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デルタ・スクランブル  作者: かんな らね
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第三章 血の気が多い奴ら(その3)


『よし、そのまま一気に撃ち込め!』

「おう!」

 フラムとシャンス先輩に一気に投げつけられたゴミを、フェノメノンライフルで次々に撃ち抜いていく。

 右、

 左、

 右、

 上。

 おっと、下からもか。

「こういう意地の悪い投げ方をするのは、シャンス先輩だな」

 冷静に一つずつ狙いを定める。

 決闘から半月が経過した。結局、コロニーの修理やらなんやらで忙しく、決闘自体は無期延期状態だ。

 週に数回の依頼をこなし、依頼のない日も演習で散々特訓を重ねただけ有って、オレも普通のゴミ拾いなら、これ位余計な事を考える余裕が出てきた。これが、フラムやシャンス先輩との組み手とかだと、一瞬たりとも余計な事を考えて何ていられないけどな。


『うん、随分早く撃ち抜けるようになりましたね』

 空になった焼却用の籠を確認して、シャンス先輩から通信が入る。確かに結構撃てるようにはなってきたと自分でも思う。ただ、やっぱりシャンス先輩と比べるとてんでお話にならない。それに近接戦ではフラムの足元にも及ばないし。相変わらずの器用貧乏だ。何か飛び抜けているものがあれば、もう少し自信も持てるんだけどな。

「ありがとうございます。でも、今日はリサイクル出来る品物が多かったのもありますね」

 謙遜ではなくて、実際に今日のゴミ拾いは豊作だったのだ。

『そうだね、こんなに新しいゴミが集まるなんてなかなか無いね』

『最近、こんな感じのゴミが多いな。一度調査を依頼した方が良くないか? 何か重力震も多いしな』

 反対のモニターにフラムが映る。確かに、日に日に新しそうなゴミを見つける回数が増えている。しかも、それに比例して、重力震の起こる間隔も短くなっていた。それでも、揺れ自体はそんなに大きくないし、コロニーには何の影響もないみたいだけど……。あの決闘の日に起こったスペースデプリのゲリラ豪雨も一度きりだったし、専門家の調査だと突発的にできたブラックホールから放出されたものだったのではないかという結論で、一応決着しているそうだ。

 二人の意見を聞いて、リラちゃんのウィンドウも開かれる。

『ゴミの事とも重力震の事も、昨日生徒会には報告したわ。ただ、この前のデプリの調査もあるし再来週の中間テストを控えているから、スペアカの人員を割くのは難しいらしいわ。一応、先生達を通して支部に報告を入れてくれるって』

「支部?」

『あっ、ゴメンね。ヴァン達には聞き慣れない言葉だったわね。支部って言うのは、宇宙軍のスペアカ支部の略よ』

「ああ、そう言えばここは宇宙軍の学校だもんな」

『そりゃあそうよ、何言ってるのよ』

 リラちゃんが可笑しそうに笑う。

 でも、スペアカコロニー自体には宇宙軍の軍人は殆どいない。先生たちくらいじゃないかな。その先生たちだって、軍人と言うより、教師であることに重きを置いている印象だ。

 それに、オレ達なんて基本的にゴミ拾いばっかりしているし、そもそもの所属を忘れかけても仕方がないと思う。うん。


『報告、報告で効率が悪いなぁ』

 フラムが不満げに口を開く。

 確かに、依頼にしても報告書ありきで少し面倒ではある。

『でも、フラムが報告系の仕事を全てリラにやって貰ってるじゃないですか。本来は副代表の仕事なのでは無いですか?』

 驚いたことに、ウィングスの代表はリラちゃんで、副代表がフラムなのだ。てっきり逆だと思っていたので、最初に聞いた時には驚いてしまった。

『何だよ、シャンス。こういうのはリラが上手いから良いんだよ。それに、オレだって誰にでも任せる訳じゃ無いぞ。リラだから、任せてるんだ。なぁ、リラ』

『えっ? うっ、うん……』

 フラムの真っ直ぐな瞳に、リラちゃんは困ったような、照れたような顔で頷く。

 まぁ、こんな風に何の装飾もなく、真っ直ぐに信頼されたら、誰だって照れるよな。

 オレだって、このくらい素直に発言できればなんて思っちゃうけど、ダメだな。フラムはこれだけの事が出来ていて、これだけのものを背負っていて、そんで、これだけ真っ直ぐなんだ。オレなんかが上辺だけ真似ても虚しいだけだ。

 フラムを追い抜くには、オレは一体どれだけのものを乗り越えれば良いんだろう?

 この学校に入学して、早二ヶ月。出来る事が増える程に、実力の違いに気づかされてしまう。


『リラお姉様』

 ユミディナが緊張した声色でリラちゃんに報告をした。もう母艦に戻るところで、通信チャンネルをオンにしっぱなしだったから、テレビ電話のように母艦のブリッジがモニターに表示されている。

『どうしたの?』

 ユミディナの様子を察して、リラちゃんがオペレーター席に目を向ける。

『九時の方向に重力震が観測されましたわ』

『重力震? 一昨日も有ったし、本当に最近多いわね』

『あっ! リラお姉様。レーダーには反応がありませんが、質量計に反応がありますわ。……徐々に質量が増大しています』

『その質量をマークして!』

『了解。メインモニターに映しますわ』

 ユミディナの操作に合せて、質量計の画像がそのままメインモニターへも表示される。その数値と動きを確認したリラちゃんが、オレからも分かるくらいに青ざめてしまう。

『この動きにこの質量は…………タイプBの可能性が高いわ』

『タイプBって何っスか?』

 コーズがパイロット席から、指揮官席に座るリラちゃんの方を振り返る。しかし、リラちゃんは何やらぶつぶつと、考え事をしているようで、コーズの質問に答える余裕は無さそうだ。

『タイプBと言うのは、ビーネテラの事である。その位、覚えておけ』

 代わりにカノン先輩が答える。その単語に教科書で何度も見た説明文が思い浮かぶ。


――ビーネテラ。この第三宇宙域の人類にとって、最大の天敵。技能が未熟だった頃のテラフォーミングが弊害で誕生した新生物。起源は地球の蜂。性質も蜂に近い。しかし酸素ではなく、宇宙空間内の塵を栄養源に出来るため、宇宙での移動が可能だ。更に、その大きさも三から二〇メートル程度と元の生物に比べて巨大化している。人工物を改良して自分たちの住処にする習性があり、人類は度々被害を受けている。


 しかし、本来は特殊な磁場を放つ惑星の関係で、このスペアカコロニーには近づかないはずの生物だ。何でもビーネテラが嫌がる磁場らしい。人工的に磁場を発生させる研究も盛んに行われているが、実用には至っていない。とにかくビーネテラの脅威がないスペアカコロニーで育ったオレは緊急コード名なんて頭に入っていない。

『ウィング0よりウィング1、ウィング2、ウィング3へ。タイプBと思われる信号を補足したわ。至急帰艦して』

 リラちゃんが緊急サインをフラム達へ送るが、その指示とほぼ同時にユミディナが悲鳴にも似た声を上げる。

『タイプBの動きが変わりましたわ。……どうやら、こちらを捕捉した模様ですわ』

『何ですって!?』

 リラちゃんが指揮官席から立ち上がる。

『リラ、ビーネテラに狙いを定められたままコロニーに戻るのは危険だ。ここで迎え撃つぞ』

『フラム!』

 フラムに続けてシャンス先輩からも通信が入る。

『そうですね。わざわざコロニーの場所を教えてあげる必要はありませんね』

『シャンスまで……』

 二人の顔と変化し続ける質量計の数値を交互に見つめながら、リラちゃんは一度大きく息を吐いた。そして、翡翠色の大きな瞳を強く見開く。

『第一種戦闘態勢へ移行! ユミディナ、スペアカと宇宙軍にそれぞれ救援サインを送って』

 宣言と同時に艦内の照明が白から赤へと変わる。

『りょっ了解しましたわ。ですがお姉様、今から救援サインを頼んでも、時間がかかりますわ』

『分かっているわ。でも、救援サインを出さないわけにもいかないでしょ。……それに、今宇宙に出ている他の部隊とも合流すべきだわ』

 その数が決して多くないと言うことだろう。リラちゃんが苦しげな表情で呟く。


『我々は宇宙軍の巡視船団である。そちらの所属番号を報告せよ』

 警戒態勢をとり、程なくして通信が入った。先程遠くにその姿を確認した巡視船の小隊からの通信のようだ。

『こちらは第三宇宙軍士官学校所属、チームウィングス。私は指揮官のリラ・プラティーヌです』

『何と言うことだ、やはり学生だったか。私はこの巡視船団を指揮するボーガン少尉である。現在、宇宙に出ているのは我々と君たちだけのようだ。学生に蜂退治をさせるわけにはいかない。下がっていなさい』

 蜂退治とはビーネテラとの戦闘を指す隠語らしい。


『下がっていろなどと言っても、ただの巡視船ではないか。あれなら我輩達の武装の方が何倍も上ではないか』

「え? そうなんですか?」

 カノン先輩が忌々しげに呟く。声量は抑え気味なので、巡視船の少尉には伝わっていないようだ。

『そうだ。元々巡視船というのは、密輸や密航者のチェックが主な仕事であるからな。たいした兵器は積んでいない筈だ』


「リラお姉様! ビーネテラとの距離、縮まっています。戦闘は避けられません」

『我々が前線に立つ、君たちは援護してくれ!』

『ボーガン少尉、恐れながら巡視船での戦闘は無謀すぎます』

『……それは承知の上だ』

『え?』

『いいかね、我々は宇宙軍なのだ。一般市民や君たち学生を守るのが仕事なのだよ。だから、我々が先陣を切って戦わなくてはならない』

『来ましたわ! ビーネテラ二体ですわ!』

 メインモニターにビーネテラ二体が大きく映し出される。

 二対四枚の翅。発達した顎。それに触覚。資料で見たままの姿がそこにあった。大きさは四から五メートル程度。ビーネテラの中では小型に分類される。


『よし、君たちは後方からの援護を頼む!』

『少尉!』

『これは命令だ。あと、危険を感じたら、逃げなさい』

 小隊中の兵器という兵器を全て使い切るのではのでは無いかという程、一気にビーネテラ達への攻撃が始まる。

 勿論、ウィングスも何もしないわけではない。後方からではあるが攻撃を行う。母艦であるクリアスピネルからはキャノン砲が放たれ、更に背後に控えていた一号機ロードナイトや二号機ドラバイトもそれぞれ右腕に装備されたライフルやキャノンで攻撃をする。

 オレは動けなかった。

 頭ではわかっているのに、身体が全く言うことをきかない。前にジョセフィーヌ先輩たちと決闘した時は、怪我はしても死なないだろうって思っていた。それに、目の前の敵がまだ人間だったら、話せばわかるかも知れないとか甘い希望が抱けただろう。だけど、目の前の敵はオレたちとは全く違う価値観を持つ生物だ。

 コワイ。

 その言葉だけで頭がいっぱいになりそうだ。

『ヴァン!』

 フラムの声が鼓膜を揺らす。その瞬間、もの凄い衝撃に襲われる。数字が乱れ、視界が一瞬暗くなる。

『ウィング3! ヴァン! 応答して!』

 リラちゃんの悲鳴にも似た声が聞こえる。でも声が出ない。目の前にはビーネテラが浮遊している。

 流石に死を覚悟したが、

『させるか!』

『ヴァン、流れ弾に気をつけて下さい!』

 フラムとシャンス先輩が俺に襲いかかろうとするビーネテラに集中攻撃を加える。ビーネテラは危険を感じたのかもう一匹の居るボーガン少尉たちの方へと逃げてしまう。


『少尉! 距離が近すぎます!』

 全く後ろに下がる気配のないボーガン少尉に、リラちゃんが声を上げる。

 けれど、その時……

「……止まった……の?」

 ボーガン少尉たちの小隊までほんの数メートルと言うところで、ビーネテラ達の動きが停止した。そして一八〇度旋回してその場を去っていく。

「やった!」

 ウィングスも小隊も関係なく、歓喜の声が響く。喜びを噛みしめた表情で、ボーガン少尉がこちらに話しかけてきた。

『どうしてビーネテラがここに来れたのかは調査しないとな。君たちはもう帰還し……』

 唐突にそこで通信が途絶えた。

 最初は回線トラブルかと思った。

 でも、それは甘い想像だったと、一瞬で思い知らされる。


――宇宙空間にぽっかりと穴が空いた。


 そこから、何かが出てきて、何かをして、ボーガン少尉たちの小隊を消してしまったのだ。

 何かなんて曖昧な言葉じゃなくて、本当は分かっている。

 ただ、目に映ったものを脳が処理しきれない。

 これが現実だと受け入れられていない。


 でも、間違いなく、目の前には先程とは比べものにならないビーネテラの大群が現れたのだ。


 その中でも一際大きいビーネテラが口から真っ赤な光線を放った瞬間、ボーガン少尉たちの小隊はこの世界から姿を消してしまった。


『あれは、第二二地域で行方不明の巨大旅行シャトル、ジャルダン……』

 暫くボーガン少尉に通信を続けていたリラちゃんは、その行為を止めると、大きな翡翠色の瞳を見開いて呟いた。

 確かに、ビーネテラ達の中心にあるのは、何度かテレビでも見た行方不明のシャトルだ。ビーネテラは人工物を改良して自分たちの住処にする習性がある事は有名だ。

『リラ! どうなっている?』

 フラムから通信が入る。HUBの計器では詳しいことが分からないからだ。

『こいつらは、巨大旅行シャトルと自然に出来たワームホールを利用したのよ』

 リラちゃんは努めて落ち着いた声を出そうとしていた。だけど、その声の震えを上手く抑えることは出来なかった。

『どういう事だ?』

『ただの仮説だけど、このスペアカコロニー周辺は特殊な磁場で守られている事もあって、他の地域に比べて凄く発展しているわ。だから、ワームホール越しに発達した人工物の匂いを嗅ぎつけられたのよ。そして、ワープに耐えられる乗り物に守られてやってきたんだわ』

『でっち上げだと言いたいところですが、最近の新しい機材がゴミとして浮遊していたり、重力震の多さから考えても、リラの仮説は遠からずでしょうね』

 シャンス先輩も青ざめた表情で、リラちゃんの仮説を肯定する。

『で、どうしたら倒せる?』

 みんなが青ざめる中、フラムだけはいつもの表情のままだ。当たり前のように倒す事を前提としている。

『フラム……ダメよ。退却するわ』

『リラ……』

『命令よ! アズライトを連れて母艦に戻りなさい! 至急コロニーに帰還します。ユミディナ、緊急警報出して!』


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