魅力的な「悪役」について
ヒーローとヒロイン、そして仲間たち。能力も性格も外見も緻密に決めた。さあ物語を書き始めるぞ!
ちょっと待ってください。彼らの前に立ちはだかるのはどんな「悪役」ですか? 倒してすっきりする悪? 泣きながら倒さなければいけない敵? 物語の結末はどう着地しますか?
ここでは、物語のテーマや読後感を左右する重要な「悪役」について考察してみます。
ここではファンタジーものや戦記ものなど、「何かを倒す」ことが重要となる物語での悪役を考察します(現代社会ものや恋愛ものにも、多少は応用できるかもしれません)。
2年ほど前に、ツイッターで興味深いつぶやきを見かけました。
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ふと魅力的な悪役について考えていたんですが、悪役でも
①魔王など突き抜けた悪
②悲しい過去を持つ同情できる悪
③主義があり、それが主人公側と対立する悪(敵国など)
④価値観が全く違う悪(狂気タイプ)
⑤力を持ってしまった小悪党
⑥もはや災厄・災害
程度には分けられると思ったんですが、皆さんはどれがお好きですか?
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試しにゲームや小説に登場する悪役を思い浮かべてみると、だいたいどれか1つ、または2つの組み合わせくらいに当てはまりました。かなり的を射た分類だなあと思います。
王道的なラスボスに相応しいのは①「魔王など突き抜けた悪」や、⑥「もはや災厄・災害」でしょうね。倒すことでカタルシスを得られるので、読後感をすっきりさせることができます。
また、ぶっ飛んだ悪役を登場させれば他の悪役の理性や美学が際立ちますから、④「価値観が全く違う悪(狂気タイプ)」や⑤「力を持ってしまった小悪党」も一人くらい配置してみると面白いですね。裏を返せば、ぶっ飛んでいない悪役には理性や美学があって良いし、悪役同士で主義主張がぶつかり合って葛藤を抱えていても良いわけです。
※葛藤については、後日別のエッセイで考察したいと思います。
私が個人的に好きな悪役は②「悲しい過去を持つ同情できる悪」、または③「主義があり、それが主人公側と対立する悪(敵国など)」です。こういう相手はラスボスよりも、主人公のライバル役に設定すると面白そうです。中盤~終盤で寝返ったり共闘する展開にすれば、とてもドラマチックになります。
ラスボス打倒後に、彼らがどうするのかも極めて重要です。分かりあい、意気投合するのか。互いを認めながら、なおも戦うのか。その勝敗や生死にどんな意味を持たせるのか。あるいは互いに背を向け、それぞれの道を行くのか。
対立しあう主人公クラスの二人が、巨悪を倒した後でゆっくりと向き合う。
それぞれの手には武器。
仲間たちの見守る中で、彼らはどんな言葉を交わすのか――
ことによってはラスボス戦よりも息を呑む展開となります。これこそが物語の最重要テーマになるかもしれません。
ラスボスが②や③というパターンも少なくありません。
少し古いですが、ファンタジーものでは「テイルズ オブ ファンタジア」のダオスや、「ロードス島戦記」の灰色の魔女カーラなどがこれに当てはまりそうです。このタイプのラスボスは、物語に複雑な深みを与えます。
たとえばラスボスが①④⑤⑥なら、要約するとこういう物語になります。
【タイプA】
「主人公は旅立ち、悪役を倒した。世界に平和が訪れた」
しかし②や③がラスボスなら、要約はこんな風になるでしょう。
【タイプB】
「主人公は旅立ち、悪役を倒したが、問題の根源は別にあった。
根本的な解決には時間がかかり、今後も努力が必要である」
実例を分析してみます。
ダオスは自らの故郷を救うために必要な資源を収集するべく、やむなく人間と争いました(②)。彼は限りある資源を無制限に食いつぶす人間の無思慮に憤りながらも、異世界からの来訪者である自分の立場を弁え、 犠牲と星の損耗が最小限で済む範囲の戦いしか行いませんでした(③)。
最後にダオスの想いを汲み取り救いを与えたのは、大地の恵みを人間に収奪され続け、疲弊した地母神マーテルでした。
ダオス打倒後、真相を知った主人公たちは「間違っているのは自分たち人間なのか」と悩みます。
地上に平和が戻り悪役の魂も救われる。一見すれば万事めでたしでタイプAですが、「人間は変わらなくてはならない」という重いメッセージが本作にはこめられており、全体としてはタイプBだと思います。
灰色の魔女カーラは、統一王国の形成を阻むために各地で暗躍し、各国に争いの火種を撒いていました。
もし統一王国が成立しても、それが滅びを迎えることは避けがたく、滅ぶ時には未曾有の破壊と混乱が起こることは自明の理である。かつてカストゥール王国が滅びた際の巨大な戦乱と莫大な犠牲を、自分は目の当たりにした(②)。それゆえ小規模な争いを間断なく起こし、ロードス島の統一を阻まなければならない(③)。
誰よりも平和を願ったがゆえに、戦火を撒き散らすという矛盾に囚われたラスボス。この絶望と矛盾を受け入れ、彼女に安息を与えたのは神ではなく、一人の人間でした。
本作のメッセージは「人間は変わっていける、希望を捨ててはいけない」。こちらも一見するとタイプAですが、同時に「変わっていかなければならない」という表裏一体の主張も含んでいるため、全体としてはタイプBのように思いました。
ここで冒頭のつぶやきを見直してみましょう。「皆さんはどれがお好きですか」。 私の観点では、「あなたはタイプA・Bどちらの物語が好みですか」と捉えることができるように思います。
【タイプA】
「主人公は旅立ち、悪役を倒した。世界に平和が訪れた」
【タイプB】
「主人公は旅立ち、悪役を倒したが、問題の根源は別にあった。
根本的な解決には時間がかかり、今後も努力が必要である」
すっきり爽快で、物語にオチがつくタイプA。
必ずしもすっきりしないが、その後も物語が続いていくタイプB。
私は、読み手としてならカタルシスが欲しいのでタイプAが好みです。しかし書き手としてなら、リアリティのある葛藤を描きたいのでタイプBを重視しています。
皆さんはどちらがお好みですか?
ここに挙げた分類のほかにも、色々な案やご意見があると思います。ぜひ改善案や補足事項などを教えてください。