003
間島の趣味か人間の女性、しかもとびきりの美少女を模して造られたガイノイドが静かに横たわる。ボディと接続された充電用のコードが無数に張り巡らされたスタンドの背をリモコンで操作してゆっくりと起こしてゆく。
「コッペリア、起きて。気分はどうかな?」
間島はまるで恋人にでもするように、フル充電起動したばかりのガイノイドに甘く優しく語りかける。彼は量産された同機種の中でも自分が担当するこの初期型、コッペリア第1号機に並々ならぬ愛情を注いでいた。それは人類に貢献する、最初の偉大な発明の証でもあり、自身の科学者としての英知と技術の結晶でもあるからだ。
人工知能が内蔵された完璧な戦闘マシーン。命令に忠実・従順な機械人形。メンテナンスとバージョンアップを繰り返しながら、量産前のプロトタイプとしての役割を果たしてくれたこの一号機はまさに間島にとって我が子ともいうべき存在となっていた。
「はかせ、きぶんはりょうこう。なんのもんだいもありません」
シルバーに輝くレアメタルの合金ボディに移植されたシリコーン配合の滑らかな白皙の人工皮膚。瞼を縁取る人工毛髪を移植した長い睫毛。強化ガラスが嵌め込まれたクリアーアイズ。
「よし、いい子だ。凱もスタンバイOK。コッペリア、今からやること、わかってるな?」
「はい。わたしたちはバディといっしょにてきをたおす」
バディとはコッペリアに登載されるパイロットのことである。技術者である間島が生みの親であるなら共に闘う戦士である凱は戦友であり相棒だ。
突如激しい爆音が炸裂した。いよいよ敵はここを探り当てたのか巨大ゲートが衝撃と共に激震する。耳を劈くような警報が本部内に鳴り響く。
「間島、コッペリアの出撃準備はどうだ? 夥しい数の敵機襲来だ」
「はい司令。滞りなくすべて準備完了。いつでも出撃可能です」
インカムを通して緊張を押し殺した総司令の声が届く。有無を言わさぬ無差別爆撃の連鎖を断ち切る最後の切り札。そのカードを今、人類存続という一縷の望みを賭けて切ろうとしているのだ。
出撃までのカウントが開始される。各ブースに待機していた技術者たちは一斉にその場を離れる。パイロットたちはコッペリアの横に設置された操縦席──ナビシートに深く座る。
「凱、リラックスしろよ。テストだと思ってな」
「テスト……ね。失敗が絶対に許されないテストってことか」
凱はシートベルトを締め、間島は彼の装着したヘルメットに次々と無数のケーブルを接続してゆく。強化装甲のボディと人間の叡智との融合を可能にしたコッペリアシリーズ。登載されるパイロットの意識と脳の負担と耐久力を考慮に入れ、五分毎の時間差出撃だ。
「コッペリア、これを」
間島は自分の首にかけていたネックレスを外し、コッペリアの首にかけてやる。そのメタルな眸と同じ強化ガラスでできた七色の光彩を放つクリスタルクロス。
「神の御加護を」
絞りだすような間島の掠れた声。自分の被造物であるガイノイドを見つめる瞳は切なく揺れて閉じられ、その表情に苦渋の色が過る。そしてためらいがちの間島の薄く乾いた唇がそっとコッペリアの額に触れた。機械人形は一体何を思うのか身じろぎもせずそのままじっと間島を見つめたままだ。
凱は見た。固く伏せられた間島の瞳から涙が伝うのを。それはぽたりぽたりとコッペリアの人工皮膚に落ち、メタルの頬を伝ってゆく。
科学者としての技量や才能だけではない、彼がいかに心を寄せ深い愛情を持ってこの人造人間を造り出したのか。創造物に対する無償の愛情。有機物と無機物という概念を遥かに超越した深い愛情の一端を、凱はその涙によって垣間見た想いがした。
コッペリアが横たわるスタンドはそのまま発射台へと形状を変化させ、ゲートはゆっくりと開きカウントは容赦なく時を刻んでゆく。
10・9・8……
ならば誓おう、凱は思う。
俺は自分の全能力を駆使してこのコッペリアを無傷で帰還させると。得体の知れない敵を必ずや打ち倒し明日への凱歌をあげると。
パイロットの脳波異常なし。脈拍・心拍数共に正常。
凱は心を鎮め、コッペリアに精神と意識を同調させようと静かに目を閉じる。カウントを続ける合成音がゲート全体に響き渡った。
……2・1・ゼロ!
「Godspeed!」
喉から迸る間島の祈るような叫びと共にコッペリアシリーズ第一陣が一斉に発射された。




