第三章 血の気が多い奴ら(その4)
※11/12追記
11/11にこの話を抜かして更新してしまったので、11/12午前8時ごろ修正して、正しい順番で物語が読めるようにしました。
11日のうちに読んでくださった方は、この話から改めて読んでいただけると助かります。
お手数をおかけいたします。
*
一番近い宇宙港へ緊急着陸する。宇宙港では緊急警報が鳴り響いている。
『ビーネテラ多数捕捉』
『緊急着陸要請以外のハッチは閉めるんだ!』
『本日の旅行シャトルは全て欠航です』
ロビーに居た旅行客たちが大慌てで避難していく。ロビーの大型テレビには宇宙定点カメラでビーネテラの様子が映し出されている。
「私とフラムはスペアカ支部から報告要請が来ているから、すぐに出かけるわ。ヴァンはスペアカ提携の病院に行ってきなさい」
「別に何ともないって」
「ビーネテラの攻撃受けたでしょ。それに」
不意にリラちゃんがオレの髪に触れる。
「――っ痛」
「ほら、怪我してるじゃない。しかも頭。検査してきなさい」
「でも……」
「これ以上、命令させないで」
そんな泣きそうな顔で、そのセリフを言うのは狡すぎるだろ。
「……わかったよ」
オレが頷くのを確認すると、リラちゃんはシャンス先輩の方へ振り向く。
「あとのみんなはここに残っていて。シャンス、お願いね」
「了解。僕は他のパイロットみたいに駄々はこねないから安心してね」
「ふふ」
シャンス先輩の軽口で、ほんの少しみんなの緊張が解れる。
オレはフラムの浮遊型ボートに乗せられて移動した。市街地にある病院で下ろされると、リラちゃんとフラムはそのまま中心地にあるスペアカ支部に向かってしまった。もう少し学校の近くに宇宙軍の支部も造れば良かったのに、どうやら色んな力関係があって、適度に距離があった方が良いらしい。大人の事情って奴だろうか。
急患って訳でも無いし、普通にロビーで待たされる。
椅子に座った途端に、また力が抜けてしまう。暫く経って、やっと声が出せた。
「何もできなかった」
誰もオレのことを責めなかったけど、実際には迷惑かけ過ぎだろう。戦闘では一歩も動けず、勝手に怪我をして……。
「くそ!」
情けなくて、座ったソファーに拳を叩き付ける。
「病院内ではお静かにして下さい」
通りかかったナースに注意されてしまう。
「あっ、すみま……」
言いかけた時に、足元がぐらついた。
最初は頭も怪我してるし、貧血かと思ったが、違う。地震だ。
ロビーに置かれているテレビ映像も、周辺宇宙域の定点カメラからコロニー内に切り替わる。当然緊急放送だ。
『コロニー周辺を警護していた守備隊をくぐり抜け、ビーネテラがコロニーに侵入しました。現在大変危険な状態になっています。市民の皆さんは落ち着いて、建物内に避難して下さい。決して外には出ないように。市街地を中心に、現在宇宙軍と士官学校生たちが事態の収拾に努めています。繰り返します。決して外に出ないで下さい』
レポーターの背後に市街地の映像が映る。
スペアカの学生たちもかなり駆り出されているが、どこのチームもウィングスやアルテミスのように戦闘訓練を重ねているわけではない。特に今は年度初めで武装もキチンとしていないチームの方が多いくらいだ。いくら緊急事態とはいえ、こんな武装のチームまで出撃させるなんて。
駆け出そうとするオレの肩を先ほどのナースが掴む。
「どこへ行くんですか? 外出禁止令が出ていますよ。それに怪我してるじゃありませんか」
その腕をふりほどく。
「オレは行かなきゃいけない!」
ナースが怯んだ隙にロビーを駆け抜ける。
「あっ、君!」
「オレも士官学校生だ!」
病院にいたのなんて小一時間なのに、外に出たら状況は一変していた。宇宙港までは遠すぎる。まずは支部に報告に行ったリラちゃんたちと合流するのが先だ。HUBだけでなく、一般兵器も随分駆り出しているようだ。ビーネテラは元より、流れ弾に当たらないように支部へと向かう。しかし、まともに道が走れない。浮遊型ボートもフラムに乗せて貰ったから自分のは無いし。
『ヴァンよ、何故こんな所におるのだ?』
大きな影ができたと思ったら、頭上から声が聞こえる。見上げると、ジョセフィーヌ先輩のHUBオリオンがオレを見下ろしていた。
「ジョセフィーヌ先輩!」
『お主より戦闘力のない者たちも戦っているのだぞ。さっさとHUBに乗り込むのじゃ』
スピーカー越しに怒鳴られるが、こっちも負けじと大声を出す。
「その為に、支部へ向かってるんですよ! リラちゃんとフラムが報告に行っているんです」
「この非常時にわざわざ報告に出頭させるなんて、支部の上役は一体何を考えているんだ!?乗るが良い」
目の前にHUBの巨大な左手が差し出される。
「ジョセフィーヌ先輩」
「早く乗るのだ」
「ありがとうございます!」
HUBの人差し指にしがみつく。オレが乗ったのを確認すると、ジョセフィーヌ先輩が他のメンバーに声をかける。
「この辺は、他のチームに任せても大丈夫であろう。我々は支部へ向かうぞ」
病院から支部まではそんなに離れていない。
しかし、支部の周辺は数匹のビーネテラたちに囲まれていた。
「あっ、リラちゃんとフラムだ!」
出入り口の近くに二人を発見するが、ビーネテラのせいで立ち往生しているようだ。
『ヴァン、しっかり掴まっておれ』
「はい?」
ジョセフィーヌ先輩オレの返事を待たずにオリオンを加速させる。
「うわっ!」
手も足もオリオンの人差し指に絡めてどうにかしがみつく。ここで振り落とされたら洒落にならない。
そのまま一気にライフルでビーネテラを撃ち抜いていく。勿論、一撃では倒せないが、後ろから追いかけていたアルテミスのチームメイトが追い打ちをかける。
爆風に吹き飛ばされそうになるが、これはもうしがみついているしかない。
煙が強すぎて目が開けられない。爆風と爆音が止み恐る恐る目を開けると、数匹のビーネテラが仰向けに転がっていた。細い足が僅かに動くがそれも徐々に停止していく。
「ヴァンよ、ここは我々に任せて、お主等は宇宙港へ戻ってHUBに乗れ!」
「ジョセフィーヌ先輩?」
「そなたたち程のチームが何もしないのは損失だ。このまま一気に走り抜けて支部の出入り口で下ろすから、早く宇宙港へ向かうのじゃ!」
「「ヴァン!?」」
そのまま半ば放り投げられるように、支部の出入り口で下ろされる。オレの派手な登場にリラちゃんとフラムはそっくりな表情で目を見開く。
「一体何があったの?」
「ジョセフィーヌ先輩にここまで連れてきて貰ったんだ」
「それは見たら分かるけど、一体どうして……」
「途中の道で会ったんだよ」
本当のことを言ったのに、リラちゃんは不思議そうな顔をする。まぁ、学校の廊下で会ったみたいなノリで話しちゃったけど、本当のことなんだからしょうがないじゃないか。
「もう、それは良いからとにかく宇宙港へ戻ろうよ!」
「そうだな」
オレの提案にフラムが強く頷く。リラちゃんも周りの戦闘を眺めつつ、眉を顰める。
「宇宙港に残っているみんなも心配だわ」
浮遊型ボートは二台しかない。先ほどと同じようにフラムの後ろに乗りこむ。ちらっとオリオンに目を向けると、他の場所から寄ってきたビーネテラとの戦闘で大変だというのにオレたちの方へ親指を立ててくれた。流石、ジョセフィーヌ先輩だ。
オレも頑張らないと。
*
「三人とも無事だったんですね!」
中心街には比較的近いが、コロニーの端にある宇宙港へはビーネテラを避けつつ戻ったので、かなり時間がかかってしまった。どこもかしこも戦闘状態でかなり危険だというのに、シャンス先輩たちは宇宙港の入り口でオレたちを待っていた。
「すぐHUBを出せ! 市街地はなんとかなりそうだけど、他の地域は防御が手薄だ」
「ここでは狭すぎてHUBは出せないぞ。ここからだと一度宇宙に出さないと」
すかさずカノン先輩が応える。確かに狭い母艦にHUB三体を詰め込んでいるので、地上でHUBを出すには専用の設備が必要だ。この戦局では、今から無理して格納庫へ戻るよりも三六〇度自由に使える宇宙で射出した方が手っ取り早いだろう。宇宙港にはいくつもの宇宙へ出られるハッチがあり、扉を開ければすぐに宇宙だ。
「じゃあ、一度宇宙に出るわよ。みんなクリアスピネルに乗って」
リラちゃんのかけ声により全員駆け足でクリアスピネルに乗り込む。
『君たち、何をする気だ?』
すぐに管制室から通信が入る。リラちゃんが応答する。
「宇宙でHUBを出します。HUBを出したらすぐに戻ります」
『わかった。現状では一体でもHUBに出て貰えば助かる。出港を許可する』
「ありがとうございます。コーズ、このフロアの減圧が完了次第エンジン点火」
「了解ッス」
『減圧完了、ハッチを開く』
管制室から通信が入る。
「了解。コーズエンジン点火」
「エンジン点火」
ハッチが開き、そのまま宇宙へ飛び出す。
「!!」
目の前にはいつもの宇宙空間が広がっているはずだった。百歩譲って戦闘状態だとしても、もう少し離れた所で繰り広げられていると思ってた。
「女王蜂……」
リラちゃんが呟いた。そう、目の前には他のビーネテラに比べて格段に大きい女王ビーネテラが居たのだ。