第二章 Cランクのプライド(その6)
*
「決闘なんて引き受けてきたのかい?」
格納庫に戻りみんなに事情を告げると、まずシャンス先輩が驚いたような声を上げた。
「うっ、すみません」
やっぱり迷惑だよなと謝ると、シャンス先輩は爽やかに微笑む。
「いや、これでまた僕のファンが増えてしまうな」
「はぁ……」
うん。イケメンの価値観はオレにはわからん。が、シャンス先輩には女性ファンが多い。差し入れも絶えないし。それでオレたちの夕食は何とか潤っている。イケメン恐るべし。伊達に歯が光っているだけある。
「ヴァン」
筋トレをしていたフラムが手を休めてオレの側に来る。
「ああ、フラム。勝手なことをしてすま……」
「良くやったな」
頭をポンと撫でられる。
「え?」
「いいじゃん、決闘。お前が必要だと思ったなら、きっとそうなんだろう」
「フラム……」
ヤバイ。泣きそうだ。でもここで泣いたら格好悪すぎる。瞼に力を入れてぐっと堪える。
「リラ、あれはもう用意できてんだろ?」
フラムがリラちゃんに声をかける。
「ええ、勿論」
微笑みながら電子パッドをフラムに渡す。オレも覗き込む。
「何、それ?」
すると、フラムが悪代官みたいな笑顔を見せる。いや、怖いんだけど。
「練習メニューだ」
「は!?」
思わずフラムの手から電子パッドを奪って凝視する。いつの間にか近くにいたユミディナとコーズも覗き込んでいる。
「ひっ、なんなんですの? この練習量?」
「今までの二倍はあるッスよ」
二人の声も震えているが、声が出るだけオレよりはマシじゃないだろうか。オレは声を出す前にこの練習メニューをこなす自分たちを想像してしまった。うん。寸暇を惜しんでもこなせるかどうかだな。
「あれだけの啖呵を切ったんですもの。勝たないとね」
「はっ、はい」
リラちゃんもフラムとそっくりの悪代官みたいな微笑み。うわっ、やっぱり同じ格納庫で生活していると似てきちゃうのかな? そのあまりの迫力に、「リラちゃんだって啖呵切ったじゃん」とかつまらないツッコミをしそびれてしまった。いや、しなくて正解だったよな。これ以上、練習メニューを増やされたらマジでやばすぎる。
*
決闘の話は即日、校内に広まった。最凶のCランクなんて呼ばれているけど、所詮は最下位のCランク。それが、校内に存在する一五〇チーム中三位のSランクに喧嘩を売るなんて、本当に十年早いんだ。最凶のCランクウィングスのフラムとの痴情のもつれにより、もつれ倒したとか何とかっていう、意味がわからない噂もやっと収まったのに、今度はSランクにまでもつれ始めたとか、余計に話が大きくなってしまった。もう一体何がもつれているのか誰もわかっていないだろう。というか、オレだってわからん。まぁ、みんなそうやって何か面白いことを見つけて騒ぎたいだけだろう。考えてみれば、中学時代はオレだってそっち側だった気がする。目立つ奴らが目立つことしてて、それを何となく眺めてた。全く意図していなかったが、オレもすっかりこっち側の所謂有名人になってしまったんだな。オレはそういうタイプではないんだけど。でも、フラムやリラちゃんを始めシャンス先輩、カノン先輩、ユミディナにコーズ、みんな目立つ奴らばっかりだもんな。そこに居て何となくオレまで目立つ感じになってしまったのかも知れないな。
そしてあっという間に決闘当日。
うん、あっという間って気もするし、やっとって気もする。リラちゃんの練習メニューは鬼過ぎた。オレ達のこなせるギリギリのラインを実に的確に攻めてくる。これがあと一週間続いたら、決闘前に倒れてたよ。まぁ、その辺の絶妙なさじ加減もきっと計算済みなんだろうな。
「ってか、こんな所に演習場があるんだな」
球形の演習場を目の当たりにして、オレは茶化すように口笛を吹く。こうでもしないと落ち着かないんだ。この演習場はコロニーの外、つまり宇宙空間にある。オレたちは母艦クリアスピネルで移動中だ。HUB三体は母艦内に格納されている。
「ここだけじゃなくて、何カ所かあるわよ」
作戦の最終確認をしながら、リラちゃんが応える。勿論リラちゃんを含め全員がパイロットスーツに着替えている。
演習場には多くのカメラが設置されている。本来は演習を通して作戦を見直したりする時に使うものだが、今は校内で生徒たちがこの決闘を見物するために利用されている。観客なんてみんな気楽なもんだ。
でも、見るのとやるのじゃ偉い違いなんだ。そう、やっぱり口笛なんて吹いてもダメなんだ。さっきから震えが止まらない。だって、リラちゃんが懸かってるんだ。負けたらアルテミスに移籍なんて絶対に嫌だ。負けられないと思えば思うほど、不安もふくれあがってくる。
「ヴァン、真っ青ですわよ」
「ちゃんと深呼吸しろよ」
ユミディナとコーズが心配そうにオレの顔を覗き込んでくる。こいつらだってこれが初陣の筈なのに、オレのことなんか心配する余裕があるのかよ。
「なっ、なにいってんだよ。きっきっき緊張なんかしてねぇし」
あかん。完全に声が震えてる。腹筋で声を調節しようとするが、そもそも腹に力が入らない。
「ヴァン」
リラちゃんがオレを真っ直ぐ見つめる。
「リラちゃん……」
「このチームの指揮官は私よ。私が信用できない?」
「そんなことない!」
「じゃあ、なにも不安なんか要らないわ。私の指揮下で貴方を敗北なんてさせないわ」
翡翠色の瞳が強い光を放つ。
「俺も居る。安心しろ」
フラムがオレの頭を掴む。フラムもリラちゃんと同じ強い瞳。リラちゃんは一見大人しい、フラムは強引だけど、この二人ってよく似ているよな。特にこういう土壇場での表情が。そういえば、子供の頃からそんな感じだった気がする。
「おやおや、二人だけにかっこつけられませんね。僕も居ますからね。後方は全く心配せずに突っ走ってください」
シャンス先輩が微笑む。
「あっ、あたくしだって今日のために猛特訓しましたわ! 安心してくださいませ」
「俺だってそうだ。母艦のみんなは俺の操縦で守るぞ」
ユミディナとコーズも続く。
「そもそもこれから貴様が乗るのは、この我輩が改造した機体だぞ。光栄にこそ思え、不安を感じるなど不届き千万だ」
「みんな……」
「よし、全員集合」
フラムがオレとリラちゃんの肩を抱きながら、全員を集める。他の連中も肩を組み円陣を組む。
「今日までの練習を思い出せ」
フラムの言葉に一瞬、眩暈がする。ユミディナやコーズも同じ様子だ。
「努力は裏切らない。裏切られないだけやって来た。絶対勝つぞ!」
「「「「「「おぉ!!」」」」」」
オレたちの叫び声が響いた。
*
ウィングス、アルテミス、両チームのHUBが艦外に射出される。
フィールドの指定の座標に移動する。
今回のフィールド設定はアルテミス側で行われた。基本的に決闘を受けた側が決められる。しかし、詳細を設定できるわけではないし、片方の陣地ばかりに罠を仕掛けられるわけでもない。その辺は公平になるように制御されている。
『ほほぅ。Cランク風情がよく逃げずにこの場に立ったのぅ。褒めてやるぞよ』
ジョセフィーヌ先輩の声が通信チャンネルから響く。
「そちらこそ、Cランク風情に負けた時に言い訳を考えておいた方がいいですよ」
昨晩寝られなくて考えた挑発が使えて良かった。本当はこういうセリフをサラッと言えるようになりたいけど、なかなか難しいもんだな。
『それでは、決闘時間になりました。戦闘不能または戦闘フィールド外に出ると失格になります。始め!』
機械音が開始を告げ、決闘が始まる。同時にジョセフィーヌ先輩との通信は切れる。決闘中は緊急の場合か降伏勧告、降伏宣言以外は相手と通信しない。
『機雷多数検知。座標確認中です』
まずオペレーター席に座るユミディナの声が鼓膜を揺らす。
「機動性を奪うのが目的なのかな?」
『普通ならそうなんだけど、あのアルテミスよ。だから、他に何かあるはず。こちらでも調べ……』
オレの問にリラちゃんが応える途中で通信が途切れる。すかさず計器を確認する。三号機アズライトはただでさえ見なければいけない数値が多いのだが、外部状況が異常値を示している。
「ジャミングか……」
指揮官席に座るリラちゃんだけではなく、一号機や二号機の二人にも通信は繋げない。だた、一号機、二号機は直ぐ側に構えている。きちんとフォーメーションさえ崩さなければ多少の通信トラブルなんて大した問題ではない。
「――!!」
なんて、どうしてそんなに甘いことを考えてしまったんだろう。なんというスピードなんだ。目の前にジョセフィーヌ先輩が居た。
チェックメイト。
そんな言葉が頭をいっぱいにする。しかし、ジョセフィーヌ先輩はライフルを構えたまま静止した。
「何! 両サイドか!」
そう、ジョセフィーヌ先輩は囮。左右から、アルテミスの二号機、三号機が現れる。
「フラム! シャンス先輩!」
フラムが乗るロードナイトと、シャンス先輩が乗るドラバイトがオレを庇うように立ちふさがる。そのままアルテミスの二体からタックルを喰らう。四体がバラバラに回転しながら、フィールドの外にはじき飛ばされる。
『チームアルテミス、二号機カリストー、三号機アクタイオーン及び、チームウィングス一号機ロードナイト、二号機ドラバイト失格』
どうやら、ジャミングが弱まってきたようだ。まだ若干聞きづらいが機械音が流れる。
『本番はここからだな』
「ジョセフィーヌ先輩、緊急時以外通信は厳禁ですよ」
『これは降伏勧告用の回線じゃ。どうじゃ、あの忌々しい矛と盾は無くなったぞ。あの二人が居なくてもやるのかえ?』
「降伏はしません!」
自分でも驚くほどはっきりと言い返す。その言葉を聞いてジョセフィーヌ先輩はおかしそうに笑う。
『そうでなくてはつまらぬ』
そう言うと、通信は再び途切れた。同時に距離をとったジョセフィーヌからの射撃攻撃が始まる。
「オレだって!」
同じことをやり返そうとするが、多数の機雷に阻まれてしまう。どうしてオレの攻撃ばかり機雷に弾かれてしまうんだろう?
まさか、機雷を制御しているということは?
一瞬、疑いかけたが、フィールド設定はスペアカが行っている。いくらSランクとはいえ、フィールドシステムにまでは介入できないだろう。ということは、やはり腕の差なのだろうか?
そうこうしているうちに、どんどんシールドも削られていく。
「やばいな」
操縦桿を握る手が汗ばんできたその時、
『ヴァン!』
「リラちゃん!」
ようやく回線が完全に復旧したらしい。リラちゃんの声がコックピットに響く。
『機雷の解析が完了したわ』
「もうかよ! 早いな」
『ユミディナのお陰よ。集中した時は凄いのよ、あの子』
『おね~さま、光栄でございます!』
何だか賑やかな声が聞こえてくるが、勿論ふざけている場合じゃないのは全員承知だ。速やかに解析データが送られてくる。
「ちょっと、機雷のデータ多すぎだよ。これじゃあまともに外の映像が見えなくて、操縦できないよ」
『動きは私が指示するわ。その通りに動いて』
「なんだって!?」
『大丈夫、ヴァンならできるわ』
「……わかった」
『まず、一時の方向の機雷を狙って』
「機雷を?」
『早く!』
「了解!」
リラちゃんの指示に精神を集中する。機雷目がけてライフルから光が放たれる。機雷を狙ったんだから、当然機雷が爆発する。
『続けて、二時の方向、十二時の方向にも機雷があるわ。あとその両サイドにも二つずつ』あるから、連射!』
こうなったら、自棄だ。ガンガンライフルを撃っていく。少し離れた所で沢山の爆発が起こっているが、どれもジョセフィーヌ先輩にダメージを与えるには至っていないように見える。って、モニターに情報が多すぎてそもそもよく見えないんだけど。
でも、ジョセフィーヌ先輩の座標を確認すると、どんどん後退している。ちょうど演習場の中心当りだろうか。
『ヴァン、中心地点は機雷が殆ど無いわ! 思いっきりやりなさい!』
そうか、機雷の爆発でジョセフィーヌ先輩を後退させて、接近戦に持ち込める場所へ誘導してくれたのか。
「任せろって!」
返事と同時に勢いよく攻撃に転じる。真っ直ぐ相手に向かい、攻撃を避ける時だけ小さく旋回する。そしてまず相手の懐に飛び込む。練習中に何度も見たフラムの戦い方。もう完全に頭に入っている。ゼロ距離からライフルを連射する。ダメージは相当なものだろう。ただしあくまでも模擬戦闘扱いの決闘だ。命を落とすほどの威力ではない。戦闘不能だと機械が判断したら勝負が決まってしまう。このまま攻撃を続けられればオレの勝ちだ。だがそこは流石Sランク。そんなに甘くない。背中にくっつけていた長刀のようなブレードを勢いよく振り回す。
「おっと」
あれに当たったら大ダメージだ。オレも確実に避けていく。
この勝負は長くなりそうだ。
そう思ったその時。余計なことを気にしている場合ではないが、思わず目を凝らしてしまう。
「なんだあれ?」
後方で何かが異常なほど輝いた。




