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デルタ・スクランブル  作者: かんな らね
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第一章 最凶のCランク(その2)


「なぁヴァン、最速の矛に勝ったって本当かよ?」

 教室に入った途端、クラスメイト達に囲まれてしまう。

「最速の矛? 何のことだよ?」

「すっとぼけてるんじゃね~よ! 最速のオーバー・ドライブって言ったら、あのウィングスのフラム・アルジャンの事に決まってるだろうが!」

「フッ君……フラム先輩のチームってそんなに有名なのか?」


 スペアカはその名の通り、宇宙軍の士官学校だ。

 実戦で使える人材を育成すると言う教育理念を掲げているだけあって、そのカリキュラムは独特だ。

 午前中は学年毎に共通の科目を学習。数学や歴史など所謂一般教養科目の授業。これは普通の高校とそんなに変わらないが、本当なら一日かけて習う内容を午前中のみで教わるため、かなりハードだ。

 そして、午後からは専門科目を受講する。パイロットであったり、指揮官であったり、希望の進路に合わせて授業を受ける。


 で、午後はもう一つやることがある。

 専門科目は必ずしも毎日入っているわけではない。午後の授業時間と放課後は、チームで作業をする事になっている。一般の学校で言うところの部活に近い集まりだ。生徒は、必ずどこかのチームに所属しないといけない。そして、活動実績に応じてチームのランクが決まる。ランクは四段階。上からSランク、Aランク、Bランク、そしてCランク。

 フラム先輩が所属しているチームはとても有名なようだ。ということは、やっぱり一番上のSランクのチームなのだろうか?


「そりゃあ、有名さ。何せ創立二年目にして校内にその名を轟かせているからな」

 すぐ上の学年に兄弟や親戚が居る奴らがこぞって説明してくれる。創立二年目ということは、流石に上位十チームしか入れないSランクはキツイだろう。その下のAランク位なのかな?

「それは凄い活躍をしたんだな」

 オレは感心のあまり大きく相槌を打つ。すると、クラスメイトのセドリックが意味深に微笑む。こいつは確か三年に姉が居るらしい。オレは弟と妹しか居ないから、こういう事前情報って全然入って来ないんだよな。ちょっと羨ましかったりもする。


「確かにある意味凄いな。ウィングス……別名、最凶のCランクって呼ばれてるんだぜ。因みにサイキョウのキョウは凶作の凶な」


「ん?」

 一瞬、思考が止まってしまった。今、かなり丁寧にとんでもないことを説明してくれた気がするのだが、気のせいだろうか?

「Cランク?」

 気のせいかも知れないけど、一応確認しておこう。

「ああ、最凶のCランクだ」

 セドリックは丁寧に訂正してくれたが、どうやら聞き間違いでは無さそうだ。

「でもCランクって最下位ランクだろ?」

「最下位っていっても、チームの半分はCランクだからな」

 確かに、先週のオリエンテーションでのチーム説明でもそう言われていた。まず、上位一〇チームがSランク。Sランクには漏れたけど、一五%以内がAランク。その下、五〇%までがBランク。それ以下は全部Cランクだ。

「まぁ、そうだけど。色々と逸話があるらしいぜ」

「あっ、私も聞いたことあるよ。去年の校内大会では指揮官が一歩も動かずにSランクのチームに勝ったらしいって」

「それにエースパイロットの最速の矛は入学時から色んなチームに引っ張りだこだったのに、一年の仲間でチームを設立したらしいな。もう一人は撃ち落とすシューティング・スターだってさ」

 校内に兄や姉が居たり、スペアカへの進学率が高い中学出身の奴らの間では、フラム先輩が所属するウィングスと言うチームは有名らしい。どうやら他にも沢山伝説があるようだ。

「フラムは一体何をしていたんだ……」

 感心するのを通り越して呆れるオレの肩をセドリックが叩く。

「ヴァンもこれから大変じゃないか?」

「どうして?」

「だって、最速の矛が噂の暴走野郎だったんだろ?」

「ああ」

「それを倒した一年生。注目集めちゃうな」

「倒したっつーか、追いかけっこみたいなもんだろ?」

「かなり激しいレースだったってもう噂になってるぞ」

「そうなのか?」

「見学者で溢れる前にその寝癖だけ直しておけよ」

 セドリックに言われて窓ガラスに映る自分の姿を確認する。

「げっ!」

 何だか頭頂部だけ何本か毛がはねていた。ううぅ。こんな頭でリッちゃん……じゃなかった、リラ先輩に再会していたのか。オレ、格好悪すぎるよ。



「おいおい、最速の矛に勝った奴ってどいつだ?」

「あの青っぽい髪した……」

「おいおい、あんな細っこい奴が? マジか?」


 ったく、人のこと好き勝手言いやがって。

 セドリックを始め、他のクラスメイトたちの忠告通り、休み時間の度に見学者が増えていた。

 何もしないのも手持ちぶさたなので、自分の紺青の髪をかき上げる。どちらかというと猫っ毛なので、指に絡みつく。スペアカに入学してからはきちんとセットしてくるんだが、今日は朝の暴走でそれも台無しになってしまった。しかも寝癖だったし。それだけは一応水をぶっかけて直したけど、ワックスも何も無いし、満足なセットはできなかった。猫っ毛と言えば、紺碧の瞳も猫っぽい形だとよく言われる。目がでかくて釣っていると言う事だろうか?

 そんなしょうも無いことを考えている間にも見物客は増えるばかりだ。


「あいつか? 最速の矛を投げ飛ばした奴は?」

 投げ飛ばしてねぇし。


「へぇ、普通に可愛い一年生じゃないの」

 普通に可愛いってどういう事ですか? 三年生のお姉様。


「最速の矛との痴情のもつれだって聞いたぞ」

 もつれねぇよ! そもそも、どうやってもつれるんだよ!


「「「きゃー、やっぱり?」」」

 色めきだつお姉様方にはどうやら、どのようにもつれるのかがイメージ出来ているらしい。頼むから詳細は口にしないで頂きたい。頼むから。


「オレは珍獣かよ……」

 午前中の授業が終わる頃には、すっかり精神的に疲れてしまった。


「お疲れ~。昼飯行こうぜ」

「今日からチーム見学始まるな」

「おい、どっから廻る?」

 席の近いセドリックたちが声をかけてくれる。


 入学してからの一週間はひたすらオリエンテーションで、三年間の学校生活の説明ばかりだった。今日から午前中も通常授業が始まり、午後は来週の専門授業開始まで、チームの見学時間に割り当てられている。


「おぅ。早くポイント稼いで豪華ランチが食べたいなっと」

 気を取り直して立ち上がろうとしたその時、


「そんなら、うちのチームに来い。腹一杯飯が食えるぞ」


 別に大声じゃないのに、妙によく通る声が教室に響く。

 声のした方を振り向くと、そこには仁王立ちが大変よく似合うフラム先輩と、その後ろでオレに手を振るリラ先輩の姿があった。

「うわっ、先輩たちどうしたんですか?」

 慌てて二人に駆け寄る。

「今更、先輩とか敬語とか使うな。俺達もお前の事、名前で呼ぶし。リラもその方が良いだろ?」

「うん」

 こちらの質問に答える前に注文が付く。確かにオレとしても、幼なじみを先輩って呼んだり敬語で話すのは微妙だった。だから、有り難い申し出なんだけど。

「で、フラムとリラ……ちゃんは何しに来たの?」

 何となくリラと呼び捨てに出来なくて、ちゃんづけをしてしまう。

「お前をうちのチームに迎えに来た」

 フラムが真っ直ぐオレを見てそう言い放つ。


「スカウト!? マジでか?」

「あのウィングスがスカウトに来るって、どういう事だよ!」

「しかもあれ、最速の矛と麗しき悪夢グレース・ナイトメアだぞ」

 教室内が騒然とする。


 ってか、リラちゃんの二つ名が麗しき悪夢って随分仰々しくないか?

 と言うか、フラムはともかく、そもそもどうしてリラちゃんにまで二つ名があるんだよ?

 けれど、そんな事を確認している場合では無さそうだ。教室中大騒ぎだし、野次馬もどんどん増えている。それもその筈だ。通常はチーム見学の時期に一年生がチームを廻って仮入部する。そして一学期終了までに所属チームを決める流れなのだ。

 わざわざスカウトに来るなんて、それだけでも珍しいし、それが話題沸騰中のウィングスとくれば、そりゃあ騒ぎにもなる。


「今年は設備も随分良くなったんだ。早くお前に見せたい」

「去年は創設したばっかりで何も無かったもんね」

 フラムの言葉にリラちゃんが微笑み返す。

「さあ、行くぞ」

「ずっと待ってたんだよ」

 フラムとリラちゃんがオレに手を差し出す。

 オレは嬉しくなってその手をぎゅっと掴みそうになるが、すんでの所で動きを止める。

 この手をそのまま握って良いのか?


 子供の頃はこの手に引かれて色んな所に連れて行って貰った。

 オレが一番小さかったからだろう、右手をフラムに引っ張って貰い、左手をリラちゃんに引っ張って貰った。

 時には冒険しすぎて三人で迷子になってしまうこともあった。

 それに、小学生達と遊び場を巡って喧嘩するなんていう無茶もした。オレは張り切って参戦したが、ボコボコにされてしまった。結局、側にいたリッちゃんに守られ、後から駆けつけて来たフラムが小学生達を倒して何とか無事だったなんて事もあった。

 いつも二人に助けられてばかりだった。

 十年経って、流石にリラちゃんよりはかなり大きくなった。フラムは相変わらすオレより少し大きい。それに体つきがしっかりしていて実際の身長差以上に見える。

 わざわざオレを呼びに来てくれたのは嬉しい。

 でも、差し出された手を掴むことが出来なかった。


「ヴァン?」

「どうしたの?」

 フラムとリラちゃんが心配そうに俺の顔を見つめる。そんな悲しい顔をさせたい訳じゃ無い。だけど、この手を掴むのは違う気がした。


 二人がゼロから創設したチーム。

 こうして二年目を迎えるまでの苦労は想像を絶するものだろう。きっと沢山の仕事をこなし、沢山のトラブルを解決してここまで来たのだろう。そんな苦労も一緒に味わうことなく、出来上がったチームに上がり込むなんて虫が良すぎる。それに、なんと言っても情けなすぎるだろう。オレは何もしていないのに、二人が一生懸命、居場所を作って迎えに来てくれたなんて。

 情けないだろう。


 瞳を閉じ、拳を強く握りしめる。小さく深呼吸をしてから、目を開き、フラムを真っ直ぐに見つめる。

「その申し出には応えられない」

 自分でも驚くくらい落ち着いた声が出せた。

 けれど、フラムとリラちゃん、それに周りで聞いていた生徒達も、オレが何を言っているのか分からないという顔をしている。

「どういう事だ?」

 フラムの目つきが鋭くなる。気圧されそうになるが、何とか堪える。

「言葉通りの意味だよ、あんた達のチームには入れない。オレが幼なじみだから誘ってくれてるのは有り難いけど……」

「馬鹿にするな」フラムがオレの言葉を遮るように言い放つ。「俺が何の為に朝っぱらから一年生を追いかけ回していたと思う?」

「え?」

 そう言えばそこまで考えていなかった。一年生をストーカーするのが趣味なんて言ったらはっ倒されそうだし、良い回答が思いつかない。だけど、自分のスピードに追いつけない一年生は、通学路で振り切ったまま放ったらかし。自分を追い抜いたオレの所にはこうしてスカウトに来た。

 と言う事は、まさか……。

「え~と、まさか……自分に勝った奴をスカウトするつもりだったとか?」

「そうだ」

 自信なさげに回答したが、あっさり肯定される。

「でも、オレは……」

 評価してくれたのは凄く嬉しい。でも、さっきあんなに格好つけて断ったのに、今更ほいほい入部しますなんて言えるはずもない。


「ヴァン、ごめんね」

 急にリラちゃんが申し訳なさそうに謝る。

「何でリラちゃんが謝るんだよ?」

「ヴァンはウチのチームが大変な所だって、もう知っているでしょ?」

 そりゃあね。最凶のCランクなんて素敵な名称も耳にしていますよ。ただ、なんて返事をすれば良いのかわからず微妙な表情を返すが、リラちゃんは肯定と受け取ったらしい。納得したように頷く。

「ヴァンは普通の学校生活が送りたいんでしょ?」

「え?」

「うちは訓練も依頼も凄く厳しいから。普通の学校生活を送りたいのだったら、ちょっと厳しいよね。私はヴァンと一緒に頑張りたかったんだけど……フラム行きましょう」

 フラムを促し、リラちゃんが教室を出ようとする。

「待てよ」

 気づいたら声を出していた。

「どうしたの?」

 リラちゃんが驚いたように振り返る。確かにどうしたのだよな。オレだってどうして声をかけてしまったのか、よく分からない。ただ、このまま帰してはいけないということはわかった。何も考えてないけど、呼び止めてしまったんだ。何か喋らないと。

「オレは!」

「ヴァン?」

 リラちゃんがきょとんとオレの瞳を眺める。

「オレは別に普通の学校生活なんて……」

 ここまで言いかけてオレは言いよどんでしまう。ここで勢いに任せてしまって良いのだろうか? 何やらここから前に進んだら後には引けなくなる気がする。いや、そもそもリラちゃんとフラムと一緒に強くなるためにこの学校にも入ったんだ。別に躊躇うことなんて無い。でも、そう思うのと同時にオレがそんなとんでもないチームでやっていけるのかも正直不安だ。

「無理しなくて良いわよ」

 オレのつまんない思考を全部見抜いているとばかりに困ったように微笑むリラちゃん。その可愛らしい表情にカッとなる。

「何勝手に決めつけてるんだよ! オレは二人と一緒に戦うためにここに来たんだ! 入ってやるよ! ああ、入ってやる!」

「ありがとう!」

「うわっ!」

 言葉と同時にリラちゃんが抱きついてくる。

 あれ、結局オレは誘導されてしまったのか? 何となく、何となくなんだけど、リラちゃんの麗しき悪夢って二つ名は伊達ではない気がしてしまった。

 そんな風に思わなくもないけど、さらさらな桃色の髪が鼻腔を擽りそれどころではなくなる。どんなシャンプーを使っているのか知らないけど、凄く良い匂いだ。それにしてもリラちゃんってこんなに小さかったのか。身長は女子の中では平均的だ。だけど、肩の幅とか手首の細さとか、オレとは全然違いすぎて驚いてしまう。細身だとは言われるが、やっぱりオレは男で、リラちゃんは女の子なんだなぁと、十年の重さを感じてしまう。それに、なんと言うか全体的に柔らかい。特にオレのお腹に当たっているリラちゃんの上半身が……。


「じゃあ、行くぞ」

 フラムがリラちゃんの腕を掴んで、オレから引きはがす。ちょっと残念だけど、このままくっつかれていたら色々とまずかった。

「行くって?」

「俺たちの格納庫ハンガーに決まってるだろ」

「でも、オレまだ昼飯食ってないってば」

「俺は午前中にちゃんと早弁しておいたぞ」

 呆れたとばかりにフラムが溜息を吐く。

「いや、そこ溜息付く所じゃないだろ!」

「取り敢えずおにぎりは作ってあるから、格納庫で食べましょう。ちゃんとした昼食は、空いた時間に学食へ行けば良いし、ね?」

「……分かったよ、行くよ。行けば良いんだろ?」

 リラちゃんの優しすぎる提案に、今度はオレが溜息を吐く。そんな様子を見て、二人は満足そうに微笑んだ。


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