二つの再会-3
「ママ、早くおばあちゃん家に行かなくちゃ」
けいくんの言葉で俺は我に返った。そうねと頷きながら、彼女はこちらを伺うように微笑んだ。
「あの……本当に、色々とすみませんでした」
菓子折りを差し出して頭を軽く下げてくる。俺はかぶりを振った。
「いえいえ、なんかこっちこそすみません。重い話を初対面の方にしてしまって」
でも。俺は続ける。
「さっきの言葉がちょっと嬉しかったんです。不謹慎ですみません」
恋愛は一人でしているものじゃない。誰かがそう言ったことを思い出した。二人のことは第三者に相談したところで、結局解決するのは当事者である自分たちなんだと。
だから、嬉しいことも悲しいことも、二人で分かち合ってきたんだ。
ゆきなの成長を嬉しく思うのは俺だけじゃない。離れて辛いのは俺だけじゃない。妻だって、今でも俺と一緒に分かち合っている。そう思えたから。
「やっぱりこのマークって、『ラッキー・スマイル』っていうくらいだから運でも呼ぶんですかね」
親指を立てて笑うと、けいくんがずいと前に顔を突き出してきた。くちびるも突き出ている。
「違うよおじちゃん。そのスマイリーはね、笑顔になる『おまじない』なんだ」
え? と訊ね返すと、けいくんは大学教授さながら俺の目の前にでんと立ち、講義を続けた。
「笑顔が『しあわせ』を運ぶんだもん。そう歌ってるじゃん」
そう言って、けいくんはご丁寧にもう一度頭から歌ってくれた。
♪♪
ラッキー・スマイル
ラッキー・スマイル
みんなの笑顔はラッキー・スマイル
しあわせ運ぶよラッキー・スマイル
どんなにつらく、どんなにくやしく
どんなにかなしいときだって
みんながスマイルふりまけば
世界はにっこり、ハッピー・スマイル
ラッキー・スマイル
ラッキー・スマイル
元気になれるよラッキー・スマイル
♪♪
途中から母親との賑やかな合唱に変わっていた。
そういえば。俺は今更ながらにあの慌しかった朝の風景を思い出す。
今朝のゆきな、妙に嬉しそうだったな。あれはこの〝おまじない〟を描いていたからか?
そんなあいつの気持ちにも気づかず俺は……
朝飯の用意も出来なかった。
ゆきなの髪を結んであげることも出来なかった。
別れ際、もっとゆきなと話せば良かった。
そうだよ、妻の心配はどんぴしゃり、的中ばかりじゃないか。
当然ながら、シングルパパにも子育ての限度がある。シングルママも同様かもしれないが。
俺が至らないばかりに、ゆきなにはいつも寂しい思いや辛い思いをさせている。だが本人はいつも笑って楽しそうにして。そういうところ、ゆきなは妻似なのだろう。
あの小さな体には色んな想いを抱いているはずなのに。それなのに。
(大好きな人、お父さんやお母さんたちの身体に歌を歌いながらスマイルマークを書くのが流行り出して)
子供は知っているのだろうか。
親は時に、子供の優しい想いに触れて胸を熱くすることがあるんだと。
「ありがとう、けいくん」
言いながら俺は、軽くなった腰を上げた。約束の時間まであと五分。行かなくては。
「おじちゃんも笑顔をふりまいてくるよ」
そう笑った俺の顔がどんなだったかわからない。ただ、そんな俺に返してくる親子の笑顔がとても眩しかった。
公園の出入り口で俺たちは別れ、それぞれ反対方向へ向かって歩き出す。
再び、けいくんの歌声が背中に届いた。思わず顔がほころぶ。
みんながスマイルふりまけば、か。確かに、笑顔から笑顔が生まれるのだろう。だからそう、俺が笑顔でなければ。
ゆきな、見ててくれよ。俺は親指を手の内で握り締めて呟いた。
あの東部長に、とびきりの笑顔を見せてやる。




