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親指スマイル  作者: コウ
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大久保の予言-2

 亡くなった妻とも知り合いだった大久保は、俺とゆきなが二人取り残されたと知った時には本人達より泣いて泣いて大変だった。

 それ以来、ゆきなに会うと必ず最初に涙を見せる大久保を「あのおじちゃん、りょうたくんより泣き虫だね」と言ったゆきなの言葉に俺は笑った。

 涼太くんは、ゆきなと同じ桜組に通う泣き虫くんだ。

「そういや最近ゆきなちゃんに会ってないんだよなぁ」

 ぎくりとした。とうとう気づいてしまったのか、大久保よ。

「誕生日パーティーとかするんだろ? 俺も呼んでくれよな。てゆーか、俺はいつでもゆきなちゃんに会いたいんだけどな」

「あぁ……そうだな。ゆきなに聞いてみるよ」

 極力、言葉を濁しての受け答え。

 すまない大久保。おまえが白だとわかるまで辛抱してくれ。というより早く彼女でも作ってくれ。

「ゆきなちゃんの笑顔は世界一だからなぁ」

 言われて確かに、と俺は頷いた。あの眩しいほどのエンジェルスマイルは、誰も太刀打ちできないだろう。


 スマイル。


 そこで俺はあっと声をあげて大久保に左手を見せた。正確には、親指の爪をだ。

「見てくれよ、ゆきなの奴こんな悪戯しやがった」

 電車の揺れに合わすように、大久保は俺の爪を目で追いかけた。

「……可愛い、ネイルアートだな」

「ネイルアートじゃねえよ! これ油性ペンだぞ? 石鹸でも落ちにくいよな?」

 はぁとため息をつく俺を見もせず、大久保はじっと爪を見つめている。いや、凝視している。眉間にしわを寄せて、何やら考え込むように顎を撫でた。

「あ、俺これ知ってるわ。見たことあるなと思ったら、先週ラフトで受け持った家族連れの中にこんなの描いてる子がいたな」

 ラフトはラフティングの略称だ。

 大久保は何度も頷きながら、笑顔で俺の親指を掴んだ。

「そーそー。これ確か、『ラッキー・スマイル』とかいう歌が流行ってるからだろ? ラッキー・スマイル~ってやつ」

 人混みの中心でよくそんな恥ずかしい歌を歌えるな。しかも声大きいぞ、大久保。



 各駅で停まる度に、人という水が電車という箱から流れ出て、また入ってくる。俺らはそのつど、あっちへ流されこっちへ流され、ついには箱の角っこに納まった。

 しばらくお互い無言だったが、大久保が小さく『ラッキー・スマイル』を口ずさみ出すと、俺はふと朝の歌声を思い出した。

 そうだこの歌、ゆきなが歌っていた。

「ラッキーっていうんだから、今日一日何かいいことあるかもな」

 歌い終えたのか、大久保が再び話し始めた。黒い肌に白い歯は眩しい。心なしか、朝日を反射しているようにも見える。

「すでに悪いことが起こってるけどな」

「遅刻が? あ、遅刻じゃなかったな、早朝会議無断欠席か」

 ガハハと肩を揺らす大久保。周りの痛い視線に対して、俺は無関係ですという顔を繕った。

「まーまー。今日一日そのスマイルマークをゆきなちゃんだと思って大切にしなさい」

「いや、形見みたいな言い方するなよ」

「そういや今日おまえ、上がりは早いのか?」

「なんで」

 大久保は親指を立ててにっかと笑った。

「遅いんなら、俺がゆきなちゃん迎えにいくぞ」

 やめてくれ、という本音は言わず、義母が迎えに行くからとやんわり断った。




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