第一章 最凶のCランク(その3)
*
スペアカの敷地はとにかく広大だ。
一学年十二クラスで少し人数は多いが、校舎そのものは一般的な学校とさほど変わらない。しかし、外の敷地が広大なのだ。演習場やチーム毎の格納庫。それに、格納庫に併設されている居住スペース。
「結構遠いんだな。確かランクの高いチームほど校舎に近いってことなんだっけ?」
浮遊型ボートに乗りながらオレは格納庫群を仰ぎ見る。
「おっ、ちゃんとオリエンテーション聞いてたんだな」
「もぅ。フラムと一緒にしちゃダメでしょ?」
「何だよ、そりゃ」
「だって、去年全然聞いてなかったわよ」
「リラが聞いてたんだから、良いだろ」
二人が楽しそうに思い出話を始める。それに加われないもどかしさと同時に気になる事が……。オリエンテーションはクラス毎に行われるって事は……。
「あれ? 二人は同じクラスなの?」
「そうだ」
「うん」
うわっ、間髪入れずに、しかも同時に返事してきたよ。どれだけ息ぴったりなんだ。
「ほら、もう着くわよ」
リラちゃんが指さす。
「ほら、ぼさっとしてないで、入れよ」
「おっと」
フラムに背中を押されて、格納庫へ放り込まれる。
『……調査団の奮闘も虚しく、第二二地域を出発した巨大旅行シャトル、ジャルダンの行方は依然不明です。さて、次のニュースです。今日の宇宙ペットは巨大イグアナのイグ美ちゃんです!』
「ぎゃっ!」
巨大立体テレビに映された、これまた巨大なイグアナが突然目の前に現れて、思わず声を上げてしまう。立体テレビ自体は一般的だが、このテレビはサイズが一般的ではない。
「大きくて驚いちゃうわよね。作戦会議でもモニターとして使うから」
「成程そういう事なんだ」
確かにワイドショーを見る為だけのテレビとしては、贅沢すぎる。部屋をぐるっと見渡すと、どうやらここはミーティングルームのようだ。巨大モニターの他に丸いテーブルや椅子、資料スペース等がある。
「おや? 仮入部の一年生を連れて来たのですか?」
立体テレビの前に座っていた生徒の一人が振り返る。 一年生は二学期になるまでは仮入部扱いなのだ。仮入部中は簡単にチームの移動ができることになっている。
振り返った男子生徒は同じ男から見ても一瞬ドキリとする程の整った顔立ちをした二年生が、深緑の瞳を細めて柔らかく微笑む。
「僕はシャンス・フェール。二年生で、二号機のパイロットをしています」
立ち上がると背まで高い。オレより一〇センチはでかい。まるで映画のワンシーンのような優雅な仕草で手を差し出される。輝く黄金色の髪が眩しい。眩しすぎる。
「ヴァン・オールです。この度は仮入部する事になりました。よろしくお願いします」
こういう時に面白い自己紹介の一つでも出来れば良いんだけど、そういうのは前の日から、何を言うのかをきちんと決めておかないと出来ない。その場の思いつきで笑いが取れる奴が羨ましい。オレに出来る事と言ったら、きちんと形式に則った無難な挨拶をする事くらいだ。はあぁ、我ながらツマラン奴だなぁ。
「……貴様、良い筋肉をしておるな」
「ぬわあぁっ!」
絶世の美男子に見とれていると、背後からふくらはぎをなで上げられる。飛び上がってから振り返ると、足下に小柄な男子生徒がしゃがんでいた。
「そんなに驚く事でも無いであろう」
「いやいやいや、いきなりふくらはぎをなで上げられたら、誰だってビックリしますよね?」
「やれやれ、少し肝が小さいようだな」
よっこいしょと立ち上がった男子生徒は、呆れたように溜息を吐く。やはりかなり小柄だ。流石にリラちゃんよりはちょっと大きいけど、オレよりは一〇センチは小さいんじゃないかな?
肩より長い萌葱色でふわふわの髪は無造作に束ねられており、濃い睫毛に縁取られた葡萄色の瞳は眠たそうに半分閉じている。
……え? この人本当に士官学校生なの? この前まで中学生だったオレが言うのも何だけど、中学生にしか見えない。
「え~と、あんたは……?」
「何だ、いちいち貴様のような一年に名乗らんとならんのか。仕方がないな。我輩はカノン・ペルルである。二年生だ。このチームのメカニックを担当している」
前言撤回。こんな喋り方の中学生なんて嫌すぎる。二人称が貴様だもんな。その前に一人称が我輩である事を突っ込むべきだろうか。
「ヴァン・オールです。この度は……」
「それは先程聞いた」
ですよね~。言いましたもんね~。いやぁ、これだけ物事をはっきり言えたら幸せだろうな。オレには無理だ。結局、そういうのって性格が良い悪いとかじゃない気がする。オレは人に嫌われたりするのが怖いんだろうな。何と思われても良いって開き直れるほど何かを持っている訳じゃ無いし。そういう意味ではフラムも凄いよな。暴走野郎なんていわれながらも目的のために妥協せず行動できるんだし……。
「えっと~、他の人はこれから来るの?」
元々楽観主義ではないので、どうしてもすぐに考えても仕方ないことを考え込んでしまう。気を取り直してリラちゃんに尋ねる。この短期間にうっすらと気づいた事がある。質問はリラちゃんにするのが確実だ。
「これで全部よ」
「って、四人しか居ないけど。もしかして、他の人達は卒業しちゃったの?」
「最初から四人だ」
今度はフラムがきっぱり応える。
「マジで!?」
「チームは四人以上だったら何人でも良いんだぞ。ちゃんとオリエンテーション聞いてたか?」
「聞いてたってば! 自分基準にするなよ」
それもそうかとフラムは軽く笑ったが、そもそもオレがこんなに驚くのだって無理もない話なんだ。
「各チームには母艦一隻とHUB三体が貸与されているんだろ? 四人しか居なくてどうやって分担していたんだ?」
HUBはハブと読む。当然蛇のハブでは無く、Humanoid Ultimate Bearの略だ。
何やら長ったらしい名前だが、要は人型の巨大ロボットだ。
「俺は一号機のパイロットだ」
フラムが自らを親指で示す。まぁ、そんな感じはしていたよ。
「じゃあ、リラちゃんが母艦を動かしていたの?」
「否、母艦はメカニックの傍らで我輩が動かしていた」
「動かしたっていっても殆どオートパイロットだろ?」
フラムが呆れたようにカノン先輩につっこむ。
「何を言うか、そもそもオートパイロットのプログラム調整を我輩が行っているのだ。間違いなく我輩が操縦していると言うことだろう」
「そう言われてみれば、そうだな」
「え? それじゃあ三号機は……」
「私が三号機のパイロット兼指揮官なの」
おずおずとリラちゃんが真っ白な手を上げる。
「リラちゃんがパイロットなの!? しかも、指揮官って!?」
「まぁ、メインは指揮官だが、とにかく三人はHUBに乗らなきゃダメだからな。一応リラにも乗って貰っているんだ」
「ああ、成程」
フラムの説明で納得しかけると、シャンス先輩が微笑む。
「一応なんて、リラに失礼ですよ。三号機はリラにしか動かせないのですから」
「リラちゃんにだけ……?」
――ガイィィーン!!
詳しく聞こうとした瞬間、高度セラミック製の扉がもの凄い勢いで開かれた。
重い鍋を落とした時の何倍も大きい金属同士がぶつかる音がハウリングする。
「何だ、一体?」
音のした方を振り返ると、小柄な女子生徒が仁王立ちをしていた。
両サイドにお団子を作って、余った胡桃色の髪は垂らすという特徴のある髪型。恐ろしく気の強そうな瑠璃色の瞳はギラギラしている。
「げっ! ユミディナ・キューイヴル……」
クラスメイトだから知っていると言うだけではなく、一年の間ではすっかり有名なその名を思わず声に出してしまう。
オレはキツ過ぎて好みじゃないけど、美人だってもっぱらの評判だったりする。あと、これはオレも感じたんだけど、声が凄く綺麗なのだ。
そんな訳で入学早々、結構な数の物好き達に告られているらしいんだが、みんなそろいも揃ってこっぴどく振られているそうだ。
教室で話した事もないし、クラスメイト以上の接点も思いつかないんだけど、凄い勢いで歩み寄ってくるユミディナ・キューイヴルの姿に、思わず身構えてしまう。
ユミディナ・キューイヴルはオレの目の前に立つと、一度深呼吸をして――
――跳躍した。
「お姉様~~~!!!!」
「え?」
てっきり飛びかかられたと思い両腕で頭部を庇っていたが、恐れていた衝撃を受ける様子が無く、恐る恐る瞳を開くと……。
「こら、ユミディナ。離れなさい」
「嫌です。あたくしはお姉様のお側に居る為に一日十五時間も勉強したのです! 全然中学にも来てくれないし、あたくしは……あたくしは……」
ユミディナ・キューイヴルがリラちゃんに抱きついていた。
「大体、一日十五時間も勉強しなきゃいけない程、三年生になるまで遊んでいたのが悪いのよ」
「だって、お姉様がエスカレーターで高等部に行かずに、スペアカに入学するからですわ!」
「だから、私を基準に進路を決めちゃダメよって、伝えたでしょ?」
「お姉様の居る場所が、あたくしの居場所です!」
余りの勢いにリラちゃん以外が唖然としていると、ユミディナ・キューイヴルがオレ達の方を振り向く。
「ひゃっ」
いけね、変な声出しちゃった。だって、すっげー目つき怖いし。
「あたくし、このチームに入ります」
「何を言ってるのよ?」
すかさずリラちゃんが声を上げる。そんなユミディナにフラムが話しかける。
「なあお前」
「何なんです? 貴方は? それにあたくしにはユミディナ・キューイヴルと言う名前があります」
「おお、そうか。俺はフラムだ。うちのチームはハードだが、問題無いか?」
「ええ、勿論ですわ」
「そうか、じゃあ仮入部しろよ」
「もう! フラムったら勝手に話を進めないでよ」
リラちゃんが抗議するが、フラムは一人納得したように頷くだけだ。
「ああ、この方がリラの中学時代の追っかけですか」
シャンス先輩がポンと手を叩く。すると、リラちゃんが応える前にユミディナが素早く口を開く。
「その通りですわ。リラお姉様は名門聖ラファエル女学園の象徴。全学生の憧れの的でしたのよ! それが、高等部には進学せず、何かと危険も多いスペアカに入学するなんて……。お側に居られなかったこの一年間。あたくしは生きた心地がしませんでしたわよ!」
「学園の象徴なんて大げさよ。それに、私は元々スペアカが志望校だったのよ。聖ラファエルは家が近かったから通っていただけよ」
「まぁ! 家が近いからなんて、お姉様ったらなんて素晴らしいんですの! ……それはそうと、あたくしは今、もの凄く感激しているのです」
「何が?」
リラちゃん、ユミディナにはかなり素っ気ないんだな。まぁ、向こうがしつこすぎるからだろうけど。
「お姉様は、あたくしの話を外でもするくらいに、恋しく思っていてくださっていたのですね! あたくしもです! この感動をどう表現したら……そうですわ! ハグしかないですわ! お姉様……って、どうして遙か後ろにいるんですの!?」
でも、ユミディナ・キューイヴルはとても好意的に解釈したらしい。このポジティブ思考が羨ましい。
「それで、貴方は何でここにいるんですの?」
ユミディナ・キューイヴルがオレの存在に気づいてしまったようだ。
「オレ?」
「そうですわ、同じクラスですわよね?」
「ああ、ヴァン・オールだ。ヴァンで良い。オレも今日から仮入部したんだ」
「名前は知っていますわ。あたくしはユミディナ・キューイヴル。ユミディナと呼んでくださって構いませんわ。それで、ヴァンは何の担当で仮入部なんですの?」
「あっ……」
そう言えば、オレは何の担当なんだろうか?
疑問を口にしようとした瞬間……