃を受ける様子が無く、恐る恐る瞳を開くと……。
「ぬっ、コーズ。離れろ、躾けるぞ」
「そんなこと言わないでくださいっス。自分は兄貴のお側に居る為に一日十五時間も勉強したたんスよ! 滅多にコロニーにもにも帰って来なくて、自分は……自分は……」
コーズ・シャルボンがカノン先輩に抱きついていた。二人の身長差は二五センチ程度か。まるで大人と子供だな。しかも、しがみついているのが大きい方と言うのが、恐ろしい状況だ。
「そもそも、一日十五時間の勉強が必要なのは、貴様が二年まで遊んでいたからであろう」
ってか、みんなギリギリまでやらなすぎだって。中学一年から普通に毎日勉強してれば、そこまで無茶しなくても受かるだろ。
「みんな凄いなぁ」
「え?」
感心したようにフラムが呟くので聞き返す。
「だって、一日十五時間勉強したんだろ?」
「それはリラちゃんやカノン先輩も言ってたけど、日頃から普通に勉強していれば……」
「俺は一日十六時間勉強してギリギリ合格だったぞ。二人とも頭良いな」
「え? フラム?」
「ずっと部活中心だったからな。引退してから受験勉強したんだ」
「あっ、あははは……」
それにしたって、一日十六時間って。逆に一日四時間くらいの普通の受験勉強だったオレがおかしいみたいじゃないか。
「私はそんな無茶してないからね」
青ざめるオレの袖を引っ張りリラちゃんが耳打ちする。
くぅう、ちょっと背伸びしてまで耳打ちしてくれるなんて、優しすぎるよ。しかも良い匂いするし。そうだよね、昔からしっかり者だったリラちゃんが、そんなにギリギリな受験勉強するわけ無いって。
「僕も、あと確かカノンも常識の範囲内で受験勉強してるから大丈夫ですよ」
その様子を見てシャンス先輩もフォローしてくれる。やっぱりそうだよな、あっちが無茶苦茶なんだよな。
ほっと一安心していると、また少し離れた所に居るカノン先輩達の声が大きくなる。
「まさか兄貴がスペアカに行くなんて思わなかったんスよ」
「我輩がスペアカに行こうが、貴様には関係ないであろう」
「兄貴の居る場所が自分の居場所っス! 最低だった自分に道を示してくれたのは兄貴っス。」
勢いをそのままに、コーズ・シャルボンがオレ達の方を振り向く。
「ぎゃっ」
いけね、変な声出しちゃった。だって、すっげー目つき怖いし。ってか、完璧に裏世界の人に見えるよ。ほんとに士官学校生かよ?
「自分、このチームに入るっス。よろしくお願いします!」
「何?」
カノン先輩が眉を顰める。
「おい、お前」
「貴方はフラム先輩っスね。自分はコーズ・シャルボン、カノンの兄貴を追いかけてここに来ました。何でもするんで置いてください」
「そうか。じゃあ仮入部しろよ」
「ほんとっスか?」
「フラム。勝手に話を進めるでない」
カノン先輩が抗議するが、フラムは一人納得したように頷くだけだ。
「ああ、彼がカノンの中学時代の追っかけですか。確か故郷のコロニーで不良のバイクを直したら懐かれたとか何とか……」
シャンス先輩がポンと手を叩く。
「シャンス、余計な事を言うな」
すると、カノン先輩が応える前にコーズが素早く口を開く。
「兄貴は自分の話を外でもするくらい、大切に思ってくれていたんスね! 自分もっス! この感動をどう表現したら……そうっス! ハグしかないっス! 兄貴……って、どうして遠くに行くんスか?」
でも、コーズ・シャルボンは恐ろしく好意的に解釈したらしい。さっきもそう思ったんだが、このポジティブ思考は本当に羨ましい。
「おっお前、ヴァン・オールじゃないか?」
不意にコーズ・シャルボンがこちらを振り向く。オレに対してもあの怪しい敬語を使われたらどうしようとか思ったけど、どうやら杞憂で済んだようだ。
「え? どうしてそれを?」
「今日、大騒ぎになっていただろ」
コーズ・シャルボンがオレの事を知っているとは驚きだ。そう言えば、今日騒ぎを起こしちゃったんだな。何か色々有って忘れかけていた。
「ああ、ヴァン・オールだ。ヴァンで良い。オレも今日から仮入部したんだ」
「自分はコーズ・シャルボン。コーズって呼んでくれ。それで、ヴァンは何の担当で仮入部したんだ?」
「あっ……」
そう言えば、オレは何の担当なんだろうか?
疑問を口にしようとした瞬間、思わず高度セラミック製の扉を凝視してしまう。
話を進めようとして二度も妨害されたんだ。疑心暗鬼になっても無理はないだろう。だけど、今度は何も起こらなそうだ。
「ん? お前何してるんだ?」
フラムが不思議そうな顔でオレを見る。
「だって、このパターンはあと一人くらい来そうじゃない?」
「何言ってるんだ、お前?」
呆れたように笑われてしまった。
「何だよ笑うなって~。って、そうそうオレは何の担当で仮入部なんだ?」
「そっか、言ってなかったな……っと、その前に一つ試してみたい事があるんだ」
そう言うと、フラムは奥の部屋へと続く扉に向かって歩き出す。
「試したい事って……」
オレも慌てて追いかける。
扉を潜るとそこには――
「うわぁ! すげー!」
美しく磨き上げられた三体のHUBと、同じくピカピカの母艦があった。
資料集や遠目では見たことがあったが、こんなに間近でHUBを見たのは初めてだ。HUBは一五メートル程の大きさで、白を基本色にしていて、サイドには01、02、03という機体番号とラインがそれぞれ違う色で描かれている。
「これがウチの機体だ。ラインが赤いのが一号機のロードナイト、俺の機体。隣の黄色いのがシャンスの二号機、ドラバイト。で、一番奥の青いのがリラの三号機、アズライトだ。あと、あのでっかいのが母艦のクリアスピネルだ」
フラムが指をさしながら嬉しそうに紹介してくれる。
三つの機体はベースこそ同じだが、その装備は大きく違っている。まだ専門の授業を受けていないが、大体の装備はわかりそうなので、一つずつ丁寧に観察する。
一号機は右手にライフル、左手にシールド、背中には翼がついている。更に腰に大型の剣を提げているのが特徴だ。
二号機は右手に大型のライフル、左手に同じく大型シールド。シールド裏には大型のガドリングキャノンが取り付けてられている。その他にも両肩にも大型のキャノン、腰と足にはミサイルポッドを装備している。この機体にも背中には翼があるが、翼と言うよりは薄いコンテナのような印象だ。
三号機の右手もライフルだ。サイズは一号機と二号機の中間くらいだ。左手に小さいシールドを装備。他に目立った装備は見当たらない。一号機や二号機に比べて装備している武器の数が圧倒的に少ない。しかし、背中には一際大きな翼が折りたたまれている。よく見ると、肩や腰、足にも大小の翼があり、他の二機よりもセンサーが多くの取り付けてられているのが特徴だ。
「リラ、ヴァンを三号機に乗せてやれ」
オレが機体を見上げている間に、フラムが後からフロアに入ってきたリラちゃんに指示をしていた。いつの間にか他のメンバーもフロアに入って、それぞれ機体を眺めていた。
「ちょっと、いきなり三号機に乗せるの?」
リラちゃんは不安そうな顔でフラムに確認する。
「ああ、お前が一緒に乗れば大丈夫だろ?」
「一緒にって、どうやって?」
「お前ら、二人位なら入れるだろ?」
「一緒に座るって事!?」
「そうしなきゃ確かめられないだろうが。今年もリラが操縦するって言うなら別に良いけどな」
「……分かったわよ」
どうやら二人の話し合いは終わったみたいだ。リラちゃんは落ち着かない様子でオレの前に歩み出る。何か顔も赤いし、目も合わせてくれないし、どうしたんだろう? オレ、何か怒らせる事しちゃったかな?
「ヴァっ、ヴァン。いっ今から、試しに三号機へ乗ってもらうわね」
「乗るって言っても、オレ操縦したこと無いよ」
「わっ、私も一緒に乗るから、それはだっ大丈夫よ」
何か、凄いおどおどしてるし、噛みまくってるけど、大丈夫なのかな?
心配しつつも歩き出すリラちゃんの後ろに着いていく。三号機の足元に着くと、リラちゃんは三号機の足に着いた小さな扉をスライドさせ、スイッチを押す。すると、コックピットが開き、そこから簡易エレベーターが降りてくる。エレベーターと言っても本当に簡易的で、ワイヤーにハンドルと、小さな足場が用意されているだけだ。コックピットまでは十メートルくらい有るし、これに乗るのは慣れないと結構怖いんじゃないだろうか?
「一緒に乗って」
慣れた手つきでハンドルに掴まりながら、リラちゃんが空いた方の手をオレに差し出す。相変わらず顔が赤い。
「あっ、ああ」
照れくさかったけど、他の奴らもこっちに注目していたので、極力平静を装いながらリラちゃんの手を握る。オレの手より大分小さいし、凄くすべすべしていて柔らかい。ほんと、全然違う。
「足も置かないと、落ちちゃうわよ」
そう言ってリラちゃんが狭い足場を少しだけ空けてくれる。と言っても、両足がやっと入る程度の足場なので、二人で足を置こうとすると片足ずつになってしまう。
「あっ」
「おっと」
リラちゃんがバランスを崩したので、思わず細い腰に手を回してしまった。まるで抱き合うような形だ。
「お姉様に触るなんて無礼千万ですわ!」
「まあまあ」
何やらユミディナが騒いでいるが、シャンス先輩が押さえてくれているようだ。
「……それじゃあ、上がるわよ」
俯いたままリラちゃんがハンドルを操縦すると、簡易エレベーターが動き出す。
「結構揺れるね」
「危ないからちゃんと掴まっててね」
言われなくてもこんなラッキー手放せませんよ。本当はもうちょっとこうしていたかったけど、残念なくらいあっという間にコックピットへ着いてしまった。もう少し高さがあっても良かったな。でも、落ちたら危ないか。
「先に座って」
一人乗りの機体なので、当然座席は一つしかない。先も後もない気がするんだけど、言われたとおりにシートへ腰を下ろす。
「ねぇ、リラちゃんはどこに……うわっ!」
なんと、リラちゃんがオレの足の間に入ってきて、そのまま座ってしまった。素早く起動用のカードを差し込む。
二人が座ると、コックピットは閉じてしまった。