008
「はかせはわたしにあたたかいものをくれた。このからだのずっとずっとおくにある、やさしくてふわりとしてせつないもの。だからわたしもそれをはかせにあげたいの」
昔子供の頃に読んでもらった絵本。大きな魚から身を護るために、小さな魚たちが寄り集まり大きな魚のふりをして、無事に大きな魚を追い払ったというストーリー。間島はふとそれを思い出した。先頭のコッペリアが「眼」となり後続のコッペリアたちを率いて莫大な数の敵機群を突破してゆく。宇宙空間を荒らしまわり、地球を取って食おうと狙う大きな魚──巨大な母艦を追い払うために。
「コッペリア……好きだ、愛してる!」
巨大モニターに向かって間島は思わず叫んでいた。凱をはじめ、そこにいる総ての人間の視線が間島に集中する。それは非難でも嘲笑でも嫌悪でもない。
凱の脳裏にコッペリア搭乗前の間島の姿が過る。鋼鉄の額に口付けたあの時のあの涙。それこそが間島の、創造主と被創造物という関係を超えた、対等の相手に対する最大の愛情表現なのだと凱は今さらながら理解した。それは多かれ少なかれここにいる総ての技術者とパイロットにも共通の想いに違いない。叡智と技術を結集し創り上げ手塩にかけメンテナンスを繰り返し、訓練し、命を賭けて戦場に躍り出る。共に歩んだ日々が確実に彼等とガイノイドの間に固い絆を結ぶことになったとしても全く不思議ではないのだ。それが友情もしくは愛情に変化したとしても。
「すき……あいしてる……?」
コッペリアはその人工知能を駆使して必死にこの言葉を分析し理解しようとしているに違いない。
「それがわたしのからだのおくにある、やさしくてふわりとしてせつないもの? はかせ?」
「そうだよ、コッペリア。俺はもうおまえから充分それをもらってる。おまえがいるだけで俺は幸せなんだ。だからだから……!」
モニターに映し出されるコッペリアの編隊は白く輝き一矢乱れることなく敵機の攻撃をもろともせずに包囲陣を突破した。
「はかせ、ありがとう。わたしたちをつくってくれて」
すべてのコッペリアシリーズを代表するかのように、間島のガイノイドが再度感謝の言葉を紡ぐ。
「わたしたちもたくさんのはかせとたくさんのバディがだいすきです。だからにんげんであるあなたたちをぎせいにしたくない」
「馬鹿! コッペリア! だから俺を強制排出したのか?」
「そうです、がい。わたしたちはこわれてもはかせたちがなおしてくれます。またつくってくれます。けれどあなたたちにんげんはしゅうりができません。いのちはひとつきりです」
「コッペリア、君の命だってひとつきりだ」
「いのち……? いいえはかせ、わたしにいのちはありません」
「あるとも! 僕と君と凱とで共有した大切なかけがえのない思い出。それが君の命だ。それをまた創るなんてそんなことできるわけがない!」
「おもいで……それがわたしのいのち」
「そうだ、だからコッペリア……」
「ありがとう、はかせ」
映像を捕えることが困難な距離にまでガイノイド達は離れてゆく。白く輝く点となり音声すらも遠く小さく雑音に呑まれてゆく。
「はかせ、だいすきです」
それが最後の通信だった。




